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最高級クラスの魔物の素材で作られた私の手料理にたっぷりと舌鼓を打ったリートは大変満足そうな顔です。
事前に伝えていたので休暇中だったチームアルファも全員参加での食事となりました。
皆最初の一口までは非常に緊張していましたが、一口目を口に含んだ瞬間から目を見開き一心不乱に料理を口に運んでいました。
全ての料理がなくなるまで誰一人として喋ることなく、食べる音と食器の音だけが支配する空間は料理を作った側からすると悪くないものです。これが私の作った料理でなければ食器の出す音で不快な思いをしていたでしょう。
リートが音を立てて食べてしまうのは仕方ありません。まだまだ練習中ですので。ですがそれはリートの話です。ソレ以外では話にすらなりません。
しかし幸運なことに今回は私が手ずから作った料理です。一心不乱に食べてくれているのですから多少の音はどうということはないというものです。
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翌日からは武器防具を作成するための素材のチェックが始まります。
解体して仕分けられ卸された以外の素材は全体の7割です。その中から武器防具の素材として活用できる物は、物にもよりますがせいぜいが1割、2割。
残りの素材にももちろん使い道は山ほどあります。建材として直接使用したり、混ぜ込んだりしたり。様々な道具に使ったり、燃料になったり。血の一滴まで骨の一欠けらまで、『資源』となるという言葉は伊達ではありません。
しかしそんな使い道がありすぎる魔物の素材も武器防具への加工、ましてや私のお人形さん達の最精鋭用の装備となると極端に限られてしまうのです。
現在の最高到達階層で発見された新しく非常に強力な魔物の素材を使えば最高の物が出来る、というわけでは決してありません。素材の特性を活かしたり、時には特性を殺して得られる物を利用する時だってあります。
素材の選定は時間をかけて念入りに行う必要があるのです。
今日ばかりはリートも一緒に、というわけにはいきません。
普段はお風呂からベッドまでずっと一緒ですが、素材の選定、装備の作成にはあまりにも時間がかかってしまいますので彼にはお勉強をしてもらっています。いつも一緒ですのでたまには離れて行動をすることも大切です。寂しいですがこれもリートのためなのです。
ある程度素材の選定が終われば武具の作成に移ります。
私が取得している『スキル』は残念ながら戦闘にはまったく役立たないものばかりです。
これも『属性』という制限があるために仕方ないことなのです。
私の『属性』は『白赤青黄灰』の複合色。一般的に『属性』は色で判断されます。
『赤』の『属性』を持っている人は『攻撃』に関する『スキル』が多い傾向にあり、『青』の『属性』を持つ人は『防御』に関する『スキル』が多い傾向にあります。
このようにそれぞれの色に合った『スキル』を取得することが出来ますが、『赤』だからといって『攻撃』ばかりというわけではありません。『赤』の『属性』を持っている人でも『防御』や『補正』などの系統の『スキル』を取得できる場合もあり、様々です。
私の『属性』は複合色というたくさんの『属性』を持った貴重なパターンです。
評価5の能力を持つリートですら、『属性』は『緑』の1色。
『属性』を多く持つ人は幅広い可能性を持っているといえますが、『才能値』が少なければ宝の持ち腐れというものです。『スキルP』がなければ『スキル』を取得することはできないのですから。
当然ながら私はリートに匹敵する『才能値』を有しています。残念ながらリートには1歩及びませんが十分といえるでしょう。
私の『Lv』はこつこつ魔物を倒してやっと4になったばかりです。
平均的な探索者の『Lv』が5ですので、私も『Lv』だけで見れば一端の探索者並と言えるでしょう。ですが残念ながらこの世界での『Lv』は強さとイコールではないのであまり意味はありません。
しかしありあまる『才能値』による『スキルP』で私は他の誰にもできない特殊な『スキル』の強化が行えます。
通常は取得した『スキル』は関係する動作の反復行動によってしか成長しませんが、私はこの方法で『スキル』を強化できます。その分『スキルP』を1つの『スキル』に多く消費することになりますが、通常ではありえない速度と確実性をもって強力な『スキル』を所持することが可能となるのです。ですので『Lv』を上げる事はとても重要なのです。
……もっとも、私はそのような方法で『スキル』を強化できても、複合色であり様々なスキルを取得できる幅広い可能性を持っていても……未だに取得できる『スキル』に攻撃系のものが一切ありませんが。
故に私自身が『探索迷宮』に潜ることは現実的ではありません。
「武器合成――スパイライルスネークソード」
複数の魔物の素材と『探索迷宮』の11層以下でしか手に入れることが出来ない特殊鉱物――熱線鋼石を使って作り出されたのは蛇の頭の柄頭を持った蛇腹剣。
