【 送 信 完 了 】
意識が覚醒した。
耳元で無遠慮に響くアラーム音。
コンソールを操作して、切った。
周囲は黒曜石のように深い漆黒。
眼下に、雄大な蒼い惑星、地球。
高度計の数値は、約240Km。
試験飛行は成功。
安堵の息をつく。
現在、自分の置かれた状況を反芻していく――――
見慣れない風景が回転を始めて、強烈なGに耐えられず、すぐに意識を失った。どれくらい時間が経過しているのか確認すると、数分間の出来事だ。
管制を請け負ったオペ子が、上手くやってくれた。
慌ただしく、試作機の状態をチェックする。
軽微なダメージはある、許容範囲。
計器類は正常、フライトデータは記録済み。
ぶっつけ本番の打ち上げで、上々の成果だ。
「 こ れ …… な ん だ ? 」
オレンジ色の警告灯。
見覚えのあるマーク。
まさか。
燃 料 残 量 警 告 灯 ?
急ぎ確認。
燃料表示は、残り2%以下――
「ぷかぷか宇宙に浮いてるのか!」
大きく肺を膨らませ、吐き出す。
姿勢制御すら難しい残量。
再突入は不可能。
最早、これまで。
観念して通信を開始する。
「オペ子、聞いてるか? 予定高度には到達したがガス欠寸前。カタログスペックより遙かに燃費が悪い。今からフライトデータを垂れ流す。返答無用、繰り返す、返答は無用だ!」
少しだけ、間があった。
そして、僅かなノイズ。
『 確実に、敵に捕捉されます 』
思わず舌打ちした。
「こっちが言いたい……なんで、通信したんだよ」
『 敵に居場所を知らせるようなものです!! 』
「それこそ、こっちのセリフだろ」
『 今すぐ再突入してください 』
「機体の改良に必要なデータだ。持って、逃げろ」
一回限りのテストフライト。
今の打ち上げ、追加の通信。
電磁式マスドライバーの実証実験施設も危ない。
「黙って聞け。異星人の侵攻を、単機で突破する戦闘機。これこそがオレの記憶に刷り込まれた、前世でオレが操作した自機だ!」
祈るようにボタンを押した。
データが、送信されていく。
「絶対に、生き延びてくれよ」
前世の知識で、世界を救え。
そう言われて、未来へ来た。
地球外生命体の軍事侵攻は、一点突破による敵基地中枢の破壊作戦で、瓦解する。
ありきたりなゲームだった。
【 送 信 完 了 】
モニターに出たメッセージ。
前世でオレが操作した自機。
その受け渡しに成功した……
ピ
ピ
ピ
ピピッ
ピ ピ ピピピッ
レーダーに目を移した。
赤い光点がいくつも表示されている。
敵に捕捉された。当然の結果だった。
通信波を流しつつ、浮遊する人工衛星。
そう見えていたのだろう。
数はともかく、無警戒に接近して来た。
「さぁて、と」
燃料の表示は、残り0.92%――
計器盤のボタンを押し込んだ。
コックピット後方で炉が唸る。
「悪いが付き合ってもらうぞ?」
メインスラスターを噴射、同時にトリガーを引く。
前方にいた敵機は、2機。
粉 微 塵 に 吹 き 飛 ぶ !!
デブリが機体を叩く、騒々しい衝突音。
分解した原子核が発光し、視界を塞ぐ。
センサー類は、一時的に麻痺。
周囲が把握できない状態で……
慣性で押し出され、ゆっくり前へ進む。
チェック。
新たな武装は鹵獲できなかったようだ。
燃料表示の下、[EMPTY]の文字。
だが。
落胆するより早く、それは来た。
ゼロの並んだ燃料表示が、猛烈に数を刻み始める。
エネルギーの回収には、成功している!
「 も っ と 寄 越 せ ! 」
まるで、前世で子供のころ、夢中でハマっていた。
うんざりするほど単調で、なのにドラマチックな。
横スクロールシューティングゲームのような世界。
「奪い取って、しゃぶり尽くしてやる!」
瞳に映る敵影が、パワーアップアイテムに見えた。
異物へ、照準を重ねる。
残酷に、トリガーを絞る。
「ドロップ渋いな? クソゲーかよ!!」
蜂の巣をつついたような乱脈に乗じ、追加で2機。
もっと遠くへ届く推進力を、さらに強力な兵器を!
あのころ視た幻想へ陶酔していく………
虚をついた決起、唐突な会戦。
寸刻で残敵は統制を取り戻す。
単機突破を試みる蛮勇から距離をとり、縦一列に機影を重ねて、被害を最小限にとどめる陣形を整えた。恨み節で何度も耳にしてきた。数的優位と機動力を武器にする、無人機特有の基本戦術。
先導機を盾にする縦陣。
その光景に、驚愕した。
「これじゃ、まるで――」
シューティングゲームで、頻繁に目にした陣形。
小編隊が転進、急接近。
慌ててトリガーを引く。
連続して、次々と大破。
原始的な衝動を、強引にねじ伏せる。
即座に操縦桿を倒した。
敵弾が機体をかすめる!
「だよなァ!」
思ったとおりだ……。
前方の僚機ごと御構い無しに撃った。
知らなければマトモに被弾していた。
だからこそ、確信した。
「 オ レ な ら 墜 と せ る !! 」
武装を鹵獲、解析結果を送信したい。
エネルギー貯蔵量を横目で確認する。
推算で12%、まだ足りない、まだまだ足りないッ!
と。
なんだ……データ受信?
姿勢制御のプログラム。
大気圏へ再突入、揚力飛行で帰還する最短ルート。
添えられた短いメッセージ。
『 GO SAVE THE WORLD 』
急速に脳味噌が冷えた。
それは。
オレを、このクソッタレな未来の地球へ放り込んだ張本人。
あの時、泣きべその女神が言った言葉――――