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 掃き溜め、ゴミ箱、汚物博覧会。

 様々な言い方がありますけれど、そこを評するには全て適切だと思います。


『東スラム街』


 総じてそう呼ばれるのは、大都市の外層部。

 中央と呼ばれる大都市の中心は貴族や大商人が住むエリア。

 中層と呼ばれる中央を囲むようにして出来ているエリアには自由民や商人などの平民が住んでいます。


 そして中層のさらに外。

 外層部と呼ばれるエリアがスラム街となり、この東スラム街はその一角。


 辛うじて見れる程度に頑張ったのでしょうけど、それでもやはり薄汚いという印象が1番に来る彼ら――東スラム街の住人達は列を成しています。

 数年前ならこの列も激しい罵倒と我先に食べ物を手に入れようとする暴徒と化す寸前の住人でごった返していたのですが、今は違います。

 皆それぞれに話してはいますが罵倒や怒声などとは違い、とても穏やかなものです。

 私の周りを固めている騎士達もその出番はほとんどやってきません。

 始めたばかりは騎士が住人を制圧することなど、ほぼ毎回のことだったというのに。


「はい、熱いですから気をつけてください」

「おぉ……。聖女様……。ありがたやありがたや」


 拝むように手を合わせスープとパンを受け取る老婆。

 爪の中まで汚れたその皺だらけの汚い手を触らないように気をつけながら渡し、張り付いている微笑を向ければ、老婆は涙を流して何度も礼を言って列を離れていきます。

 老婆に付いている白い付箋(・・・・・・・・・)には――。


『グストリ Lv:1 スキル:0 才能:2 スキルP:0 評価:1』


 と書いてあります。

 その表示に心の中でだけため息を吐き、次の人へとスープとパンを渡す作業へと戻ります。


 一見しただけで痩せ細り衰え、使えない素材にしか見えない老婆。

 ですが彼女にも使える部分は存在する。

 それは全てのモノにいえることであり、要は使い方次第なのです。

 ですからそんなとても使えるようには見えない老婆でも私は微笑(・・)を向けるのです。


 流れるようにスープとパンと微笑を与える作業が続いていきます。

 普段ならそう、そろそろのはずなのですがどうにも今日は遅いようです。

 そんなことを思っていたら向かって左端の列の中ほどで騒ぎが起こったようです。


 やっと……か。


 騒ぎの中心に視線を向ければすでに制圧済みのようです。

 最初の頃は暴徒と変わらなかったスラムの住人も今では1人1人が自警団のように率先して騒ぎを収める為に動いてくれます。


「リート、一緒に来てくれますか?」

「はい、姉さま」


 花柄のワンピースに大きなリボン。

 私の可愛い可愛いリートは頭の上のふわふわの毛に覆われた耳をピクピク、と動かし、尻尾をぶんぶん、振って応えてくれます。

 作業の代わりを頼んでリートと騎士2人を連れて現場に向かえば制圧された者がすでに簀巻き状態でむーむー言うだけのゴミになっていました。

 あまり怪我もしていないし、血もほとんど出ていませんので死にはしないでしょう。

 内臓への損傷などの一見しただけでは判断がつかないところは触診するなりすれば問題ありませんが触りたくありません。


「聖女様。すでに事態は収拾しました。お騒がせしてしまって申し訳ありません」

「ご苦労様です。双方大きな怪我もないようですね。ですが小さな怪我でも怪我は怪我。

 遠慮なく仰ってください。遠慮されて隠される方が悲しいですから」


 私の言葉に跪き頭を垂れて報告してきたスラムの住人の1人が驚いて顔を上げ、羨望と崇拝が入り混じった熱い瞳を向けてきます。

 実に鬱陶しいですがコレも大事な務めの1つ。仕方ありません。


「ははっ。取り押さえる際に、その、少しですが擦ってしまいまして……」

「では見せて頂けますか?」


 私の言葉に素直に隠していた傷を見せる住人A。

 確かに軽く地面に擦っただけの裂傷ですね。血ももう出ていません。

 面倒ですが演出は必須。どこの世界でも力は直接見せた方が効果が高いのです。


 意識すると目の前に広がるノート(・・・)

