【宮廷魔術師】と【大司教】
「引退したい? 本気なのかね、バン・アーレ?」国王ロスコー・アウグストスは、決意した顔をして立っている。やや太りぎみの小柄な老人、バン・アーレからの“辞職願”を手に取りながらそう質問した。
「はい、三日間考えた結論であります」【宮廷魔術師】バン・アーレは、そう言った。
「……また、アルテア・アトラウスが何かしたのだね?」ロスコー・アウグストス王は最近、白髪の増えた髪の毛をさすって。自分の父より長生きしているバン・アーレを見る。
「それもあります。が、また野に下って自分を、鍛え直してみたくなったのです!」バン・アーレの目には、生き生きとしたひかりが灯っていた。
「それはこの城の中では、出来ない事なのかね?」ロスコー王はそう言って“暗”に引き留めようとしてみる。
「確かにここでも出来る事ではありますが」バン・アーレはそう言って、王の執務室を見渡した。
「ならばここに居てほしい、【宮廷魔術師】として。そしてアルテアの手綱を握ってくれる『同志』としても、ぜひ!」ロスコー・アウグストスの物言いは暗に。
『アルテア・アトラウス・アウグストスは、最早自分一人では制御出来ない』と言っているのも同然だった。
「ですが、私にはもうアルテア様に教える『知識』がありません。私ではアルテア・アトラウス様がこれから行なうであろう、『魔術革命』の足かせにしかなりません」バン・アーレは、何処か遠い目をしてそう言う。
「バン・アーレ、確か今年で七十歳であったな?」三秒ほど呆気にとらわれていた、ロスコー・アウグストス王が。バン・アーレに確認する。
「はい、私は今年で七十歳になります」
「アルテア・アトラウスは、この私の子はまだ十七歳でしか無いぞ! 成人してもいい年齢ではあってもまだ十代だ!!」執務用の机に合うように作られた椅子から立ち上がると、(王様が使うには)少し小さい執務室の中を歩きまわる。
「私があの子と同年代の時は、──王妃には悪いが『不純異性交遊』の事しか頭に無かったぞ? 私が言うのも何だが、あの子なら相手が『女の子』だろうが『男の子』だろうが、選び放題だろうに。どうしてこうも『アッチ』方面では、ストイックに育ってしまったのだ?」
「前に侍従の一人が、アルテア様に似た用な質問をしていた。と、レーン・コス侍従長から聞いたおぼえがあります」【宮廷魔術師】バン・アーレはレーン・コス女史との会話を、思い出すように語りはじめる。
「で、それであの子はどう言ったと?」興味津々にロスコー・アウグストス王は、話をうながす。
「何でも『そう言う時に限って、近くに鏡があり自分の顔と相手の顔を見てしまい、『萎えて』しまうのです』と、言っていたとか」バン・アーレは、長い髭をさすりながらそう言った。
ロスコー・アウグストス国王は、おおきく息を吸うと、とっても深いため息をついた。
「──不能で無いのならそれでいい、──いや結構な問題ではあるが今は良い。バン・アーレよ、私の為にもう少しだけあの子の。アルテア・アトラウス・アウグストスのお目付け役を続けはもらえないか」ロスコー・アウグストス王は、その百八十セチ・メール(約百八十センチメートル)程ある背をかがめて【宮廷魔術師】の手を握る。
「王よ……」バン・アーレの目にゆらゆらと光る物があふれる。
「それにだ、後人も決めてはまだおるまい?」ロスコー王は、バン・アーレを見つめてそう言った。
「いえ、王よ。私もそこまで無責任ではありません」バン・アーレは、左手の甲で目をこすりながら話をする。
「これでも私には弟子が二人おります、アルテア様のお供には確かにちと心もと無いですが」
「何故おれではなく、『三つ目』のハル・ラムズが【次期宮廷魔術師】に選ばれるのか!」バン・アーレの弟子の一人スターク・ロンはそう言って、カラになったビール瓶を壁に投げつける。
「おれはこんなにも優秀なのに、何故【変異体】の奴らばかりが優遇される!」百九十セチ・メール(約百九十センチメートル)のひょろりと痩せたスターク・ロンは、テーブルに両肘をのせて頭を抱える。そこへ、玄関の扉を誰かがノックする。
「開いているぞ、ここはおれ一人しか住んでいない。ノッカーで扉を叩く必要もないぞ」ヤケ酒を飲みながらスターク・ロンは大きな声でそう言うと。
「では失礼するぞ、スターク・ロン」そうしわがれた声をかけて入って来た人物を見て、スターク・ロンは大慌てで立ち上がる。
「こ、これはブール・ベル【大司教】様。このような粗末な、おれ──いや。私の家などにわざわざ来ていただかなくとも、連絡をいただければこちらから出向いたものを…」そう直立したスターク・ロンを見て、【大司教】と呼ばれた白いローブにその上から豪華な装飾品を身に付けた老人は、笑いながらこう言った。
「なに、老人の気まぐれじゃよ。偶々この近くを通ったものでな」そう言うと喉を鳴らすようにまた笑う。
「…はぁ…」もう少しで天井に頭が付きそうな、スターク・ロンは若干緊張がほぐれる。
「ところでスタークよ、【宮廷魔術師】の件は残念だったな」ブール・ベル【大司教】はそう言って笑顔を消す。
「申し訳ございませんでした!」酒と恥辱で顔を赤くして、スタークは頭を下げる。
第3章の最初以来、出番の無かった人物達が出てきました。
では、次回。




