15 夢の底で
誠は、ゆっくりと目を閉じた。
胸の奥の空白が、静かに広がっていく。
そのまま、深いところへ沈んでいった。
* * *
光が揺れている。
水の匂い。
夏の風。
足元の板が、少しだけきしむ。
船着場は、自分には“広すぎる”。
手すりの高さが、胸よりずっと上にある。
「誠ー! こっちザリガニいるぞ!」
いとこの“お兄ちゃんたち”の声がする。
声の位置が高い。
自分より遠くまで届く声。
その声に向かって走り出した瞬間――
足が、つるりと滑った。
世界が反転する。
空が沈み、
水が迫り、
光が砕ける。
冷たい。
でも、息ができないわけじゃない。
耳の奥が震える。
(……だれ……?)
言葉じゃない“何か”が、
水の中で自分に触れた。
怖いのに、
胸の奥がなぜか温かくなる。
光の粒が、ゆっくりと近づいてくる。
(……だれ……なの……?)
胸の奥が、
幼い自分には分からない“何か”で満たされる。
そのとき――
「にぃにーーーっ!!」
現実の声が、夢の中に割り込んだ。
湖の光が白く弾け、
世界が一瞬で“切り替わった”。
* * *
「にぃに! 起きて! クリスマスだよ!!」
布団が勢いよくめくられた。
誠は跳ねるように目を開けた。
「……っ……!」
心臓が痛いほど跳ねている。
夢の水の冷たさが、まだ指先に残っていた。
目の前には、テンションが天井を突き抜けた妹がいた。
「にぃに、早く! ケーキあるよ!
チキンもあるよ! お母さんが怒ってるよ!」
妹は腕を引っ張りながら、
まるでサンタの使いみたいに無邪気に笑っている。
誠は息を整えようとしたが、
胸の奥がまだざわついていた。
(……夢……?
あれ……なんだった……)
思い出そうとすると、
胸の奥がきゅっと縮む。
「にぃに、早くー!
みんな待ってるよ!」
妹の声は明るくて、
部屋の暗さを一瞬で押し流すようだった。
誠はゆっくりと布団から身体を起こした。
廊下の向こうから、
クリスマスの夜の光が暖かく揺れている。
でも――
誠の胸の奥だけは、
まだ夏の湖の底みたいに冷たかった。




