引きこもりの最弱魔王
「まだ、布団にこもっていたい。」
勇者が魔界を滅ぼそうが、それにより多くの人の命が危険だろうが、俺には関係ない。俺に必要なのは温かい布団と、睡眠時間だけだ。
(でもたまに、誰かの温もりが恋しくなってしまうのはなぜだろう?)
憂鬱な朝を迎えて、俺はいつものように思った。そう、布団が俺を離してくれないのだ二度寝しないだなんて、選択肢がどこにあるというのだろう? もう一度深く布団を被ろうとした時、そこには何もなかった。
半開きの寝ぼけた目で、布団を確認する。すると代わりに、布団を持ったメイドの、ワーシロップが立っていた。
「アーク様。緊急事態です。さっさと服装を整えてください。」
気にする必要はない。どうせ、部下がどうにかしてくれる。
「アーク様、早く準備をしてください。」
「リモートじゃ、ダメなの?」
「ふざけてるんですか?そこらの一般人じゃないんですから。もっと、王としての自覚をお待ちください。」
彼女はスッと布団を床にたたむと、鋭い目線が俺を見る。残念ながら、二度寝する夢は潰えたのだった。
この世には、六人の魔王がいる。その中の1人が、この俺。アークルーズ・ハルピュイアだ。チビで、寝癖だらけの灰色の髪をしているが、こう見えてもこの第六魔界を統治する立派な魔王様。そして、立派な引きこもりである。
父が、亡くなり立ち直れないまま、家業を継いで早、十五年。ほとんど、この城の中で、1人だけのメイドと共に過ごしている。やることなんてほぼないし、魔王と言っても、肩書きだけ。仕事なんてものは、部下にすべて放り投げ、引きこもりを満喫。まさに、最悪の上司のはずだ。
だが、部下たちは全ての仕事を放り投げても嫌な顔せずタスクを丁寧にこなす。文句は言わない、逆に喜ぶ者もいる。それほど俺の部下が優しく優秀だということだろう。
彼女に連れられ、応接室に行くと、数いる部下の中でも飛び抜けて優秀な1人が立っていた。第六魔界第一騎士団団長 ユーラだ。彼女は、俺と変わらない位の年齢なのに、過去の騎士団長に下剋上を叩きつけ、見事団長という地位を手に入れた実力者だ。
「ユーラ! 珍しいね。久しぶり。」
「お久しぶりです。陛下。」
親しげに話しかけてみたが、彼女が笑みを浮かべることはない。本当に、俺とは真反対の完璧主義者なのだ。
「陛下。実は一つご相談があってこちらに参りました。」
第六魔界には大きく分けて、中央に市街地、東には、平野。西に環境が悪く、野蛮な砂漠帯。そして、隣国として人間界がある。彼女が話したいのは、東のことらしい。
「東地区で正体不明の魔獣が数多く目撃されています。二週間前に、第三騎士団が調査に向かいましたが連絡がつかないまま行方不明です。予測不能な事態が発生していると考えて間違えありません。」
(だから、私に行かせてください)
その言葉を俺は手を出して止めた。
団長クラスの出撃。それは、緊急事態を意味である。実際、団長の出撃には上司の許可が必要であり、つまり俺の許可が必要なのだが……。
あまり、彼女を中央の住居区画から動かしたくないのが本心である。俺には第三までの騎士団がついているが、強さ上から1、2、3の順番だ。
つまり最高戦力をここで動かすと、国民からの反発や不安によりデマ情報が広がりやすくなる。また、今いる他の魔王に隙をつかれて戦いを持ちかけられたら、ひとたまりもない。俺は非戦闘型の魔王なのだから。最悪なことに、戦闘狂の魔王に心当たりがある。
できれば、他のある程度の実力をもった暇な知人がいればいいのだが……。
「それなら、アークルーズ様が行けばいいではないのですか?」
いつのまにか、部屋の外にいたはずのワーシロップが立っていた。
