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 私とリートが広大な敷地内にある『学校』を訪れるとそこには青を基調とした揃いの制服に身を包み整然と敬礼して並ぶ『候補生』と、その後ろに緊張しながらも薄汚れた継ぎ接ぎだらけの衣服に前掛けと手袋をして並んでいるスラム街の住人達が見えます。


 青い制服は『中位(・・)候補生』の証。

 彼らは皆『スキル』を得て、一般人では到底及ばない戦闘能力を身に付けている者達となります。私の『学校』で1年以上学んでいる彼らからは私に対する忠誠心と崇拝の念が感じられます。

 これが下位(・・)『候補生』となると基本的に衣食住を保障されているだけで、期間も短いこともあり忠誠心はほとんど感じられません。もちろん個人差はありますが。


「姉さま! 姉さま! 赤い制服です! 格好良いです!」

「えぇ、そうですね。赤い制服は『上位(・・)候補生』の証ですから」

「格好良い……」


 リートがキラキラした瞳を向けるのは赤い制服を着て、青と薄汚れた乱雑な色の集団の中でも一際存在感を感じさせる存在。

 彼は選ばれし私のお人形さん達になれるかもしれない存在です。まだ『候補生』ではありますが、その中でも選ばれた存在。

 『スキル』を取得し、下位とは圧倒的な差が生じる中位よりもさらに修練を重ね、特化された存在が『上位候補生』。彼らの私への忠誠心と崇拝はすでに完成の域にあると言っていいでしょう。


「リラ様、ご足労をお掛けしてしまい申し訳ありません。

 第1陣の雇用者は250名。すでに契約と説明は済んでおります」

「ご苦労様です。それではさっそく作業を開始してください」

「はっ。

 それでは今から作業を開始する! 先ほど説明した通りの場所で作業を順次開始せよ!」


 『上位候補生』の良く通る大きな声が集まっている人々全体に響き渡り、それぞれが作業分担された場所へと散っていきます。

 『候補生』はキビキビとした動きで。雇用者であるスラム街の住人はノロノロ、と。

 すでに見た目でわかりやすいほどに差がついているのですが、こういったところにもその違いが如実に現れています。


 『就労契約の儀式盤』で簡易契約を結んでいるとはいえ、所詮それは簡易契約。

 今回結んでいる契約も6時間の拘束契約ですので弱い契約といえます。契約内容も盗みやサボりを防止するための簡易なモノ。魔法(・・)的な拘束力を持つ契約とはいえ、痛みや身体拘束を可能とするほどのものでは決してありません。


 『就労契約の儀式盤』は簡単な契約を魔法的拘束力(・・・・・・)を持って結ぶ便利道具です。

 大昔から存在し、今でも使われている道具ですので皆も馴染んでいますので契約内容さえ問題なければ違和感無く受け入れられます。

 『奴隷契約の儀式盤』とは違い、最大でも7日間しか効力を持たず、強い拘束内容は結べません。ですので使い勝手もいいですが、穴も当然多いです。そのため長い時間や貴重な物を使う仕事では監視要員は必須です。


「それでは私達も行きましょうか。リート、まずはどこから見たいですか?」

「はい、姉さま! えっとえっと……。あ、あのステゴウルフの解体が見たいです!」

「ではよろしくお願いしますね」

「はっ。お任せください」


 人々が散ってそれぞれに作業を開始し始めたのを見届けてリートにどこを見学するか決めてもらいます。

 ワクワクを抑えられず尻尾を大きくぶんぶん、と振っているリートが選んだのはステゴウルフの解体です。

 ステゴウルフは3mもの巨体を持ち、群れで襲い掛かってくる『探索迷宮』でも強敵で知られる魔物です。全体的に赤く、下あごから生えた牙はとても鋭利です。巨体を活かした突進や体当たりで一般人なら軽く即死するほどの威力があります。


 『上位候補生』を案内役に向かったその場所にはすでにステゴウルフが3体ほど置かれて解体作業が始まっています。

 物が物のため、数人がかりで行っています。青い制服を着た『中位候補生』達は刃が通らない堅い場所や技術的に難しい部分以外は監視に勤めています。

 私達が近づくと『中位候補生』が敬礼して迎え、雇用者達も頭を下げてきます。軽く微笑み作業の続きを促せばすぐに作業へと戻り、次々にステゴウルフ達は部位毎に腑分けされていきます。

 手慣れた作業なのは解体作業に参加する回数が多いからでしょう。一部の慣れていない者達はまずは見学してからとなります。もちろん出来る作業はやらせていますが、まずは作業を覚えてもらわねばなりません。

 6時間しかない就労契約中で仕事を覚えることが出来なければ次の雇用の際に弾かれる可能性があるので皆必死です。


 私が出す雇用は皆非常に人気があります。

 他の雇用と違い、金額的にも多く日雇いではありますが次の雇用に繋げ易いのです。技術を身に付け使える人材だと判断されれば日雇いではなく、継続雇用される場合もありますので日々を生きるために人々は自然と必死になります。


 ステゴウルフの解体にキラキラした瞳を向けるリートは非常に可愛いです。

 魔物の解体に興奮するのは男の子(・・・)としては正しいのですが、その格好は多少汚れてもいいようなパンツスカートに短めのポンチョです。見事に女の子です。もちろん可愛いので問題ありません。


