6話 到来
休み時間になり、俺はトイレに向かった。
授業の終盤から我慢していたのもあって早歩きになる。
トイレには誰もおらず、落ち着いて用を足せると思っているとタイミング同じく、一人の男がトイレにやってきた。
同じクラスの五島直哉だ。
身長は俺より高く、体格も他の男に比べて秀でている。二年生ながらサッカー部でかなり活躍しているらしい。
さらに言えば、クラスでも目立った存在で女子からの評判も高い。遠月やその友達ともよく会話している。
五島は俺の隣に立ったが、ズボンに手をかけることはない。
「うーん、今日はいい天気だな」
「……俺?」
「そうお前、鈴城優生に話しかけてる」
完全に俺と会話しにトイレに来たみたいだが、……俺なんかやらかしたか。
チャックを閉め、取り敢えず手を洗いに行く。
その様子を五島は後ろでじっと見ていた。
「えーっと、なんか用か?」
「いやー悪い悪い。あまり教室でしたくない話なわけでここまでついてきた」
そういうことならわからなくもないが、でもトイレってのはどうなんだ。
五島は少し悪戯な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「遠月とは最近仲がいいみたいだが、付き合ってんのか?」
俺も伊達に十五年生きてない。
五島が言いたいことはなんとなくわかる。
別れろ、的な話でもされるのだろう。……でももし、そうなったら俺は今後どうやって遠月と接すればいいのか。
「付き合ってはない。最近、共通の趣味が見つかったから喋ってる、それだけだ」
「え、趣味!? なにそれ詳しく」
一気に食いついてきた五島はギラギラとした目でこちらを見ている。
こえー、なんだよコイツ。
「それは言えない」
「いいじゃねえか、少しくらい。なあ?」
「悪いがそれは無理だ」
おそらく言えば、五島はドン引きするだろうし、遠月の評判も下がってしまう。そうなれば、彼女のオタクへのイメージがマイナスになってしまう。
「ダメかぁ……、んまあ無理なもんはしゃーない」
五島は悔しそうな表情で肩をガックリと落とした。
諦めが早くて助かる。
この様子を察するにもしかして五島は遠月のことが好きなのだろうか。どっちでもいいけど変な因縁吹っ掛けるのはやめてくれ。
「そういうの、本人に直接聞けばいいんじゃないのか」
わざわざ喋ったことのない俺を通して聞かなくても、五島になら遠月も簡単に話してしまいそうなもんだが。
「うーん、それは無理だろ」
「そうなのか?」
「最近仲良くなったお前は知らないかもしれないが、アイツは意外と自分の話はしない奴で、こっちから色々と聞いても全然教えてくれない。彼氏もいないみたいだし、よくわからん」
困ったような表情をする五島。
なんとなくわかるような、わからないようなそんな感じだ。
ポケットからスマホを取り出し、時間を見る。
そろそろ休み時間も終わる頃合いだ。
俺は教室に戻ろうと足を動かした時、五島が邪魔するように前に立ち塞がった。
「お前に一つ言っておきたいんだが、俺は遠月のことが好きじゃない」
……じゃあなんだったんだよ、今の会話。
完全に好きです、オーラ出してたじゃねえか。
というツッコミは口には出さず、俺は別の言葉を発する。
「そうだったのか、てっきり好きなのかと」
ポリポリと後頭部を掻きながら五島は気怠そうに告げた。
「俺じゃなくて皆川だよ。アイツが遠月のこと好きなんだ」
その名前に聞き覚えがある。
というか、知っている。おそらく皆川裕二のことで間違いない。五島と同じサッカー部で俺の席から三つ前が皆川の席だ。
「一つ確認しておくが、鈴城って遠月のこと好きなのか?」
じーっとこちらを睨みつけるようにして見ている五島。
そんな目をされたら好きでもいいえ、と言ってしまいそうだ。
「いや別に」
「それなら協力してくれ。皆川が遠月と付き合えるようにさ」
断る理由はない。
ここで五島に協力しておけば、陽キャにまた一歩近づくことができる。
「わかった、協力するよ」
チャイムと同時に教室に戻って慌てて自分の席に座る。
隣の席の遠月は既に座っており、俺を見て笑った。
「ギリギリじゃん」
茶化してくる遠月の姿に少し意外性を覚えながら、俺は短く返事する。
「ちょっと話してたから」
「へー、誰と?」
「五島だよ」
ぴくっと体を反応させた遠月はにやにやとした表情をして言う。
「五島くんと話したんだ、なるほどねぇ」
「どういう意味だ、それ」
「悪い意味じゃなくて、私のお陰で順調に近づいてると思ってさ。陽キャにね」
遠月は楽しそうに言って、満面の笑みを見せた。
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