09,
その日以降も遠足には何度も行きました。
ニューイの『Lv』は最初の遠足から半年で平均的な探索者よりもずいぶん高いほどに上がっています。これは『アンチマテリアルライフル』と『スキル』による補正での超射程と火力で私のお人形さん達により集められた魔物を安全に狩れるから出来ることです。普通は1,2体を複数人で囲んで討伐するのをまとめて数匹を一瞬で狩れるのですから効率は段違いです。
私達の遠足には必ずチームアルファとチームブラボーが同行しますので、その分彼らの『探索迷宮』攻略は遅れることになります。ですが可愛いニューイのためならそれも仕方ないことです。ニューイの『Lv』が上がれば溢れるほどの『スキルP』により『スキル』を充実させることができるのですから長い目で見れば効率はこちらの方が上のはずです。
とはいっても半年のうちに遠足に行ったのは数回程度。両手で数えられる回数です。
それもチームアルファの帰還に合わせて行ったので計画上の攻略回数が1回ずれこんだ程度です。遠足はD-36で場所をずらして行ったので『探索迷宮』とは比べ物にならない魔物の弱さに、彼らにはいい休暇になったのではないでしょうか。
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「りーねぇ、どぉしてみんないつもはしってばっかりなの?」
「かいこーほせーはぁ……えっと、走るのが仕事なんだよ!」
「そーなんだぁ」
『学校』の敷地は私の屋敷の中にあります。校庭というか運動施設として使っている場所では『下位候補生』がリートとニューイの見守る中走っているところです。
リートとニューイは手を繋いで仲良く見学していますが、すでに見学し始めて2時間くらいは経っています。その間彼らは飽きることもなく走っている『下位候補生』を眺めていました。
リートとニューイは『学校』に興味津々です。毎日お勉強していますが彼らにとっての『学校』とはチームアルファやチームブラボーなどの私のお人形さんを生み出した場所です。強者を輩出する場所として、興味津々なのです。こういうところはとても男の子っぽいです。見た目は非常に可愛らしい女の子なのですけどね。今日もお揃いの若葉色のワンピースに青と白の大きなリボンを腰に留めています。
彼らが見ている『下位候補生』はこの2時間ほどで幾人もの人数が吐き、泣き言を言い、その回数分だけ教官が罵声を浴びせています。最初の頃はさすがにこの罵声に怯えていたリートとニューイですが今では何事もなく、平然と見ているほど慣れてしまいました。
「ぼくもがっこーにはいったらがんばってはしる」
「ボクもおこられないようにがんばるよ!」
とても可愛いらしく決意表明している2人には悪いですが、あなた達に罵声を浴びせるような者は即刻首を物理的に消し飛ばすのでそんなことにはなりませんよ。
私の『学校』には入学するには10歳以上であることが最低条件です。年齢に上限は無く、今までの最年長入学者は67歳です。
入学すると完全寮制となり、最初の1ヵ月は大きな部屋に雑魚寝が基本となります。食事は毎日3食出ますが衣類は1着だけ、入学から1週間後に支給されます。他は自分で用意しなければいけません。
入学すると『下位候補生』となり、1年間ひたすらトレーニングをすることだけが求められます。朝から晩まで走りこみ、走りこみ、走りこみます。
早ければ1日で。平均で4日程度で入学者の4割が挫折します。挫折すれば即退学です。ですが週1度の入学日に申請すればまた入学できます。再入学が容易なために最初の篩いが必要とされ、支給品は一週間後となるのです。ちなみに最年長入学者の67歳は1日の半分もいかず退学になりました。
入学から1ヵ月経過すると大部屋から4人部屋に移ります。この時から日用品や衣類などが定期的に支給されます。ですが『候補生』達がもっとも喜ぶのは制服が支給されることでしょう。
『候補生』の制服は基本的にデザインは同じで色が違うだけです。すでにスラム街はもちろん中層にも私の『学校』は良く知られています。『候補生』の制服を着て行くだけで周りからの目が変わるほどです。もちろんチームアルファという彼らが英雄視する存在を輩出した場所で日々過ごしているという憧れと畏敬の念を持って、です。