一般的な鍛冶屋が作るには数日から数週間は必要とする工程を一瞬で行えてしまうのが『スキル』の凶悪なところでしょう。もちろんソレに見合った『スキル』の熟練具合が前提です。
『白紙のノート』で詳細を見てみれば『才能値』がやや低めです。
初めて作った武器ですので仕方ない事とはいえ、『スキル』の熟練具合を鑑みてももう少しなんとかならないものでしょうか。
何度か同じようにスパイラルスネークソードを合成し、やっと満足のいく『才能値』を持った物が誕生しました。スパイラルスネークソードを合成するのに必要な素材が残り少なくなっていたので危ないところでした。
『属性』は皆全て同じ『赤紫』。複合色と見間違いやすいですがこれで1色です。
取得可能な『スキル』は主に切れ味と毒に特化しているようです。中距離武器としても使えるこのスパイラルスネークソードは取り回しが少々難しいですが、扱えるようになれば心強い味方となるでしょう。
……まぁチームアルファでは使えませんけどね。少し趣味に走ってしまいましたが問題ありません。まだまだ素材はあります。
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チームアルファの最新装備は全員分というわけではありません。
スパイラルスネークソードのように素材がなくなる前に満足の行く物が出来ればいいですが、そうでない場合は次回に持ち越しになる場合も多いです。
今回も数点考えていた装備が素材切れとなり、次回へ持ち越しとなりました。『才能値』の低い武具の『Lv』を上げたところで労力に見合った結果が得られるわけではないのですから。有用な『スキル』を取得させるためにも妥協できない部分です。何しろ遺失武具なのですから。
今回は数点の装備更新となります。
形状が異なれば取り回しも変わります。『スキル』による強力な補正がなければ鍛錬に時間がとられすぎて早々違う武器は扱えません。
もちろん『スキル』の熟練具合次第ではありますが、並みの探索者とは比べ物にならない速度で馴染むでしょう。
チームアルファのメンバーは最精鋭であり、『スキル』の熟練具合も並ではありません。
それでも調整に4,5日はかかるでしょうか。その上今の状態では『スキル』がありませんので魔物を殺して『Lv』を上げなければいけません。
近場のフロアで魔物を大量に殺してきてもらうとしましょう。ついでに『資源』も大量ゲットです。
休暇明けからのチームアルファのスケジュールはなかなかハードになりそうです。それでも『探索迷宮』の未到達階層を攻略するよりは圧倒的に楽であることは疑う余地もありません。
出来の悪い武具もそのままゴミになるわけではありません。
希少な素材を使っている武具は『才能値』が満足行く物でなくとも一般的に販売されている武具に比べれば非常に性能の高い物になります。
ゴミにするには勿体無いですが『探索迷宮』に潜るようなお人形さん達に持たせるには不十分。そうなれば『候補生』達の武具となります。
『スキル』の慣熟訓練のための刃引きを施したり、『スキル』を意図的にデメリットのあるもので揃えたりと様々な訓練に使用できるように調整を施します。
しかし実戦訓練以外では性能の良い武具は必要ありません。基本的には鉄で作った物となります。
今回出来上がった粗悪品達は『候補生』達の実戦訓練用の武具となるでしょう。
希少な素材を使った一般的な武具よりも遥かに強力な武具で実戦訓練を行えるのですから、『候補生』達は何と幸せな事でしょうか。
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私専用の工房から出れば辺りはすでに陽が沈みかけていました。
フロアが連なる迷宮世界でも太陽が存在します。フロア毎に太陽が存在するわけではなく、どうやらこの太陽は全フロア共通のようです。どのフロアに行っても同じ時間に太陽は顔を出し、沈むのです。
同じように月も全フロア共通です。ただし、見える星は共通ではありません。不思議なことに同じ位置となる月に対して星は異なるのです。
ですがこれももしかしたら同じように見えるだけの別の物かもしれません。『世界の真実』にも『空』に関しては推論しか書かれていません。
彼のリョウ・サカキバラも空に関する検証は十分に出来なかったようです。『空』に向かってロケットのような物を打ち上げる試み程度はしたようですが。
『空』に宇宙が存在し、見える星も惑星なのか恒星なのか。この迷宮世界がその宇宙に存在するのかすらわかっていません。
ですがそのようなことはどうでもいいことです。
工房から出てきた私をさっそくリートが見つけて走って向かってきています。
ずいぶん長い時間1人にしてしまいました。きっと寂しかった事でしょう。私を見つけた時の嬉しそうな顔と耳と尻尾の動きに嘘はありません。
スカートが翻ることも構わずに全力で駆け寄ってくるリートはやはり大変愛らしく、大切な存在なのです。