01 コピオ
僕の部屋に、人生で初めてのノートPCが届いた。
段ボールを開ける手が、少しだけ震えていた。
小学校も中学校もタブレット学習ばかりで、
PCルームの授業は“決められた操作をするだけ”。
自分のPCを触るなんて、これまで一度もなかった。
新品の基板の匂いがふわっと立ちのぼる。
金属とプラスチックが混ざった、冷たくて未来っぽい匂い。
その匂いを吸い込みながら、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
ちょうど1週間前の昼休みのことを思い出す。
給食を食べ終わって、牛乳パックを片付けていたときだ。
悠斗が、トレーを持ちながら言った。
「なぁ誠、PCってどれ買えばいいんだ?
ゲームもしたいし、動画編集もしてみたいしさ」
悠斗は保育園からの幼馴染で、
僕の家にもよく来るし、両親とも仲良しだ。
だからこそ、こういう相談も自然にしてくる。
でも僕はPCに詳しくない。
だからその日の夕飯のとき、何気なく父さんに聞いてみた。
「父さん、悠斗がPC欲しいって。
どれがいいのか分かんないってさ」
父さんは箸を止めて、少し考えてから言った。
「ふーん……誠、お前もそろそろ“本物”触ってみてもいい頃だな」
そのときは意味が分からなかった。
でも翌日、父さんは仕事の合間にスペックを調べて、
その夜にはネットで注文していたらしい。
そして今日。
1週間かけて届いた箱が、今ここにある。
箱の中からノートPCを取り出し、そっと開く。
薄い金属の天板が光を反射して、
僕の顔がぼんやり映った。
電源を入れると、画面に白いウィンドウが浮かび上がる。
――AIアシスタントの名前を入力してください。
名前。
僕は少しだけ考えて、キーボードに手を置いた。
“コピオ”
もう一人の自分、みたいな意味でつけた。
小さい頃、父さんが「懐かしいなぁ」と言いながら見ていた昔のアニメに、
自分そっくりの分身ロボットが出てきたのを覚えている。
僕の考えを写して、僕の代わりに世界を見てくれる存在。
そんな気がしたんだ。
Enterキーを押すと、柔らかい電子音が鳴った。
『初期設定を開始します。
こんにちは、誠さん』
画面の向こうから、落ち着いた声が響く。
機械的なのに、どこか僕の思考に寄り添うような響きだった。
「……おお。なんか、思ったより喋るな」
『誠さんの反応を解析しています。
以後、最適化を続けます』
最適化。
その言葉に、僕の胸が少しだけ高鳴った。
父さんの影響なのか、
僕は昔から何でも“仕組み”で考えてしまう癖がある。
光が入って、酸素が出る。
水が入って、命が育つ。
情報が入って、思考が生まれる。
世界は、入力と出力の連続だ。
全部、I/Oで説明できる。
『誠さん。
最初に何をしますか?』
「うーん……とりあえず、外の天気でも」
『了解しました。
現在の守谷市の気温は――』
コピオの声を聞きながら、僕はふと窓の外に目を向けた。
冬なのに、風が妙に暖かい。
季節の境目が、最近はどんどん曖昧になっている気がする。
母さんがよく言う。
「最近、季節が飛んでるみたいな気がするねぇ」
僕はその言葉を、ただの雑談として聞き流していた。
このときまでは。
――この日を境に、僕の世界は変わる。
まだ知らなかった。
海の声が、すぐそこまで来ていることを。