入学から半年ほどすると走りこみ以外にも様々なトレーニングが始まります。とはいっても基本的に体を鍛え上げるためのトレーニングです。戦闘訓練などはまず行いません。
走りこみも減ったりしませんので訓練内容はどんどん密度を増していきます。この段階では半年耐えているということもあり、退学者はあまり出ません。その代わり半年の間に入学1週間ほどではないにしてもかなりの人数が退学していきます。
退学時には当然ながら制服や支給された日用品も全て返却となります。ただ消耗品と分類されているものは返却しなくても問題ありません。もちろん再入学の場合は最初からです。
「りーねぇ、でもどうしてはしってばっかりなの? まものははしってばっかりでたおせるのぉ?」
「え……。えっとぉ~……」
ニューイの素朴な疑問にリートの首がどんどん角度を広げていきます。彼のふさふさの尻尾も同じように傾いているのはとても可愛らしくて笑顔が止まりません。ですがこのままではリートがひっくり返ってしまいそうなので私が代わりに答えてあげることにしました。ですが簡単に答えてはニューイのためにもなりません。リートの真似をして傾いているニューイの為にも問題を追加してあげましょう。
「ニューイ、リート。『候補生』の皆さんが走っているのは体力をつけたり、体を鍛えるためよ。では問題です。他にも理由があります。どうして毎日毎日走っていると思いますか?」
「うぅん……」
「……うーん……。あ、はい!」
走っている『候補生』から視線をこちらに向けた2人は私の問題に首を捻って考えますが、リートはすぐに答えを思いついたようです。元気に伸ばした手と答えを思いついた時の笑顔は大変素晴らしいものです。
「はい、リート」
「魔物に早く近づいて、戦うため!」
「はい、正解です」
「やったー!」
「でも半分だけです」
「えー……」
自分の答えがあっていたことに諸手を挙げて大喜びのリートでしたが、半分だけ、という言葉に元気に挙がっていた両手がすっかり気落ちして降りてきてしまいました。そんなリートも可愛いです。
「もう半分は逃げるためです」
「にげちゃうの?」
「はい、そうですよ。逃げる事はとても大切なことです」
「そいつは聞き捨てならねぇな、いくら聖女様といえど」
私の答えに小首を傾げるリートとニューイ。そこに大粒の汗で服をぐっしょりと塗らした筋骨隆々の30代後半の普人族の『下位候補生』が通りかかり、口を挟んできました。汗臭いです。普人族は特に獣の耳や尻尾などはなく、いたって普通の人です。でも汗臭いのは変わりません。
彼は入学からすでに8ヶ月ほど経過している『中位候補生』有力な『候補生』です。ですが訓練中の『候補生』が勝手にお喋りしていいわけがありません。すぐに教官からの罵声が飛び、私への謝罪が行われます。ですがこれはいい機会です。リートとニューイにも理解して欲しいですし、何より『下位候補生』の意識改革を行い、『進化の促し』も行っておきましょう。
私が教官に手を上げて制止し、今走っている全員を呼び集めるように指示を出します。その間にも口を挟んできた彼は私へと視線を向け続けています。かなりの時間走っていたはずですが肩で息をして汗を大量に流している程度でまだまだ走れそうですね。
「先ほども言いましたが、逃げる事はとても大切なことです。何が聞き捨てならないのですか?」
「俺達は『探索迷宮』で命を賭けて戦うためにここで鍛えている。魔物から逃げるなんざ恥知らずなことできねぇ」
彼の言葉は『下位候補生』のほぼ全員が同じ意見なのか、うんうん頷いています。リートとニューイも同様です。ですがそれではだめなのですよ。
「確かに逃げるのはあまり格好がいいものではありません。ですが私は恥とは思いません。あなた達が死んでしまったら悲しむ人が必ずいるのですよ?」
「俺達にはそんなやつはいやしねぇよ、聖女様」
「いいえ、そんなことはありません」
