04 家族の気づき
悠斗が帰ったあと、部屋の中が急に静かになった。
コピオの青いアイコンだけが、薄暗い部屋でゆっくりと揺れている。
「誠さん。
今日のデータは保存しておきますか?』
「……うん。お願い」
湿度、風向き、気圧。
どれも“普通じゃない”とコピオは言う。
でも、僕にはまだその意味が分からない。
廊下の向こうから、父さんの仕事部屋のドアが開く音がした。
「ふぅ……今日はここまでにするか」
父さんは伸びをしながらリビングへ向かう。
僕もつられて部屋を出た。
そのとき、玄関のドアがガチャッと開いた。
「ただいまー!」
妹が勢いよく帰ってきた。
遊びに行っていたらしく、手ぶらで走ってくる。
「お兄ちゃん!パソコン届いたんでしょ!見せて!」
「なんで知ってるの」
「父さんが言ってたもん。
“誠のやつ、ちょっと良いやつ買ったぞ”って」
「……余計なこと言うなよ父さん」
妹はにやにやしながら僕の腕を引っ張る。
「ねぇねぇ、しゃべるんでしょ?あのパソコン。
私にもしゃべってーって言わせて!」
「言わせてって……何それ」
「いいからー!」
妹に押されるように部屋へ戻ると、
コピオがすぐに反応した。
『こんにちは。
誠さんの妹さんですね』
「わっ、ほんとにしゃべった!
ねぇねぇ、私の名前も覚えて!」
『学習します。
あなたのお名前を教えてください』
「ひみつ!」
『……学習できません』
妹は大笑いしながら、コピオの前でぴょんぴょん跳ねている。
その横で、僕はそっと妹の耳元に顔を寄せた。
「……春陽」
「え?」
「お前の名前。コピオに教えてやれよ」
小声で言うと、妹は一瞬きょとんとして、
すぐに顔をぱぁっと明るくした。
「……じゃあ、特別ね!」
妹は胸を張って、コピオに向き直る。
「私の名前は、春陽です!」
『学習しました。春陽さん』
妹は満足そうに笑った。
その笑い声の向こうで、
窓の外の風がまた湿った音を立てた。
まるで、海が近づいてきているみたいに。
しばらくして、玄関のドアが再び開いた。
「ただいまー……あー疲れた……」
母さんだ。
作業服のまま、ヘルメットを片手に入ってくる。
「秋沙、おかえり。今日遅かったね」
リビングの方から父さんの声がした。
僕は廊下の途中で足を止め、なんとなく耳を向ける。
「現場が川沿いでさ。
なんか今日、水の流れが重かったんだよね。
雨も降ってないのに、変だなって思ってさ」
「重かった?川が?」
「うん。流れが押し返されてるみたいで……」
その言葉に、胸の奥がざわっとした。
海の匂い。
湿った風。
そして、川の“重さ”。
全部が、どこかで繋がっている気がした。
『誠さん』
コピオが小さく呼んだ。
『今日の湿度の変化……
川の流量データとも一致しています』
「川……?」
『はい。
海からの湿気が、川を逆流方向に押し上げている可能性があります』
そんなこと、ありえるのか。
でも――
母さんの言葉が頭から離れなかった。
“水の流れが重かった”
家族の何気ない一言が、
急に意味を持ち始める。
僕は窓の外を見つめた。
風は、今日も海の匂いがした。




