13 現実の影
しばらく、誠は動けなかった。
土手の冷たい地面に手をついたまま、
ただ呼吸を整えることしかできなかった。
胸の奥は空っぽで、
涙だけが勝手に流れてくる。
(……何が……起きた……?)
思い出そうとすると、
胸の奥がまたざらりと削られる。
その痛みが怖くて、
誠は思考を止めた。
そのとき――
『誠さん……!』
コピオの声が、突然耳元で震えた。
「……コピオ……?」
『応答が途絶えていました。
心拍が急激に乱れ、呼吸も不安定でした。
今の状態を教えてください』
「……わからない……」
声が震えた。
自分でも驚くほど弱い声だった。
『誠さん、どこにいますか?』
「……川の……土手……」
『危険です。すぐに離れてください』
その言葉で、
胸の奥がひゅっと縮んだ。
(……離れたい……
もう……あそこに近づきたくない……)
立ち上がろうとすると、
膝が笑った。
身体が震えている。
『誠さん、何がありましたか?』
「……わからない……
でも……怖かった……」
言葉にした瞬間、
胸の奥がまたざらりと削られたように痛んだ。
(……思い出したくない……)
『誠さん、呼吸が浅いです。
深呼吸してください』
「……うん……」
言われるままに息を吸う。
でも、空気が冷たすぎて、
肺が痛い。
『誠さん、昨日の揺らぎ地点に近づきましたか?』
「……うん……
でも……もう行かない……
絶対に……」
自分で言って、
自分で驚いた。
その言葉は、
“決意”ではなく“恐怖”だった。
『誠さん、身体に異常は?』
「……胸が……変……
なんか……抜けたみたいで……」
『抜けた……?』
「……うまく言えない……
でも……何か……なくなった……」
コピオが沈黙した。
その沈黙が、逆に怖かった。
『誠さん。
すぐに帰宅してください。
今の状態で外にいるのは危険です』
「……うん……帰る……」
誠は自転車を押しながら歩き出した。
川の音が、
いつもより遠く聞こえる。
風の冷たさが、
皮膚に刺さる。
胸の奥だけが空っぽだった。
(……ナノン……)
名前を呼ぼうとした瞬間――
空っぽのはずの胸の奥が、
ひどく痛んだ。
「……っ……!」
思わず立ち止まる。
呼ぶことすら、怖い。
『誠さん、大丈夫ですか?』
「……大丈夫じゃない……
でも……帰る……」
家が見えてきた。
玄関の前で、誠は小さく息を吐いた。
(……もう……行かない……
あんな場所……二度と……)
そう思った瞬間――
胸の奥で、
かすかに声が揺れた。
『……マ……コ……』
弱くて、遠くて、
今にも消えそうな声。
誠は耳を塞いだ。
「……やめて……
もう……呼ばないで……」
そのまま、
玄関の扉を閉めた。