(サラッとえげつないことを言ったぞ、コイツ。)
「なんでだ。俺はそこまで暇じゃないわ。それに、なんで外に出なければいけない!?」
「いえ、あなたはこの世界のどの生物よりも暇なはずです。それに、そろそろ実績でも作っておかないと魔王からも下ろされますよ。」
「ワーシロップ。お前、俺のこと見下してる?」
ただ1人のメイドにも、ここまで言われるとは。いや、待てよ。よく考えると、この場所は……。
「わかった。この件は俺が受けるから。ユーラは戻っていいよ。」
「あの陛下、が? 外に出られるのですか? 私に命じてくれれば片付けますが。」
俺が「大丈夫だから。」と話しかけると、その後彼女は迷った末に静かに出て行った。
「やけにおとなしいですね。なにか考えでも?」
「ここの地区がなくなると、俺の布団を作る綿花が無くなってしまうからな。仕方ない。これでは、引きこもりのオトモがなくなってしまうからな。」
「は?」
「笑い事じゃないだろ! ここの布団で寝たら、もう他の布団では寝れないんだ。これは、全国の引きこもりの危機だぞ。ワーシロップ、行くぞ。準備しろ。久しぶりに外に出る。」
ワーシロップは数秒間、真顔で俺を見てからため息をついた。
「本当に、しょうもない。しかし、承知いたしました。」
彼女の返事を聞くとさっさと応接室を後にして、出かける準備を整えた。
✴︎✴︎✴︎
「情報ではこの辺りですね。」
魔王城より、移動用飛行ドラゴンに乗って1時間半。俺たちは目撃情報があった集落周辺に到着した。
「綿花があたり一面に咲き誇った土地だった気がしたのですが?」
畑の横道を歩いているが、綿花なんてものはひとつもなく、黒く焦げた土地だけが永遠と広がっている。部下からの報告では綺麗な花畑があったはずなのに。過去のトラウマがズキズキと頭痛に変わる。しかし、この痛みの原因はそれだけではない。
なんといっても……
『俺の布団の材料がなーい!』
内心少しがっかりしているが、状況を整理しよう。まず、炎を使う魔獣、そんな生物はこの辺りにはいなかったはずだ。そんな、情報を持っている人物には、心当たりがある。
俺が一番苦手な部下だ。
「ワーシロップ。 大天使に会いにいく、貢物の用意を頼む。」
「え? いいのですか? でも……。」
彼女は少し心配そうに、言い淀んだが、すぐに切り替えたようだった。
「わかりました。そうなることも考えて、もうご用意しております。」
彼女は自慢げに大きなカバンをこちらに見せた。『こいつ、さっきのは演技なのだったのか?』少し毒を吐く。
今から会いに行くのは、大天使 ダイヤ。この魔界に唯一存在する神の使いで、この魔界で起こったことならなんでも知っている。
しかし、大がつくほどの変人。
俺は重い足を引きずりながら、彼に会いにいった。
✴︎✴︎✴︎
アークが外に出る数ヶ月前。人間界にて大きな動きを見せていた。
ベールを深く被り得体の知れない女、その隠れた瞳には、人間とは思えない紋様が刻まれている。そう、翼と弓の紋様が。その紋様は、ハルピュイア家の家紋に似ているのは気のせいだろうか?
一人の男が入ってくる。
「聖女さま。何かご要望がありますか?」
一人の騎士が聞くと、彼女はゆっくりと口を開いた。
「この紋様と同じ魔族はいますか?」
「え、第六魔界の魔王だと思いますが……。」
「ありがとうございます。」
(やっと、見つけられた……。)
「そうですね。そろそろ、勇者でも創りましょうか。」
「え、でも前からそれほど時間が。」
「いいんですよ。だって、神がやりなさいと助言をしているのですから」
彼女の顔には薄気味悪い、微笑みが貼り付けられていた。