 ステゴウルフ1体の解体に数人掛かりで30分程度かかります。

 血の一滴まで絞り尽くすので事前の血抜きなどは済んでいるのですが、それでもそれなりの時間がかかります。6時間の就労契約のため休むことなく次々に魔物は解体されていきます。

 解体された魔物の素材は順次荷台に運ばれ、『中位候補生』が仕分けしていきます。仕分けされた素材は『中位候補生』がメインとなり護衛し、中層へと運ばれていきます。

 当然ながら魔物は『資源』。

 しかも希少度の高い魔物が多いのでその素材は高額になります。いくら私が聖女と呼ばれ、崇拝されていようとそんな高額な素材を護衛もなしにスラム街を通すなど無謀の極みです。

 しかし『スキル』持ちである『中位候補生』が数人で護衛し、『上位候補生』2人がそれを監督することにより被害は激減しています。

 それでも無くならないのは魔物の素材の希少度のせいでしょう。襲ってくる者達はどんな人間であれ、その場で殺されます。生かしておく理由はありません。実行犯から黒幕に辿りつくなどまず不可能ですから。

 こういった襲撃に使われる人間は仲介に仲介を重ねるため黒幕を暴くことはまず無理なのです。

 襲撃をかけてくる人も千差万別です。屈強な戦士もいれば幼い子供や老人までいます。しかしその全てに平等に死は与えられます。

 『探索迷宮』には時として人に化ける魔物も出現しますので一瞬の躊躇いが死を招くのです。そういった躊躇いを払拭するいい訓練になってくれているので実に有用です。


 『上位候補生』が監督するのは当然ながら高額な素材のためです。

 その他にも『中位候補生』でも対応できない猛者が襲撃した場合の保険でもあります。『上位候補生』にもなると並みの探索者では足元にも及ばない程度の実力は持っていますし、制限付きではありますが私の手製の遺失武具(アーティファクト)を貸与しています。


「姉さま、ボクも参加していいですか?」

「そうですね……。あれはどうですか?」

「うん! ボク頑張るよ!」

「でもその前にコレをちゃんとつけていきましょうね」

「はい!」



 リートがついに見学しているだけでは我慢ができなくなり、私が示した魔物に突撃していきそうになります。このために今日のリートの服装は汚れてもいいような服にしているのです。ですがそれでも当然足りませんのでリート専用のフリルのたくさんついた前掛けと手袋とマスクをつけさせます。

 専用装備に身を包んだリートはそれでも尚可愛らしいです。


 『上位(・・)候補生』が2人補助に付き、リートはその小さな手を器用に使って解体用のナイフで魔物を捌いていきます。その手並みは長く解体作業をしている雇用者達と比較しても問題ないくらいに上手です。

 リートは何度もこの『祭り』を見学し、参加しています。

 参加する度に腕を上げていっているのですからこのくらいは上手くこなしてしまいます。

 私としては可愛い可愛いリートが魔物の血や臓物で汚れるのはあまり嬉しくありませんが、リートのあの楽しそうな顔を見てしまうと何も言えなくなってしまうのです。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 6時間の作業が終われば、第1陣の雇用者は簡単な身体検査後に給料を貰い去っていきます。

 しかしすぐに第2陣の雇用者が来るので作業は引き続き行われます。雇用者を分けるのは効率的とはいえないですが、より多くの人を雇うためには必須です。

 朝から始まった『祭り』は夕方まで続き、翌日も引き続き行われます。そうして3日ほどかけて全ての魔物を解体し、中層の商人と中央の大商人達へと卸されるのです。

 スラム街には高級な魔物の素材は一切卸されません。金額が金額なので当然です。ですがその代わり『上位候補生』が狩ってくる魔物の素材はそのほとんどがスラム街へと卸されています。

 『上位候補生』が狩ってくる魔物は『探索迷宮』に蔓延っている強力な魔物とは違い、実戦訓練用としている周辺フロア――D-36に生息している魔物がメインとなります。

 『探索迷宮』ほどではないにしても魔物は魔物。一般人では十数人がかりで怪我を覚悟で仕留められるような魔物ですので十分に『資源』となります。

 『上位候補生』の訓練にもなり、スラム街への『資源』の供給にもなり一石二鳥です。


 こうして『祭り』は特に大きな問題も無く、襲撃者もいつもの3分の2程度と少なく終わりました。

 中層、中央に卸された素材により、一般の探索者達の装備も多少はよくなるでしょう。

 私も今回得た素材を使っていくつかチームアルファの装備を更新する予定です。

 定期治療も近づいているため、装備更新にばかりかまけているわけにはいきませんが重要項目であることには変わりありません。

 チームアルファが使用した装備の中にも新たに『スキル』を取得できそうな物もあり、大幅な戦力増強が見込めるでしょう。

 彼らが齎した新しい魔物や罠の情報も検分しなければいけません。まだまだスケジュールは詰まっています。


 ですが可愛いリートが手ずから解体した魔物の素材があるのなら、()が自ら料理を作らないでどうするというのですか。

 リートも私の手料理をとても楽しみにしているのです。




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