私の反論に視線を逸らすことなくむしろ先ほどよりもずっと強い意志を宿した瞳が射抜いてきます。そんな瞳に臆することなく私は彼らに向かって言葉を紡いでいきます。
「あなた達がいなくなって悲しむ人はいます。例えあなたがいないと言い張っても確かに存在するのです」
「俺には親も兄弟もいやしねぇ。俺が死んでも誰も気にもとめねぇ。俺みたいなやつはそれほどごまんといる。ここに居る奴らはほとんどが同じだ。
それでもいるってのかよ!?」
「えぇ、います」
「いったいどこのどいつだよ! そんな奇特な大馬鹿野郎はよ!?」
彼の言葉がどんどん熱を持ち、世界への絶望を嘆き叩きつけるかのように私に浴びせかけられます。ですが私は毅然とした態度で彼の瞳を見て、微笑みながら告げるのです。
「私です。
他の誰も悲しまずとも私が悲しみます。他の誰もあなたの死を嘆かずとも私が嘆きます。
あなたは『候補生』です。すでにあなたは私の家族も同然なのです。家族が死んでしまったら悲しいのは当たり前なのですよ」
私の言葉に絶句する『下位候補生』達。
彼らから見れば私は貴族であり、雲の上の存在でもあります。そんな私から家族だと言われれば絶句するのも当然の反応でしょう。ですが絶句している暇は与えません。
「あなたは私を悲しませたいのですか? 嘆かせたいのですか?」
「い、いやそんなことは……」
「では、私を悲しませないために逃げてください。命を賭するのは当然です。魔物は強大で慈悲など持たないのですから。その上で生き残ってください。
私を悲しませないために、私を嘆かせないために。どんなに生き汚くてもいいのです。逃げて、私の下に帰ってきてください、ロゼリアード。
アーガスト、リンド、ナッシュ、ゼリオ――」
私の言葉に全員が息を呑んでいるのがわかります。
聖女とまで呼ばれている存在が、自分が悲しみたくないから、嘆きたくないからと逃げる事を推奨しているのです。ですが、その言葉の意味が彼らには痛いほどにわかるのでしょう。
さらに呼ばれた名前は彼らの名。
いくら家族と謳おうとそれは言葉でしかない。しかしいくらでも代えの効く存在である『下位候補生』の名前を全員把握しているその事実が彼らに真実味を帯びさせるのです。
もちろん付箋についている名前を読み上げただけですが。
ゆっくりと租借するようにその心に浸透していく言葉に彼らの顔つきがだんだん変わってくるのがわかります。
逃げるという後ろ向きな言葉が今や彼らにとっては『勇気ある言葉』へと変わったのです。
特に顕著だったのは口を挟んできた彼でしょう。
彼に貼り付けてある付箋は未だ評価2。ですが私の言葉を聞く前と聞いたあとでは大きく違っています。評価2の中でも平均的な評価だった彼が今や評価3に近いほどの評価2となっています。
人は心の持ち様、意識次第でどこまでも進化していきます。もちろんそう簡単にはいきませんが、私の『強制書き込み』で『忠誠心』を書き込み続けられた彼らにとって私の言葉はそれだけで大きな影響力があるのです。
もちろんただの言葉では意味がありません。彼らの胸を打ち、響かなければ意味がないのです。ですが逆に胸を打ち、響いた時には進化を促すほどの影響力を持ちえるのです。
顔つきの変わった彼を始めとして一斉に『下位候補生』が右腕を左胸に添え、左腕を後ろ腰に添え背筋を伸ばして敬礼を行います。彼を始めとした一糸乱れぬその姿は実に頼もしい光景だったのでしょう。リートとニューイの2人もキラキラした瞳で同じように敬礼しているのがとても微笑ましく、可愛らしかったです。
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私のお人形さんを作るのには大変な労力が必要です。
当然作成途中で、または作成完了して死ぬような愚行は許しません。しっかりと労力に見合った成果は果たしてもらいます。死ぬなら成果を果たしてから死んでください。
お人形さんがどれだけ恥をかこうがどんなに汚れようが知ったことではないのです。逃げようが、なんだろうが最終的に私に成果を齎してくれさえすれば、何も問題ないのですよ。
さぁ私のために励みなさい、お人形さん『候補生』達。