06 境界の外側
夕方。
宿題を終えて、僕はノートPCを抱えて玄関へ向かった。
「マコ、どこ行くんだ?」
父さんが仕事部屋から顔を出した。
「ちょっと……外の空気、見てみたくて。
コピオのデータも、外で見れたらいいなって」
「なるほどな。
じゃあ俺も行くか。ずっと部屋にこもってたしな」
玄関のドアを開けた瞬間、
コピオの声が途切れた。
『……誠さん、接続が……弱……』
「あ、外だとコピオ切れちゃうのか」
「家のWi-Fiはここまでだな。
外でも使いたいなら、スマホとつないどけ」
「そんなことできるの?」
「できるさ。ほら、これでスマホからもコピオにアクセスできる」
父さんが数回タップすると、
ポケットの中でスマホが小さく震えた。
『接続を確認しました。
誠さん、外でも通信できます』
「……すご」
「すごくないよ。マコもすぐできるようになるさ」
父さんは軽く笑って外の空気を吸い込んだ。
その笑顔が、すぐに曇った。
「……なんだ、この湿気」
冬のはずなのに、空気がぬるくて肌にまとわりつく。
父さんは川の方角を見た。
「霧……か? いや、湯気みたいだな」
川の上に、薄い白い膜が漂っている。
『誠さん。
川沿いの温度が、周囲より高くなっています』
「また……?」
『はい。夕方にかけて、さらに上昇しています』
父さんが僕を見る。
「マコ。お前、これ……何か知ってるのか?」
「知ってるっていうか……
コピオが、データで“変だ”って言ってて」
「変、ね……」
父さんは腕を組んだ。
「母さんも言ってたな。“川の流れが重かった”って」
「学校でも言ってたよ。川の匂いが海っぽいって」
「海……?」
父さんの眉が動いた。
そのとき、公園のほうから妹が帰ってきた。
玄関前に立つ父さんと僕を見つけて、ぱっと目を丸くする。
「父さーん!ただいまー!」
「おかえり。家の中入ってなさい」
「えー?何してるのー?」
「ちょっと……見てるだけ」
「ふーん?」
妹は首をかしげながら、ぱたぱたと家の中へ戻っていった。
その瞬間――
地面が、わずかに震えた。
ゴォォォォ……
昨日よりはっきりした、低くて深い音。
風が逆流するように吹き込んできて、
海の匂いが一気に強くなる。
「……聞こえたか、マコ」
「うん。昨日も聞こえた」
「昨日も……?」
父さんの表情が変わる。
『誠さん。
この音は、自然の風や車両音とは一致しません』
「じゃあ……何?」
『解析中です』
父さんはしばらく黙って、川の方をじっと見つめた。
「……これは、ただの湿気じゃないな」
その声は、いつもの父さんより少しだけ低かった。
家の中はいつも通りなのに、
玄関の外は、まるで別の世界みたいだ。
日常と異変の境界が――
今、足元で揺れている。




