【諜報機関】と、『姫』
アルテア・アトラウス・アウグストスが自分の軍隊を持ったのは、彼(彼女)がまだ十歳の時。まだ、アルテア=アトラス・アウグストスと名乗っていた頃までさかのぼる。
そう【部隊】ではなく【軍隊】。たった十歳の子供が【第三軍】と言う、【陸軍】と【海軍】とは別の。まったく独立した【軍】のトップになったのである(もっとも、さすがに最初からトップに居た訳ではない。スル・ガーゴン参謀長。レイドル・ウルリス副司令官。ニーア・ウルリス千人隊長の三人が居なければ、【第三軍】は瓦解していた)。
彼(彼女)の事を人はこう言う『あの方は本当に欲しいモノは、自分で作ってしまう才能溢れる人物だ』と。
だがそれは、彼(彼女)の一面しか見ていない。アルテア・アトラウス・アウグストスは、自分のチカラを過大評価していない。自分一人では、出来ない事がある物があるのを知っている。
例えば【諜報】アルテア・アトラウス一人で、【諜報機関】はさすがに作れない。
だからアルテア・アトラウスは、国の帳簿を調べた。〔お金の動きで国の隠された部分の、大半は見分けられます〕灰色の髪をオールバックにまとめたスル・ガーゴンは、愛用の眼鏡を拭きながら。アルテア・アトラウスの『この国の【諜報部】が何処にあるのか知りたい』と言う難題に対してそう答えたからだ。
そしてアルテアは、【歴史精算室】という場所に、あり得ないお金の動きを見つけた。
「それではちょっと探って見ますか!」そう言って【第三軍】から、【魔術師】を二十人程呼び出して。いざ動かそうとした時、父王ロスコー・アウグストスから。
「お前はこの国の【暗部】と戦争でもする気か!?」と、怒られてしまった。
もっとも、アルテアの動きそのもの全てが無駄になったわけでは無い。レーン・コス侍従長にこってりと怒られたアルテア・アトラウス・アウグストスは、三日間の自室待機が言い渡された後。【歴史精算室】での『歴史のお勉強』が、『強制的』に行われる事となった。
スル・ガーゴン【第三軍】参謀長の助言だけで、【歴史精算室】までたどり着いた『ご褒美』である(【歴史精算室】のメンバーとしても、アルテア・アトラウス・アウグストスの力量は。称賛に値すると褒められたのも一因だった)。
こうしてアルテアは、念願の【諜報機関】への椅子を手に入れたのだった。
バデン皇国。レクターレ王国の西に広がる『母なる海』の北北西。──と言うより『母なる海』の北の端、北極圏に存在する【太陽神ネファー】を国教とする小国。
産業と呼べるのは、このような場所でも凍る事の無い。淡水の巨大な湖である『母なる海』から取れる魚介類ぐらい。
あとそれ以外のモノでは、永久凍土から採掘される。冬の間、暖を取るのに相応しい。ほぼ数百年は確実に取れる“石炭”位である。
北極圏の南端にある為か、真冬の最も寒い十日間太陽は昇る事すら無い。
おそらくはその為であろうか、【太陽神ネファー】に対する『信仰心』はとても深い。
いや『信仰心』が深いと言うより、【太陽神ネファー】以外の“神”を信じる事そのモノを“異端”として公開の場で処刑を行なっている。
都市は首都バデンの一つだけ、後は小さな村が複数あるだけの小さな国。
「わっからないなぁ」【歴史精算室】でアルテア・アトラウス・アウグストスは、凝り固まった体を伸ばしてそうつぶやいた。
「どうしました、お姫様?」そう言ってきたのは、ブレット・ロングホーンと言う名前の、何処にでもいそうな雰囲気の男だった。
「──決闘のお誘いですか? 今わたしは気が立っているので手加減出来ませんよ」アルテアは、不機嫌そうにつぶやくと特徴と言えば、糸のように細い目ぐらいしか無いブレット・ロングホーンを睨む。
「そこまでお悩みでしたか、失礼いたしました姫」ブレット・ロングホーンは真剣な口調で謝罪した。ちなみに『姫』と言うのは、アルテアに付けられた『コードネーム』である。
「このバデン皇国なのですが」アルテア・アトラウスも気にせず、今悩んでいる事を率直に言葉にする。
「まさか【宗教】ただ一つで。この『母なる海』に面している国々を支配出来ると、本気で思っているのかと考えてしまって。もちろんわたしの考え過ぎだとは思いますが、──けどね──」アルテア・アトラウス・アウグストスは、プラチナブロンドの背中まである髪をいじりつつ、普段に比べて歯切れの悪い口調でそう言う。
「──やはり姫様もその答えにたどり着きましたか……」そう言って来たのは、この【歴史精算室】の室長だった。
「え」アルテア・アトラウスは、普段全く喋らない『室長』の言葉に半ば驚いた。そしてアルテアは自分のたどり着いた答えを敢えて否定する。
「だって【宗教】ですよ? ソードのような切れ味も無ければハンマーのような重さも無い。そのような物で人々を支配下に置けますか?」
「人々を支配下に置くのではありません。人々が支配を受け入れるのです」アルテアは口をパクパクさせる。実のところアルテアにも分かっていた、だから否定して欲しかった。『武力』など使わずとも人々を支配する方法がある事を。
「おい、アレを持って来い」室長が、自分の部下にそう命令する。
室長直属の部下が持って来たのは、四枚の紙だった。知り合いの名前も書かれてある。
「まさかこれは!」アルテアのからだが震える。
「【バデン】と、【ネファー】に繋がっている内通者の名前です」室長は小声でそう言った。
やぁっと此処まで書けました。
このお話の出口の入り口に当たります。
長かったー。
では、次回。




