02
『世界は迷宮である。
街が存在できる広さを持つ巨大な面積を持つフロア。
街と街を繋ぐ通路のようなフロア。
生い茂る木々により森と化したフロア。
砂浜と膨大な量の海水に満たされたフロア。
それら全てのフロアが複雑に連結された世界。
それがこの迷宮世界である。
著:リョウ・サカキバラ 世界の真実より』
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『世界の真実』と呼ばれる禁書に書かれている事は本当のことです。
当時この本は発行されると同時に禁書指定を受け、ほとんどが燃やされたそうです。
ですが残った数冊のうち私は運良くその1冊を手に入れることが出来ました。
リョウ・サカキバラ。
彼は所謂『トリッパー』と呼ばれる召還された人間です。
私のような『転生者』と違うのは死んで新たな肉体としてこの迷宮世界に生まれ変わったわけではない点。
以前の世界での肉体を維持したままこちら側にやってきた人間だということです。
こちらにやってくるときに身に着けていたものや近くにあった物なども一緒にやってくることがあるのが最大の特徴というべきものでしょう。
リョウ・サカキバラは研究室一室と同時に召還されたそうです。
研究室の機材を用い、様々な角度からこの迷宮世界を検証したのです。
結果として彼はこの世界の様々な真実に至りました。
彼の残した書物は全て発禁扱いの禁書であるために多くは残っていません。
私が手にすることが出来たのは『世界の真実』ただ1冊。
他の禁書を手に入れるために様々な方法を模索しましたが、リョウ・サカキバラの本は禁書。
公に集めるには危険な存在でもあるのです。
私が禁書を集める理由はいくつかありますが、最大の理由は『スキル』と『探索迷宮』にあります。
私が知る限り『スキル』は才能を圧縮した技術。
『スキル』という言葉と存在はこの迷宮世界全土の人々が知っています。
しかしその取得方法、扱い方は迷信や実際に取得した者の感覚でしか伝わっていません。
取得した者もいつの間にか取得していた、神に選ばれた、などと使える情報がまるでありません。
しかし『世界の真実』には扱い方が記述されていました。
リョウ・サカキバラの検証結果によれば取得した『スキル』は関係する動作による反復行動によりいくつかの段階を経て効果を高める、と書かれていました。
今まで私のお人形さん達で検証した結果と一致します。
細かい検証結果は他の書物に書かれているらしく、なるべく欲しい一冊です。
もう1つの『探索迷宮』は横に繋がるフロアで構成される世界の中でも異質なフロアとして有名なモノです。
横に続いているフロアばかりの世界とは違い、縦に続くフロアで構成され、強力な魔物が蔓延っている危険な場所です。
しかし魔物はこの迷宮世界において資源でもあります。
強力であればあるほど、珍しければ珍しいほどに資源としての価値は非常に高くなります。
そんな危険な『探索迷宮』に挑む人々は尽きません。
魔物を狩れば資源として高く売れ、そんな資源を供給できる人物たちは名誉も手に入れることが出来る。
金と名声。
いつの世も、どこの世界も似たようなものなのです。
そんな『探索迷宮』には私のお人形さん達も潜っています。
『探索迷宮』を攻略しに行くことを潜るといいます。ですが実際には上にも下にも続く迷宮なので潜るという言葉は正確ではありませんが。
私は金や名声などには興味はありません。
私が欲しいのは『世界の真実』に記載されていた『探索迷宮』の最奥の情報。
それが私の求める物であり、『探索迷宮』に私のお人形さん達を潜り続けさせる理由でもあります。
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「お嬢様、チームアルファが『D-37』に到着したと早馬がありました。こちらがチームアルファリーダー、アガチからの報告書になります。
チームアルファの帰還予定日は4日後となるそうです」
「わかりました。ありがとう。下がってください」
「失礼致します」
『世界の真実』から視線を報告にやってきた騎士に向ければ私のお人形さん達の情報が齎されます。
『D-37』は横に続くフロアの名称。
他のフロアへと続く小さな通路の入り口に石碑があり、そこに記されているものです。
その石碑はどんな衝撃にも、斬撃にも、『スキル』ですらも傷1つつけることができない未知の物質でできています。
それは各フロアを覆う壁の素材や、ある一定の深度まで地面を掘り返した時に出てくる素材も同じです。
『世界の真実』によればその素材は世界そのものである、という話です。
丸く白いテーブルの上に置かれた報告書。
紙とインクで構成される本と違い、その報告書は薄い板状の物体です。
私のお人形さん達に持たせている物は全て私が手作りした物ばかりです。
この報告書もその1つ。
「今回は何階層まで行けたのでしょうね」
「はいはい! じゅーはちかいそうだとおもいます!」
