ネズミとネコ。その1.
トルクゥは暗幕で覆われた鳥かごを見る。イヤ、見てしまった。アルテアの“寝台”にもなるソファーの上に置かれたソレは、人間のある一部分を入れるのに丁度いい大きさだった。
アルテアの手が暗幕を取る。鉄製の針金を曲げて作られた鳥かごの中には、あごひげを生やした中年男性の頭だけが、大きく見開かれた目だけをぎょろぎょろと動かしていた。
「わたしはね、ある人達に頼まれてこの大バカ者をどうにかしようとここまで来ました。ソレはそうでしょう。いくら他の現金収入方法が無いとは言え、この男はやり過ぎだった」
森に拠点を作る、この方法はよく他の『魔王』達も行っている。利点はもちろん“森”にある事である。視界はとても悪く、相手は大群では動き難く、なにより地の利はその森を根城にしているこちらにある。ただし欠点もある、森の開拓が出来ない事だった。
森を開拓する事じたいは部下の数さえそろえれば出来る。ただし、もともと部下の数が少ないから、仕方なく森という障害物の多い場所を選んだのであって。その森を開拓出来るだけの部下がそろえられるのであれば、森にこだわる必要など無い。
そして、わざわざ森を開拓する気のあるような働き者が、なにを好きこのんで『魔王』の部下になどなる者か。
脛に傷をもち、働く気のない、暴れん坊だからこそ『魔王』などという得体の知れない者の部下になるのであって。そうで無ければこのような先の解らない所などに身を置かない。
特に『魔王』エルドルは、部下からも嫌われていた。助言や、苦言を部下。あるいは知り合いからの意見などを聞くと、烈火の如く怒り始め、そのような事を言う者を躊躇なく殺す事にためらいなど無いのだ。その様な“殺人”が二十人を超えてからエルドルは、やっと自分の身に危険を感じるようになったのか、『魔王』エルドルは忽然とすがたを消した。
その後、しばらくはエルドルのうわさは聞かなかったが。このあたりの村々から漏れ出したうわさ話を聞いた元部下からは(そこまで堕ちたか……)と、言わせるぐらい“外道”となっていた。
「ゴブリンを部下にして、人間を狩り奴隷として売り払う。まさに『吟遊詩人』の語る三流の魔王そのものじゃないですか!」アルテアは持ち上げた鳥かごに向かって大声を張り上げる。
「だがあなたは運が良い」アルテアの顔にはトルクゥが初めて見る、妖艶な笑みが浮かんでいた。トルクゥは恐ろしくなる。その姿には何者も意見出来ない、まさに『本物の魔王』だけが放つだろう“迫力”が満ちていた。
「エルドル、お前にそのような力が最初から有るとは思っていない。何と言う“上位デーモン”からその力を与えられた? しゃべってもらうぞ、エルドル。それほどの力を持つデーモン、まさに。わたしの使い魔に相応しい!」
トルクゥは馬車から飛び出した! ここにいては居られなくなった! あのまま馬車に居ては自分の命すら危ない。そう思った。だが、馬車を出たトルクゥには絶望しか無かった。
やっぱりアルテアも、魔王だった。
というお話でした。