ストーカーされた はなし【創作話】
それは見た目だけではわからない。
後になって「なぜ見抜けなかった?」などと抜かす平和ボケ共には答えてやる気力も失せる。
ソイツは二重にも三重にも濃い布でその本性を隠すのが大得意なのだ。
正体を知らない、いや知る機会も得ない連中は「あの人は冷静で物腰柔らかいね。」とか「あの子はまるで清楚な百合のようだわ。」とうっとりしている。ある一定の距離でしか接する事のない者はそう見える...そうとしか読めないんだろう!
私のように深い関係に持ち込もうとされてみろ!
それまでの落ち着きや清らかさなどの面影もない。
ある一定の期間を過ぎて、ロックオンされたが最後、ヤツは皮膚ごと化けの皮を自ら剥ぐ。全身一気にではなく、最初は何が起きているのかわかりかねるぐらい1mm、2mm、3mmと微量ずつ、しかし確かに変化してきている。私は最初、ヤツは自らのよそゆきの面を少しずつ脱ごうとしているのだと思っていた。決して醜態を晒すという意味ではなく、一般的な人間関係でよく見かける、自分もしているように肩ひじ張った態度からだんだんフランクになりつつあるのだと。だがそれはあまりにも甘すぎる見解だった。アイツは人間じゃない!!
ゴキブリでさえかわいく思えるほど、あれの正体は利己主義、破廉恥、そして…言葉の通じない獣か何かだったのだ!ゴキブリではないならナメクジがあれにはお似合いだ。本物と違ってあれから分泌される液体には鼻を麻痺させるどころか生気を吸い取るぐらいの威力を持つ悪臭が含まれていると言っても過言ではない。
そのナメクジが本物と異なる点はまだある。図体も人間と同じ、姿だってヒトのはずなのに、同じ国で育ってきたはずなのに、全く日本語が通じない!何度も遠回しに拒絶してきたのに一向に効き目がない!それどころかどんどんこちらのテリトリーに入る速度を速めてくる、気が狂いそうだ!許されるなら始末して息の根を止めてやりたい!でないと私はあの例の悪臭で殺られてしまう!しかしあのナメクジは猛獣と違って流血沙汰を起こさない。いっそのことそうしてくれればいい。血まみれの私の姿を見れば、警察だって重い腰上げてくれるだろう。
しかし、実際はそんな性質じゃないから余計にタチが悪い。だからこそアイツへの憎しみが止まらないのだ!私の昨夜の睡眠時間はどれくらいだと思う?二時間もないのだぞ。それもこれもアイツの鳴らす着信音が一晩中ひっきりなしに響いて、支離滅裂なメッセージまで送られてくる。何度も拒否設定しといたはずなのに、まるで悪質な詐欺グループのように何度もアカウントを持って私に接触しようとしてくる。最初のうちはあまり下手に反応するとつけあがってくると考えて無視してきた。ところが最近では玄関のドアを叩いてきやがった!これが毎晩続いてみろ、精神的に参るのも当たり前だと思わないか!?なのに警察はこれでも「事件性なし」と判断して門前払いしやがるのだ。同一人物だと言う証拠がないからってな!最後はガツンと言ってしま…いや言ってやった。お前らそーやって碌に働きもしねーからストーカーが絶えないんだなとな。そしたら連中その日の晩からウチの周りをうろつくようになりやがった!私を見る目付きから、善意ではなく私を被害妄想の危ない奴と見なしてるのが手に取るようにわかった。しかし、それよりももっとぞっとしたのは…
警戒パトロールをしている警察官の後ろを優雅に歩くソレがいた。
一市民の風を装って、さっそうと歩く姿があった。
そいつは私の方を一瞥すると…僅かな時間だったが眉を潜めて、汚物でも見るような顔を向けやがった!私は確かに見逃さなかった!公僕の犬ども!今お前らの後ろを歩いている真犯人に気がつかないのか!
ヤツは真っ当な人間よろしくコートからスマートフォンを取り出し、操作した。挑発か!しかし、お前ももう終わりだ!!これでやっとコイツから解放されるんだ!
「お巡りさん!あの人です!!私にしつこくまとわりついてきて気がおかしくなりそうです!早く捕まえてください!」
私の言う通り、あの怪物は警察官達に取り囲まれて無事御用…だと信じたかった。
世間が遂に私の味方についてくれたものだと思いたかった。
どこまで心根が腐っているんだ!あのナメクジも警察も!
「何の用でしょう?私は職場に電話をしようとしていただけですよ。ほら、この通り。」
公僕はすぐにヤツを解放した。一度疑ってかかったことを詫びながら。
そこで私はとうとう肚に決めた。ヤツにどうかされるまえに何とかしてやろうと。
人間はやっぱり自分の身は自分で守らないとダメだ。どんな結果になったところで私だけのせいじゃない。これも運命なんだ。結果なんてやらなくたってわかってる。でもこれから失う物と今自分が守ろうとしているものを比較衡量すれば、自分が守ろうとしているもの―命の方がはるかに大事だ。
だいたいの手筈は整った。もう何もかもアイツに出会ってしまったことが運の尽きだ。今夜、怪物はまた家の玄関を叩くだろう。念のためこうして全ての灯りは消してある。ドアを開けてやったが最後、私は今まで嫌と言うほど受けて来た腐ったしがらみから解放されるのだ。あぁ、いつぶりだろうこの高揚感。これまでの鉛がのしかかったような重だるさが噓のようだ。
コンコンコンコン!
コンコンコンコン!
※※※
そら待ちかねたと言うように、語り手はドアを開けた。訪問者が入り、何かを言う前に、
被害者なる人物は訪問者の後ろ首めがけて斧を勢いよく振り上げた。