11 揺らぎの夜
12月最後の登校日。
朝の空気は冷たいけれど、
ここ最近はずっと穏やかで気持ちが良い。
胸の奥の温かさも、
日常の中に自然に馴染んでいた。
* * *
学校は、いつもより少し明るかった。
授業は短縮で、
みんながどこか浮ついている。
「なあ誠、また来年な!」
悠斗が手を振ってくる。
「うん。また来年」
「おれさ、冬休み中にPC買ってもらえるかも。
親が“そろそろ必要だろ”って言っててさ」
「よかったじゃん!!!」
自分でも驚くほど明るい声が出た。
「誠もさ、せっかくなんだから何かつくれよ!
冬休み中にさ!」
「……まあ、うん」
悠斗は笑って走っていった。
その“普通さ”が、
胸に静かに染みた。
胸の奥の温かさも、
ナノンの声も、
静かに続いていた。
* * *
冬休みに入ってからは、
気づけば一日がゆっくり溶けていくようだった。
夕飯は、家族全員そろっていた。
父さんはノートPCを閉じながら、
「今日の会議、やっと終わった……」と伸びをした。
「お父さん、今日も通信変だったの?」
母さんが味噌汁をよそいながら聞く。
「うん、なんか波みたいに揺れててさ。
でもまあ、仕事には支障ないから大丈夫」
父さんは笑ってみせたけれど、
その声には少しだけ疲れが混じっていた。
妹はケーキの話で盛り上がっていて、
母さんは明日の買い物リストを考えている。
全部が、
“普通の家の夜”の音だった。
僕も、何も考えずに、
ただその空気に浸っていた。
* * *
食器を片づけて、
自分の部屋に戻る。
その瞬間――
胸の奥が、
きゅっと縮んだ。
(……え……?)
ここ最近まったく感じなかった“重さ”が戻ってくる。
空気が、
ゆっくりと沈んでいく。
窓の外の風が、
急に強く吹きつけた。
机の上のコピオが、
小さく震えるように光った。
『誠さん。
環境データに急激な変動を検知しました』
「変動……?」
『気圧が局所的に低下しています。
湿度も急上昇……これは……』
コピオの声がわずかに揺れた。
胸の奥が、
痛む。
(……ナノン……?)
名前を思い浮かべた瞬間――
《……マ……コ……》
声が、弱かった。
ここ最近ずっと嬉しそうだった声が、
かすれて、
途切れそうで。
「……ナノン……?」
《……マ……コ……
……むり……
……たえ……られ……ない……》
胸の奥が、
ぎゅっと締めつけられた。
空気が重い。
部屋の温度が下がる。
『誠さん、揺らぎの強度が急低下しています。
このままだと……“消失”の可能性があります』
コピオの言葉が、
胸に突き刺さる。
(……消える……?)
そんなはずはない。
ここ最近はずっと安定していたのに。
でも――
胸の奥は、
はっきりと“不均衡”を感じていた。
あの場所へ、
引っ張られるような感覚。
* * *
その夜は、
ほとんど眠れなかった。
胸の奥のざわつきが、
ずっと続いていた。
ナノンの声は、
もう聞こえない。
でも、
“消えかけている”気配だけが残っている。
布団の中で目を閉じても、
胸の奥があの場所へ引っ張られる。
(……行かないと……)
理由なんて分からない。
でも、分かる。
行かないと、
ナノンが――
“消える”。
胸の奥が、
はっきりとそう告げていた。
* * *
翌朝。
まだ外が薄暗い時間。
目が覚めた瞬間、
身体が勝手に起き上がった。
胸の奥のざわつきは、
夜よりも強くなっていた。
(……もう、待てない……)
コートを羽織り、
靴を履く。
家族はまだ寝ている。
玄関のドアを静かに開けると、
冬の冷たい空気が流れ込んだ。
でも胸の奥だけは、
熱くて、痛かった。
(……ナノン……)
名前を思い浮かべると、
胸の奥が震えた。
その震えが、
はっきりと“あの場所”を指していた。
僕は、
まだ夜の名残が残る道へ踏み出した。
呼ばれる方へ。




