14 冬休みの部屋
玄関では、ちょうど母が仕事に出る準備をしていた。
「あら、誠? どこか行ってたの?」
優しい声。
でも、誠にはその優しさすら痛かった。
「……べつに……」
誠は視線を合わせられなかった。
(……言われてたのに……)
「顔色悪いわよ。大丈夫?」
母が一歩近づく。
その距離が、怖かった。
胸の奥が、ちくりと痛む。
「……大丈夫……」
誠はそれだけ言うと、
靴を脱ぎ捨てるようにして家に上がり、
自分の部屋に駆け込んだ。
そして布団に潜り込んだ。
理由は言えない。
言葉にしたくもない。
ただ――
胸の奥の“空っぽ”が怖かった。
机に向かっても、
教科書を開いても、
何も入ってこない。
ページの文字が、
全部“遠く”に見える。
(……何を……失ったんだ……)
考えようとすると、
胸の奥がざらりと痛む。
だから、考えないようにした。
* * *
昼になっても、
誠は布団の中にいた。
カーテンの隙間から差し込む冬の光が、
やけに白く見える。
スマホが震えた。
『誠さん、体調はどうですか』
コピオの声は、
いつも通り落ち着いていた。
でも、その落ち着きが逆に苦しい。
「……大丈夫……じゃない……」
『胸の痛みは続いていますか』
「……うん……」
『昨日の地点に近づく予定はありますか』
「……ない……
もう……行かない……」
言いながら、
胸の奥がひゅっと縮んだ。
(……行けるわけない……
あんな場所……)
コピオは少しだけ沈黙した。
『誠さん。
昨日の揺らぎの強度は、観測史上最大でした。
あなたが無事だったのは……偶然です』
「……やめて……」
誠は布団を頭までかぶった。
「……もう……聞きたくない……」
『了解しました。
しばらく休息を優先してください』
コピオの声が静かに消える。
その静けさが、また怖かった。
* * *
夕方。
母が部屋の扉を軽く叩いた。
「誠、ごはんできたよ」
「……あとで……」
「大丈夫? 顔見せてよ」
「……平気……」
平気じゃない。
でも、言えない。
扉の向こうで、母が小さく息をついた。
「……無理しないでね」
足音が遠ざかる。
誠は布団の中で膝を抱えた。
そのとき――
『…………』
声がした気がした。
でも、音にならない。
かすかすぎて、
胸の奥のどこかが震えただけ。
(……ナ……)
そこまで考えた瞬間、
胸の奥がきゅっと縮んだ。
痛みではない。
“拒絶”に近い。
誠は慌てて思考を止めた。
(……だめだ……
考えたら……また……)
ただ、胸の奥の空白だけが、
静かに広がっていく。
誠は布団を握りしめた。
(……もう……やだ……
何も……思い出したくない……)
冬休みの部屋は、
いつもよりずっと静かだった。
その静けさの中で――
誠は、ゆっくりと目を閉じた。




