09 揺らぐ世界
光に触れた瞬間、
世界が裏返った。
上下が反転したわけじゃない。
色が変わったわけでもない。
ただ――
“現実の厚み”が一枚、剥がれ落ちた。
空気が軽くなり、
音が遠ざかり、
胸の奥だけが熱くなる。
《……マコ……》
声が、すぐそばにあった。
耳元でも、
胸の奥でもない。
世界そのものが呼んでいる。
「……どこ……?」
問いかけた瞬間、
視界の端が揺れた。
川の水面が、
波紋でも風でもない揺れ方をしている。
水が、“形”を持とうとしている。
(……これ……知ってる……)
記憶にはない。
でも、身体が覚えている。
胸の奥が熱くなり、
視界の揺れが強くなる。
《……マコ……
おぼえて……》
「……覚えて……?」
その言葉に、
胸の奥が跳ねた。
次の瞬間――
視界が白く染まった。
* * *
白い光の中で、
“誰かの声”が重なった。
ひとつじゃない。
ふたつでもない。
何層にも重なった声。
男の声。
女の声。
子どもの声。
老人の声。
全部が、
同じ言葉を言っている。
声が重なるたびに、
どれが“本物”なのかわからなくなる。
《……マコ……》
胸が締めつけられた。
(……これ……前にも……)
記憶の断片が、
光の中でちらつく。
川の音。
冬の風。
誰かの手。
泣き声。
笑い声。
そして――
“僕自身の声”。
その声は、
今の僕とは少し違う響きだった。
「……待って……!」
手を伸ばした瞬間、
光が弾けた。
* * *
気づくと、
僕は土手の上にいた。
自転車は倒れていない。
川の音も普通に聞こえる。
風も吹いている。
でも――
胸の奥だけが、まだ熱かった。
『……誠さん……!
応答してください……!』
コピオの声が戻った。
ノイズはない。
いつもの声。
「……コピオ……?」
『急に通信が途絶えました。
身体に異常はありませんか?』
「……わからない。
でも……何か……見た」
『何を、ですか?』
「……わからない。
でも……知ってる気がする」
言葉にすると、
胸の奥がまた熱くなった。
風の音は戻っているのに、
どこか“薄い”ように聞こえた。
コピオはしばらく黙った。
『誠さん。
その“既視感”は……
周期的揺らぎの影響かもしれません』
「……周期……?」
『はい。
あなたが感じている“呼び声”は、
揺らぎのピークと同期しています』
でも、僕は知っていた。
これはただの揺らぎじゃない。
“記憶”だ。
思い出せないだけで、
確かに“あった”もの。
胸の奥が、
その証拠みたいに熱く脈打っていた。
(……僕は……何を……忘れてる……?)
風が吹き抜けた。
でも、
胸の熱は消えなかった。




