30年の年輪
「先生、お願いします」
「体調はどう?」
「落ち着いていますね」
「リチウムの血中濃度は問題なかったよ」
「精神の面はどう?」
ここはF市K大学病院精神科外来。
今日のF市は大雨だ。
病院の前の玄界灘は荒れている。
宏志はいつものように
精神科医に症状を伝える。
「先生、最近、
精神面で変化がありした。
樹木の年輪は、
寒く厳しい気候の地方の樹木は
年輪の幅が狭くなり
硬く丈夫な木になると聞きました」
「うん・・・」
「心の中にも
この現象は起きるのではないではないかと思い始めました」
「私は九州の貧しい田舎町で生まれ
虐めや自殺、暴力、虐待、
男尊女卑、貧困、ドラッグ、
部落差別、障害者差別
などを目にする機会が多かったんです。
そのせいで精神科にも通うようになって・・・」
「F市は苦しんで精神科に来る患者さんはたくさんいるな・・・」
「精神障害者だと
言われ差別的なことを言われたり
見下された経験も何度もありました。
その度傷ついたし人を恨んだし
憎しみさえ感じました。
自分の弱さが悔しくて
たまらなかったんです」
「だけど
30歳を迎え子供の頃の自分より
何倍も逞しくなって
経験も増えた自分になったことに
気がつきました。
今思えば・・・
今思えばですね・・・」
「うん・・・」
「今思えば
傷ついたこと悩んだこと嫌だったこと
怒ったこと、
人を傷つけたこと
傷つけられたこと
虐められた経験、
自殺未遂をした経験、
親の暴力で悩んだこと
思い出したくもない過去‥
すべて自分の心を丈夫にする、
木の年輪のようになって
いたのかもしれないです」
「今は精神状態は落ち着き始めました」
「診察をしていると
君はいっぱい悩んできた
患者だなと思うよ。
今日の診察はここまでにしよう。
薬はいつもの処方でいいね。
お大事に」
宏志は診察室を出た。
これからも困難を乗り越えて
心に年輪を刻んでいこうという決意と共に。