一回限りの試験飛行
「こんなド田舎に、第一宇宙速度まで機体を加速できる、電磁式マスドライバーの実証実験施設があったなんて……」
スペースポートと銘打った巨大看板に、前時代的な未来都市の想像図。
人口の少ない地域に広がる雑草だらけの荒れ地。
吊り橋に似た、巨大な構造物だけが見えている。
加速器の大部分が地下に埋設、休止状態だった。
巨大な施設なのに、攻撃対象にはならなかった。
「当時よくあった、まちづくりの一環だがな」
「宇宙分野の企業や研究機関を誘致したのか」
「スポンサーの自動車メーカーが、電気自動車を外気圏に射出。数分後、大気圏へ堕ちて燃え尽きた。使用されたのは、その一度きり。ただの打ち上げ花火さ」
地域活性化に積極的、そんなPR活動だろうか。
当然、運転席は無人だろう。
エアバッグじゃ助からない。
「本当に、オレでいいのか?」
1度きりの試験飛行。
今や無価値となったが、航空機のライセンスを所持するメンバーも組織にいた。ズブの素人をテストパイロットに指名した、博士の意図は測りかねた。
「可能性の高さで選んだがね」
「可能性?」
「生きて帰還する、可能性だ」
雲ひとつない、秋晴れの空を見上げる。
「見込み違いと思うけどなァ」
↓
↓
↓
エレベーターは下層へ降りていく。
階床表示を、ぼんやり眺めている。
下矢印が、延々流れる――――
「マスドライバーは、強烈なGがある」
「大気中で燃え尽きるかもしれないな」
「加速の足しにする程度だ、そこから先は推進装置で上昇する」
「掻き集めてきた燃料で賄えるかどうか。なんにせよ火力に回して応戦するほどの余裕は無い……とてもじゃないけど、生還できると思えないな?」
不意に、仄かな重力の緩みを感じた。
続いて、重々しく鉄扉が開いていく。
知った顔、見知らぬ人、数名が、せわしなく動き回っていた。
「お待ちしてました!」
「オペ子も来てたのか」
防衛省の女スパイは、訓練中の航空管制を買って出た。
本名不明、制服のままインカムを装着することも多い。
自然発生的に愛称オペ子で定着した。
試作機に改良を加え、各地で生産して同時攻撃。
その計画の、最初のマイルストーン。
このためにオペ子はスパイに身を落とし、活動家になった。
他人任せにできなかったのも頷ける。
「プリシュティナのスタンバイは終了。円形加速器の内部は真空に近い状態です。減圧装置へ入る前に、入念にスーツのチェックを。それと……これを」
小さな巾着袋を渡された。
「なんだこれ」
「御守りです」
「いや、中身」
オペ子が、チラリとフロアの隅に目配せした。
所在無げに立っていた、連絡員の男が呟いた。
「どうにも戻れなくなったらさ、開いてくれよ」
「じゃお返しに。くねくねっち、お前にやるよ」
LCDゲームを放ると、慌ててキャッチした。
しかめっ面して、物珍しそうに見入っている。
苦笑いしながらヘルメットを装着。
トイレの個室ほどしかない減圧装置へ入った。
人類の命運を賭けた、最初の計画。
壮大な目標に、この小所帯で挑む。
大気圏内も飛んだことのない機体。
ここへの搬送も大半は陸路だった。
前席に説明書を読んだ程度のオレ。
後席は情報収集のため機材を満載。
成功する見込みは、薄い。
連絡員の男が、くねくねっちを指差した。
「――――――――――――」
「あいつ……何言ってんだ?」
何事か叫んでいるようだが。
既に空気は薄くなっている。
「―――――――――――!」
「ここ入る前に聞いてくれよ」