 手を繋いでいるリートの情報が書かれたそのノートから『魔法:神聖/緑 Lv7.835』を選択し、対象を住人Aに指定、神聖魔法Lv1『プチヒール』を実行します。


 仄かに淡い緑の光が住人Aの怪我を包み込みあっという間に裂傷は綺麗さっぱり消えてなくなりました。

 その光景を周りの住人も手を組み、祈り崇めるように見つめ、中には涙を流している者もいます。

 簀巻きにされていた者も驚きに目を見開き、傷がなくなった住人Aを確認した時にはガクガク、と震えはじめていました。

 当然ともいえる反応です。

 スラムの住人達は私が『スキル』を行使するのは見慣れている為、祈ったり崇めたりする程度で済みますが、他所から来た者――特に騒ぎを起こし捕縛された者はその恐ろしさを知っているからこそ心底恐怖します。


 簀巻き男も『スキル』を行使し、騎士が同行しており、周りから尊敬と崇拝の目で見られている、どう見ても貴族(・・)である私に裁判権があることを理解しているのです。


「むーむーッ!」

「大丈夫ですよ。私はあなたを罰したりしません。さぁあなたの怪我も治しましょう」


 簀巻きにされ、住人達に取り押さえられている男に近づけば男は暴れ逃れようとしますが、勘違いを正し怪我の治療をして差し上げれば驚きでさらに目を見開き、信じられないモノを見る目をします。

 これも当然の反応です。

 確かに裁判権を有している私ならこの男を断罪し、気まぐれに処刑することも容易いことです。

 しかしそんなことをしても意味はありません。

 罪といっても列に横入りをした程度でしょう。窃盗や殺人を犯したわけでもないのです。

 しかし、彼はこのスラムに流れてきたような程度の低い存在。

 その上、炊き出しの列に横入りするのはこの街に来て日が浅い証拠です。

 裁判権を有する貴族を目の前にして捕らえられた自身は処刑されると思っても不思議ではありません。


 戯れに貴族の権利を盾に断罪と称して処刑を楽しんでいる輩も多いのですから。


「他に痛むところはありますか?」


 私の問いかけに首をぶんぶん、と大げさに横に振る簀巻き男。

 彼の驚きは捕らえたときに出来た怪我を治療したからだけではないのです。彼には先ほどの怪我の他にもいくつか骨折箇所があったのです。

 それらの痛みがなくなっていて治してもらったことに気づいたのでしょう。

 ノート(・・・)に書かれた情報で知っていた私には造作も無いことです。ですが一見しただけではそんなことはわかりません。

 この男の驚きも無理はないことなのです。


 しかし残念ながら彼は私の求める基準には届かない。

 評価1の白の付箋(・・・・)を貼り付け、完了です

 もうこの場に用はありません。まったく無駄な労力を使わせてくれるものです。

 騒ぎを起こすなら最低でも評価2以上の評価を受けられる程度には鍛えておいて欲しいものです。


「さぁ皆さん。列に戻ってください。美味しいスープとパンが待っていますよ。

 あなたもきちんと列に並べば貰えますから、今度はきちんと並んでくださいね」

「ちゃんと並ばなきゃ、めっ、なんだよ?」


 周りで祈り、崇めている有象無象に微笑み、最後に男に告げます。

 めっ、とお叱りポーズをする可愛いリートを連れて列の先頭――炊き出し場所に向かいます。


 簀巻きにされた男もその言葉に呆気に取られていますがすでに住人の1人が簀巻きを解き始めています。

 あとは住人から説明されるでしょう。

 私の仕事は終わりです。

 さぁリートを連れて戻りましょう。こんなところにはもう居る必要はありません。

 収穫もありませんでしたし、骨折り損のくたびれもうけです。

 ……いえ、有象無象が1匹増えたという情報はありましたか。実に使えない情報ですが情報は情報です。


 炊き出し場所に戻ればまたスープとパンと微笑を配る作業に戻ります。

 祈り、崇め、感涙する有象無象達を相手に付箋(・・)の無い者はノート(・・・)を開いて評価を下します。


 残念ながら今日の炊き出しでは基準を満たす者は居ませんでした。

 ですがコレにも慣れたものです。私はすでにもうこうした炊き出しを5年以上続けているのですから。



 スラムは3箇所に分かれています。

 今日は東で炊き出しを行いましたが、西と南が残っていますし、最近では流入してくる人々が増加傾向にあります。

 期待できるかどうかは微妙なところではありますがやらねばなりません。


 まだまだ私のお人形さん達は数が足りません。

 早く見つけて……早く繕わねばなりません。


 私の目的のためにも早く見つかってくださいね、私のお人形さん達。




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