12話 俺と皆川④
結局、あの後に七橋がご自慢のアイデアを披露することはなかった。
まあ後ろのテーブルにいた遠月たちもチラチラとこちらを気にしていた様子だったから披露されなくて助かったと言うべきか。
で、五限目が終わった休み時間。
俺は早速、師匠から呼び出されていた。
教室をすぐ出た廊下で七橋は腕を組み、壁に寄りかかっている。
「遅いよ、弟子くん。師匠待たせるなんて何考えてんの?」
「一分も待たせてないと思うが」
「遅刻は遅刻なの。まあ一回目だし、大目に見てあげるけど次は師匠を待たせずに来るよう精進なさい」
そう七橋は冷たく言い放つ。
こういう中二的なノリは俺としても嫌いじゃないが、鬱陶しさは感じている。
「……で、何の用なんだ」
「別に用なんてないけど」
じゃあ呼ぶな。
「教室戻っていいか? まだ課題やり残してるんだ」
これは普通に嘘だ。七橋から解放されたくて考えるよりも先に口から出ていた。
「待って」
教室に戻ろうとすると、七橋が俺の腕を掴んだ。そこまで力は強くないが、離さないという意志を感じる。
「用はなかったんじゃねえのか」
「ある」
あったのかよ。それなら一つ前のタイミングで言ってくれ。
「あれ、交換」
「え?」
「連絡先! 交換しよ。……ったく、師匠の口からこんなこと言わせないでよ」
「あー連絡先、そうだな」
五島や皆川、鵜飼よりも先に女子の連絡先が手に入るとは。昨日の俺に言っても信じなかっただろう。
ちょっと嬉しいような、ワクワクするような。初めて七橋の弟子になって良かったと思ったかもしれない。
「よっし、これでいつでも呼べるわね」
前言撤回。
やっぱり師匠とか要らない。
「なーにしてんの」
声のした方へと振り返ると、黒いメガネにポニーテールの女の子が立っていた。遠月のもう一人仲の良い友達、安達香奈。
「えーと、なんでもないよ」
「ふーん、珍しいねぇ。美咲と鈴城が一緒だなんて」
安達はじろじろと七橋中心に凝視していた。
怪しむのも無理はない。俺と七橋がまともに喋るのは初めてだし、廊下で二人きりというのは嫌でも目立つ。
「付き合ってんの?」
「付き合ってない! ……あのね、香奈」
七橋は安達の耳元に近づく。
「え、おい七橋。ちょっと待て」
なんとか制止させようとしたが、もう遅かった。
~ニ分後~
「えっ、うっそー。マジで?」
「マジマジ」
こうして噂は広まっていくのだろう。
悪いな、皆川。俺にはどうすることもできなかったよ。
だが安達は七橋より頭が良いはずだし、遠月のことも理解しているだろう。力を貸してくれればこれ以上の味方はいない。
「香奈も聞いたんだから、協力してよね」
ナイス師匠。多分、七橋の最初で最後の活躍だ。
後は安達の機嫌次第だが。
「うーん、しょうがないなぁ」
どうやらやる気みたいだ。
だが安達はその表情を鬱々としたものに変えて、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「どしたの?」
「舞夜って全っ然男の気配とか見せないからなぁ。この学校で一番落とすの難しいんじゃない」
俺は元々、無理に一票だ。
しかし現実を理解してない女がここに一人。七橋は楽観的な様子。
「大丈夫、だって舞夜は女の子だもん」
ちょっと意味がわからないが、まあいいだろう。
そろそろチャイムも鳴りそうだし、早いところ会話を打ち切りたい。
「作戦的な話はまた今度ってことで」
二人に向かって提案すると、安達は素早く頷いて答えた。
「そうだね。今のところあんま状況理解できてないし」
「弟子よ、また呼ぶ」
「え、弟子ってなに?」
「…………」
「おい、逃げんな」
二人が教室に戻り、俺も後に続こうとするとスッと誰かが正面に立つ。
視界にはひらひらしたスカートが映り、顔を上げると隣の席に座る女がいた。
「香奈と美咲と何の話してたの?」
「いやー、それは」
どう誤魔化したものか。
そう悩んでいると、遠月が声を上げる。
「あ、次の土曜空いてる?」
「土曜?」
「本屋へ行こう! ね、いいでしょ?」
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