07,
休暇を終えたチームアルファに新たな装備を貸与し、4日程度体を馴染ませてから彼らは装備の『Lv』を上げるためにD-36へと出発しました。
今回出発したD-36に生息する魔物は『探索迷宮』の魔物とは違い、弱い部類に入ります。しかし一般人では安全に狩ることが難しい相手であることには変わりありません。チームアルファにとっては比較的楽な遠足に近い遠征です。ですので最精鋭の力というものを身近で感じさせるために『候補生』が幾人か付き人として同行しています。新たな装備の『Lv』上げと『資源』の確保と『候補生』の育成の一石三鳥な遠征となります。
彼らを見送り、私は明日の定期治療のための準備に入ります。
すでに行われている予備治療の報告は騎士から受けています。今回も滞りなく定期的に薬の必要な人達に受け渡しは進んでいます。
定期治療の布告は既に済んでいますし、予想される混雑は住人達が率先してなんとかするでしょう。午前に複数の広場を順にまとめて『神聖魔法』で広範囲に治療して午後に動けない重病者を回ります。
定期治療は1日だけなので回れない場所もあるでしょう。それでも多くの未確認のノートを見るために事前に巡回路を作成し、効率的に動く必要があります。
騎士達と『下位候補生』が集めておいた情報を元に巡回路を見定め、イレギュラーにも対応できるように余裕を持たせることも忘れません。私が巡回する場所に『下位候補生』とこのために雇用したスラムの住人達を使って仮設テントを張り、1人では広範囲の治療を行う広場にこれない者をなるべく一箇所に集めます。こうすることで時間の短縮を図ることができますが、それでも回る場所には限界が出てきますので取捨選択は必須です。
毎回のことですが頭を悩ませる巡回路作成。スカウトできる人材は貴重です。出来れば1日といわず2,3日かけて定期治療を行いたいのですがなかなか難しいのが現実というものです。私にはやらねばならないことが山のようにあるのですから。
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「ただいまより治療を始める! 皆その場を動かないように!」
時間になった広場には所狭しと人々が密集しています。
予め設定しておいた領域内に収まる様に第1陣の人々が咳きをしたり苦痛で呻いたりしている様は、大量のゴミを見ているようであまり気分のいいものではありません。すでにこのゴミの群れは選別の済んだ評価1,2の集団です。価値はあまりありません。
「リート」
「はい! 姉さま!」
時間も押していることですし、やることをさっさとやって希望を探すとしましょう。
リートに微笑めば返ってくるのは眩しいほどの笑顔です。この笑顔がある限り私は頑張り続けられるでしょう。
リートの『ノート』を開き『魔法:神聖/緑 Lv7.835』を選択、対象を広場に設定。広域範囲魔法『エリアヒール』を使用します。
緑色の光が一瞬で広場を埋め尽くし、範囲内の人々の怪我や病が瞬時に癒されていきます。しかし、リートを救ったときのようなやせ細った栄養失調状態を回復させるような魔力の『追加使用』は行いません。あくまでも今回は怪我と病を癒すためのものです。
緑の光が消え、広場に集まる人々からざわめきと歓声が上がります。
徐々に声が高まり、盛大な聖女コールになるのはいつものことですが時間が押しているのを理解して欲しいところです。騎士と『下位候補生』が歓声を上げている人々に負けない大声を張り上げて移動を促しています。第1陣が終わればすぐに第4陣を広場に入れなければいけません。
私とリートはすぐにもういくつか確保してある広場に移動となります。その間に治療の終わった広場の人々を入れ替え、準備をすることになります。
いくつか広場を確保しているといってもそれなりの人数を収容できるサイズの広場は限られますし、いくつか確保している広場とはいえ人々の入れ替えには時間がかかります。1つの広場を3順する頃には午前の治療は終了となりました。
予定していた人数は治療出来たので問題はなく、午後の移動治療も行えるでしょう。
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休憩と移動を兼ねる騎士の警護する馬車で昼食を摂り、予定通りに仮設テントへと向かいます。
自力での移動が難しい人々を一箇所に集めるための仮設テントですのである程度の範囲の人を集めています。そのため移動時間は多少必要です。移動させるための人員は体力と腕力のある騎士と『下位候補生』ですのでそれらの労力は問題ではありません。ですが今日の終わりに彼らはまとめて洗浄しておかなければいけません。病原体を持ったまま放置しておいては意味がありませんから。
最初の仮設テントの中は広場よりも酷い呻き声と苦しむ声が充満していました。最初のころはリートはこの負のオーラ立ち込める場所に精神を大分参らせていました。しかし何度も経験することにより今はもうむしろやる気の方が強く、精神も大分強化されたようです。
リートの力なくして治療は行えないので仕方ないことですが、最初は心苦しかったのも確かです。彼の悲しむ顔はなるべく見たくありません。
「姉さま、はやくみんなをたすけてあげて!」
「もちろんですよ、リート。さぁいいですか?」
「はい!」
優しいリートは評価も済んでゴミ以下の存在でしかないことが判明した人々にもその手を差し伸べようとしています。もちろんリートの頼みは聞き届けるべきものです。すぐさま『エリアヒール』を広場で使ったよりも若干魔力を込めて『追加使用』します。
こうしなければ自力で動けないほどに怪我や病が重い人々の癒しにはなりません。それでも足りない場合は個別にその状態に合わせて『神聖魔法』を追加で行っていきます。
完治とはいかずとも自力で動けなかった状態からほとんど回復した人々は広場に集まっていた人々同様に歓喜の声を上げ、付き添っていた家族と涙を流しながら抱き合ったり、私達に膝を突いて祈ったりしています。
