16話 俺と皆川⑧
ソファ側に女三人が並んでいる。
右端に座っていた七橋が俺たち男を一瞥した後に口を開いた。
「で、男三人揃って何の話してたの? 勝負がどうとか言ってたよね」
七橋の表情を見ると、怪しんでいるというより不満そうな顔で仲間外れみたいになってるのが嫌なのかもしれない。
しかし遠月を賭けて勝負している、なんてこの場で堂々とは言えない。
左端に座っている五島が少し間を空けてから答える。
「……取り敢えず、メニュー表くれ」
「誤魔化したぁ。どうせしょーもないんだから、ちゃちゃっと言っちゃいなさいよ」
「そんな大した話じゃない、気にすんな」
「えー気になるのに」
「まあまあ、二人とも。美咲も別になんでもいいじゃん。ほら直樹、メニュー表」
「おう、サンキュー」
五島は安達からメニュー表を受け取って真ん中に座っている皆川に手渡した。
皆川はじっくりと一品ずつ真剣に見ていく。
「鈴城くん、そっちに置いてあるメニュー表とって」
皆川の向かいにいる遠月が声を上げた。
俺は目の前に置いてある二つのメニュー表のうち一つを手に取って渡そうとすると、五島が手で制した。
「ん? 五島くん?」
「遠月はこれ見なくていい」
そう言うと、七橋が吹き出して笑った。
「あはは、あんたバカなの? 見なきゃ注文なんてできないじゃん」
「そうじゃない。注文は俺たちがする。な?」
皆川と俺を見て同意を求めている。……いやなんも聞かされてないが。
だが皆川は戸惑ったのは一瞬だけですぐに平静を取り戻したようだ。
「オレたちが注文してそれを遠月に食べてもらう」
「……え、もしかしてさっき話し合ってたのって」
ドン引きした様子の七橋。
だが対照的に遠月は楽しそうに笑っていた。
「ふふっ、ちょっと面白そう」
その様子を見て、安達は遠月に説得するように語りかける。
「舞夜本気なの? 意味わからん量注文してくるよ。絶対悪ふざけするし、どうせバカだよ。それでもいいの」
「おいおい、聞き捨てならないな。注文したもの全部食わせるなんて非道なことするわけないだろ」
「いや、絶対食わせるつもりだったろ」
「鈴城と皆川が注文した料理のうち、どちらかを食えばいい。もちろん両方選ばなくてもいい」
「選ばなかった料理はどうするの?」
「そりゃ注文した奴が責任持って食うだろ」
えーっと、つまりこれが五島の考えた勝負ってことでいいのか。
遠月の食べたい物を注文した方の勝ち、と。
どちらが遠月をより理解しているのか、それはハッキリしそうな勝負ではある。
「ちなみにあんたらはマジでやる気?」
七橋が俺と皆川の顔を交互に見た。
皆川がこくこくと首を縦に振って、俺も呼応するように頷いた。
「はぁ。舞夜も楽しそうだし、私はもう止めないけど」
じろっと俺の方を見る七橋。
「どうかしたか?」
「鈴城は私の分も頼みなさい」
俺と七橋の間に置いてあったメニュー表それを押し付けてくる。
「…………」
「露骨に嫌そうな顔すんな、私は注文したものちゃんと食べるわよ」
そういうことなら別にいいか。
注文だけさせて俺に食わせる、なんて展開を想定したが大丈夫だろう。メニュー表を開いて一秒で七橋の分は決まった。
……後は遠月の分だが、皆川は何を注文するのか。
遠月と集合したのは昼ちょい過ぎ。俺と昼飯食べる雰囲気じゃなかったし、家で食べて今日来たかもしれない。
選ばれなかったリスクを考えると……。
「どうだ、お前ら。何にするか決まったか?」
「オレは決まった。後はすずしーだ」
「俺も大丈夫だ」
「じゃあスマホに注文するやつ送れ、どっちが頼んだか事前にわかると公平性に欠けるだろ」
まあ確かに。
五島に言われた通り、俺と皆川は料理名を送信した。
あまり時間は経たず、俺の注文した料理はすぐ運ばれてきた。
「お待たせいたしました。ミックスサラダです」
俺の予想では、遠月はお腹があまり空いてないと読んだ。それに女子はサラダが好きとテレビかどっかで見た気がする。