「ふふ……。そうね。前は17階層でしたから今回は18階層まで行けているかもしれないですね」
元気に手を挙げて答えるリートの愛らしいふさふさの耳と一緒に頭を撫でてあげて報告書に目を通し始めます。
『指紋認証』と『網膜認証』を通過し、起動した報告書の総量は今回もかなりの物です。
タッチ操作で画面をスクロールし、読み進めていきますがリートには少し難しいのですぐに興味が目の前に置かれているお菓子に移ってしまったようです。
楽しそうに左右に揺れながら私の作ったクッキーを頬張り、リスのように頬を膨らませているリートをずっと見ていたくなりますが報告書を読むことも忘れてはいけません。
『探索迷宮』での道中での行動記録、魔物との戦闘報告、罠の位置や情報、新階層でのマップデータ、未確認の魔物と罠の情報、そして得た資源と宝。
様々な情報が詳細に記載された報告書は全て私が徹底的に仕込んだフォーマット通りに作成されています。
リートの予想通りに今回はどうやら18階層まで歩を進めることができたようです。
途中でチームメンバーの1人が重傷を負ったようですが、持たせておいた緊急用の『上級ポーション:緑』で事なきを得たようです。
使用したアイテムの情報もしっかりと記載させているのは後の管理を円滑にするためには必須のことです。
『上級ポーション:緑』1つでスラム街の住人ならば100人が10日は生きる事ができます。
とても高価なアイテムではありますが、『探索迷宮』の攻略には必要不可欠な物であり、私のお人形さんを失うことになるよりは遥かにマシです。緊急用のアイテムは緊急時に迷わず使ってこそ、ですから。
チームアルファのメンバーは私のお人形さん達の中でも最精鋭です。
1人失うだけでも損失は計り知れません。
チームブラボーはまだ10階層に届くかどうかといった精度ですので、まだまだチームアルファには及びません。
チームチャーリーは未だ3階層と未熟としか言いようの無い出来です。
チームアルファは私のお人形さん達の中でも特別といえるのです。
そんな彼らはスラム街でも中層でも英雄視されています。
魔物は資源であると同時に最大の脅威です。そんな魔物が跋扈する『探索迷宮』に潜りたくさんの資源を持ち帰ることが出来る彼らは多くの人々から求められるのです。
しかし私のお人形さん達以外にも『探索迷宮』に潜る人達は大勢います。
その中の何割かは資源を定期的に持ち帰ることが出来ています。
そんな彼らを押しのけてチームアルファが英雄視されているのにはいくつかの理由があります。
1つは彼らの持ち帰る資源の量。
1つは彼らの持ち帰る資源の鮮度。
1つは彼らの持ち帰る資源の貴重度。
『探索迷宮』に潜る事が許された私のお人形さん達には私の手製のアイテムが支給され、私の手製のアイテムを持たない他の人々とは効率が段違いになっています。
もちろん効率だけではなく、生存率も遥かに違います。
未だ『探索迷宮』内での死亡者は0です。
『探索迷宮』に潜る人々の死亡率が6割を超える中でこの数字は異常でしょう。
しかしそんな異常な数値をもってしても未だ最奥にまでは届かない。
「まだまだ足りません。最奥に到達し、アレを手に入れるには……まだまだ」
「……お姉ちゃん……」
知らず知らずのうちに報告書を強く握りすぎていたようです。
リートの心配そうな声に我に返り、爪が割れ真っ赤な血が滴っている指の痛みが意識に入ってきます。
リートは他の人がいないところでは私のことをお姉ちゃんと呼び、人が居るところでは姉さまと分けて呼んでくれます。まだ小さいのにとても賢くていい子です。
「ごめんなさい、リート。心配をかけてしまいましたね。すぐに治してしまいますから力を貸してくれますか?」
「うん!」
可愛い可愛いリートに心配要らないと微笑み、彼のノートを開きます。
少し意識すれば出現するそのノートは私の――私だけの唯一無二の『ユニークスキル』。
対象の情報が記載されたノート。
空白部分が大半を占めるそのノートは、見た目通りに白紙のノートが正式名称。
でも普段はノートとしか呼んでいません。
ノートに記載されている『魔法:神聖/緑 Lv7.835』を選択し、私を指定して実行。
緑の光に包まれ、割れた爪は一瞬で元通りに戻ります。しかしついた血はどうにもなりませんので絹のハンカチで拭い取っておかなければなりません。
ノートに記載されている情報を選択し、実行するには持ち主に触れていなければいけません。
他者になるべく触れたくない私ですが、リートは別です。
今日も大きなリボンにふわふわのフレアスカートに可愛らしいチュニックシャツのリートはとてもとても愛らしいのです。
そんな彼ならずっと触っていても問題ありません。
「ありがとう、リート。大好きですよ」
「えへへぇ~。ボクもお姉ちゃんがとっても、とっても! だいすきだよ!」
頬っぺたについたクッキーカスを取ってあげ、微笑めばリートもとても素敵な返事を返してくれます。
4日後の凱旋までにやるべき仕事はたくさんあります。
でもそれでもリートとの幸せな時間を割くほどのものでは決してないのです。