18話 オタクの朝は遅い
「おはよ、鈴城くん」
声のした方を見ると、いつもと変わらない遠月がいた。
なんて返事しようか考えていると、俺の口から勝手に言葉が漏れる。
「おはよう。今日はいつもより来るのが遅いね」
「ちょとね、寝坊しちゃって」
そう言う遠月の目元を見ると、少しクマができている。考えられるのは一つしかない。
漫画かラノベを朝方まで読みふけっていたのだろう。
「一昨日は本屋一緒に来てくれてありがとね」
土曜日のことか。次の日なぜか筋肉痛になってた思い出が強く残ってる。
「俺も楽しかった、また行こう」
「え?」
驚いた表情をして遠月は固まった。
「あ、今のは……」
別に変な事を言ったわけじゃない、ただ俺が言うには烏滸がましいというか、何と言うか。
ちょっとキモかったかも。
彼女から目を逸らして俺は気まずい空気から逃げ出そうとする。
「よかった、少しは君を陽キャにできたみたいだね」
遠月の明るい声が聞こえ、俺は振り返る。
今の俺があるのは、確実に遠月のお陰と言っても過言ではない。
「そうだと、嬉しいよ」
しかし、果たして俺は遠月の役に立てただろうか。
オタクにしてくれ、そう言われて入口だけは示したがあまり深入りはさせなかった。それでいいのだろうか、彼女はどこまで求めているのか。
もう少し詳しく聞く必要があるかもしれない。
「あのさ、遠月の件だけど」
「そう言えば私ね、オタ友って言うの? できたよ」
俺の言葉を遮ってさらりと遠月が言った。
そして確かにこう聞こえたぞ。オタ友ができた、と。
「……マジで?」
「他のクラスなんだけど、めちゃくちゃ詳しいの」
「お、おう」
え、どういうこと。
ちょっと待ってくれ。もしその友達とやらが遠月と関係濃くなったら俺要らない。陽キャ計画終了。
……元の陰キャぼっち生活が始まる。
「大丈夫か、そいつ。新手のナンパだぞ」
「なんかお母さんみたいな心配の仕方だね。平気だよ、普通に優しいし、いつも鼻息荒くて全力で生きてるから」
なんだそのキモイ奴、俺より重症なのでは。
だが遠月はそういうの気にしないタイプだ。だから最初に臆することなく俺に話しかけてきたわけだし。
つーか、オタクの友達作るの早いよ。これが陽キャの為せる技なのか。
俺は息を吸って覚悟を決めた。
「今度紹介してくれ」
もしそのオタクが俺よりイケているなら身を引こう。
「いいよ。彼女も隠れオタクみたいなタイプだからさ、オタクの友達いっぱい欲しいって言ってたし」
女かい!
……でもよく考えたら、そりゃそうだな。
遠月は女の友達多いタイプだから、いきなり男のオタク友達できるとは考えにくい。まあ男だとしてもそいつと付き合うのは想像できん。
「じゃーん、これ借りちゃった」
そう言って見せびらかしてきたのは一冊のラノベ。
おそらくさっき話してた女友達から借りたもので間違いない。
俺が知らないタイトル……というか、女性モノっぽいな。
「もう読んだのか?」
「うん、金曜日に借りてて昨日読んだ。面白かった」
「相変わらず、読むの早いな」
「鈴城くんも読む? これね、珍しいことに女の子主人公だよ」
そりゃ女向けだから女性主人公だろ、と言いたくなったが相手は遠月だ。そういうのはまだよくわかってないのだろう。
「遠慮しとく。俺はオススメされるより、したい派なんだ」
「なんかカッコいい」
遠月にカッコいいと言われると、ちょっと照れる。
だからだろう、俺はとある人物の接近に気付かなかった。
ぬっと伸びてきた腕は遠月の本をあっさりと奪い取る。
「なにこれ? 本?」
七橋美咲はパラパラっと開いて少しムッとした表情をした。
「おはよう、美咲」
「ん、おはよう」
普通に会話をしていて気にしてない様子の遠月だが、本音はわからない。さっきは自分で隠れオタクと言っていたし、あまりバレたくないはずだ。
パタンと本を閉じて七橋は俺と遠月の顔を見た。
くそ、ここは俺が。
「おい、それ」
「藤宮千夏……って誰?」
でかでかと本の裏面に名前が書かれており、堂々と主張している。
「私の友達だよ」
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