最悪選ばれなかったとしても食べきれるし、完璧な選択。
「これどっちだろ?」
小首を傾げる七橋だったが、安達は気付いているようで意味ありげな視線を俺に送ってきた。
遠月の顔を見ると、なんとなくわかってそうな気もする。
「さあ、どっちだろうねー」
それから間もなく、皆川が頼んだ料理もやって来た。
「こちら、ステーキセットになります」
「これで揃ったか」
男だったら別に問題ないが、遠月にこれはどうなんだ。
隣にいる皆川は不安そうな表情でステーキセットを見ている。
これは勝負が決まったか。
「おぉ、ボリュームたっぷりだね。なんだか見てるだけで胃もたれしてきそうだよ」
「さあ遠月、どっちを選ぶ」
五島は満を持して問いかけた。サラダとステーキの二択ならどちらも選ばれない、なんてことはないだろう。
それほど時間はかけずに遠月は答える。
「うーん、ステーキセットかな。お腹減ってたし」
「うおっし!」
声をあげたのは皆川だった。
「ってことは、サラダが鈴城? あんまセンスなーい」
「ほっとけ」
「よっし! すずしーに勝った!」
負けても何ともないと思っていたが、案外悔しいものだ。
「勝者、皆川裕二!」
五島がそう高らかに宣言して幕を閉じた――と思っていた。
突然、皆川の顔が曇り始めた。なんか重要なミスに気付いているような、そんな顔をしている。
「ねえ私の分は?」
七橋が俺に尋ねる。
……そう言えば、俺もう一つ頼んでたな。なんだっけ。
「七橋には確か、……ステーキセット。あれ?」
それを聞いて五島が慌ててスマホを確認する。
「……悪い、そのステーキセットは鈴城が頼んだ奴だ」
「ということは?」
「お待たせいたしました、デラックスステーキセットです」
「正しくはデラックスとミックスサラダの二択だ。遠月、もう一度選んでくれ」
全員が一斉に遠月の方を向く。
デラックスステーキセットとミックスサラダが並べられ、遠月は暫し考えてから結論を出す。
「ミックスサラダにしよっかな。デラックスは食べられないよ」
「……負けた、だと」
俺の勝ちだが、あんま勝った気はしない。
このゲームの趣旨は遠月の食べたいものだったわけで、消去法で選ばれたサラダに価値はあるのか。
「オレは負けたのか。ははっ、そっか、オレじゃ無理なんだな」
明らかに元気のなくなった皆川。
何か声をかけてあげたいが、かけるべき言葉が見つからない。
「悪い、みな――」
「よっっし! 決めた」
ガバっと顔を上げて何か決意の籠った目をしている。
そして皆川はそのまま言葉を続ける。
「オレ、立花唯香ちゃんに告白する!」
……は? おそらく遠月以外の四人が思ったことだろう。だって皆川は遠月が好きだと聞いていたのだから。
「実はずっと気になっていた、隣のクラスだからあんま接点ないけど一回話した時、めちゃくちゃ優しかったし、絶対オレに気がある!」
いやそれはどうだろうか。立花が皆川を好きなのか? うーん、まあ、なくはないか。
つーか、遠月のことはどうするんだよ。
そう思っていると、皆川は俺にだけ聞こえるよう小さな声で言う。
「遠月ちゃんのことはすずしーに任せた」
「お、おう」
反社的に答えてしまったが、何を任されたのか。
「皆川くん、私応援するよ。がんばって」
「遠月ちゃん、ありがとう!」
「ほら今、後ろにいるから。頑張れ!」
「「「えっ?」」」
男三人の声が重なった。
同時に振り返ると、立花唯香は気まずそうな様子で立っていた。
……そう言えば、遠月が立花を呼び寄せていた。まさか丁度今このタイミングで現れるとか、皆川にとって幸か不幸か。
「あの、立花ちゃん!」
「ごめんなさい、無理です」
こうして皆川裕二の恋は終わった。
おそらく来週には別の好きな子を見つけていることだろう。
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