こうして次々に仮設テントを回り、評価を下しては癒していきます。
残念ながら本来の目的であるスカウト対象はここまで0です。収穫なしというやつです。慣れているので構いませんが。
陽も傾き始め、アクシデントもなく巡回路を回り続け、残りは2箇所です。
しかしやはりアクシデントはやってくるものです。移動中の馬車が止まり、騎士が扉の外から報告がある旨を述べてきました。
「聖女様、昨日新たにスラムに入ってきた者が腐樹病に感染していることがわかりました 。深度は3です。いかが致しましょうか」
「腐樹病……。では今すぐそこへ向かいましょう。腐樹病は接触感染で移ります。誰も接触してはいませんね?」
「申し訳ありません。腐樹病患者と判明する前に接触してしまった騎士が2名います。現在彼らがメインとなって対象を隔離している段階です」
「わかりました。では周辺の封鎖と住人の洗浄も同時に行います。対処マニュアルに従ってください」
「はっ」
腐樹病はリートがかかっていた不治の病。
接触感染で移る腐樹病は感染者が移動するだけで感染者を増やすことになります。深度が2以下の場合は移動していても感染者を増やすことはないのですが、報告にあった患者は深度3。触れたモノが人でなくとも最高3日はその場所から感染者を増やしてしまいます。
侵入ルートを3日間封鎖するか洗浄するか、のどちらかとなります。
残り2箇所の巡回は後回しとなり、腐樹病患者の下へと急いで向かいます。
『学校』に残っている『下位候補生』と『中位候補生』全員を動員して対処マニュアル通りに動かします。時間はありません。しかしこういった事態も当然想定して私が作った対処マニュアルはスラム街の住人達にも広められています。
すぐに半鐘が特定の状況を知らせる叩き方で鳴り響き、住人達にも協力の要請がなされます。騎士と『候補生』達がフォローしつつ、多少の混乱はあるでしょうが隔離作業は進むでしょう。
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現場にはすぐに到着しました。
すでに周辺を騎士と『候補生』が隔離し、不安な様子でそれを取り巻いている住人達がいます。しかし私が到着したことにより、その不安はすぐに払拭され、歓声が上がります。
その歓声に普段は手を振るところですが、今はそれをするのはあまり良い行動とはいえません。
歓声を背にリートと手を繋ぎ、厳しい表情のまま隔離された今にも崩れそうなぼろぼろの家屋に入ります。さすがに深度5にまで達していたリートの時とは違い、鼻につく異臭はありません。深度3はまだ意識を保っていられる段階です。ですが弱りきっていることには変わりありません。
「聖女様、申し訳ありません。私と彼の2人は接触してしまったので感染しています」
「ご苦労様です。大丈夫ですよ。あなた達も私がすぐに癒してあげます」
接触してしまった2人の騎士は不安な様子も見せず片膝を突いて私を出迎えます。さらに報告を聞き、寝かされている小さな子供が今回のアクシデントの元である腐樹病感染者と判明しました。
他には誰も居らず、騎士達が念のために巡回してきた時にたまたま見つけたそうです。その時にはまだ意識があったそうですが、彼らがふらつく子供に手を貸した所で意識を失ってしまったそうです。腐樹病感染は特徴があり、感染した際に鋭い痛みがあります。
騎士達は対処マニュアルを熟読していますのでその痛みから自分達が何に感染したのかすぐに理解しました。意識を失った子供を入念に調べた結果一部の皮膚が樹のようになっていたことが判明し、腐樹病感染者と確定したのです。
騎士達の報告を聞きながらも私の意識は子供に向かっていました。
やはりというか腐樹病は特殊な病なのでしょう。この子の評価は4。優先スカウト対象者です。評価5の最優先スカウト対象よりは下がりますが、それでも十分なほどに優先すべき評価です。
しかし深度3の状態では即命に関わるほどではありません。十分『ノート』を閲覧している時間はあります。
彼の名はニューイ。
リートと同様に獣の血が色濃く出た『獣人族』です。狼の血が色濃いリートとは違い、彼は猫の血が色濃く出ているようです。毛並みは酷く汚れているので見るべきものがありませんがその頭の上には猫耳があります。尻尾は見えません。でもあるでしょう。
『属性』もリートとは異なる『青』。単色ですが評価4の『才能値』は複合色よりも圧倒的に価値があります。まだ5歳とリートの1つ下ですので教育もしやすく大変よろしいです。
騎士達の報告では親やそれに類する存在はまだ見つかっていません。私の側に置くためにもいないことが望ましいでしょう。
「リート」
「はい、姉さま」
評価4という久しぶりの掘り出し物に私の喜びは最高潮です。
閲覧も終わり、すぐに『神聖魔法』を大量の魔力を『追加使用』して一気に腐樹病を根絶します。ついでに騎士2人も治療してしまい、家屋も洗浄してしまいます。
ニューイはスラム街に来たばかりの人によくある痩せ細った体をしていましたが、大量の魔力を『追加使用』した『神聖魔法』により多少肉が戻ってきました。
彼の『ノート』の『その他』から腐樹病の項目が消え、完治したことを確認すると騎士達にニューイを連れて帰ることを伝えます。親やそれに類する者が居た場合に備え数人の騎士を置いていくことも忘れません。
馬車にニューイを運ばせ、家屋の外から洗浄を開始します。
南スラム街の一角は今日中に洗浄してしまいましょう。ニューイが目を覚ましたら侵入ルートを確定させてさらに洗浄です。これから3日間は腐樹病患者が発見されれば同じ事を繰り返すことになります。後に残すと面倒になる病ですので徹底的にやらなければいけません。
忙しい日々がさらに忙しくなりそうです。ですが私の心にはそんな鬱々とした日々の黒々しい陰鬱な思いはまったくなく、ニューイという評価4のお人形さんを手に入れた事の喜びに満ちていました。