二話
新学期の初週もつつがなく終わった俺は週末とある場所に来ていた。
五郎から布教されたアイドルグループ…Real Garls!のライブに来ているのである。今回は初のワンマンドームツアーライブということで、一度もライブに行ったことの無いにわかの俺も一度は行ってみるか、となったのである。
いやしかしまあ、混んでいる混んでいる。市街地の中心部というのは凄い混んでいる。いつも登下校で満員のバスや電車には馴れていものの、道自体がこんなに混んでいるというのは都市部だなあという感想しか無い。
俺の住んでいる所から、高校の最寄りまでは二駅。
今回は電車七駅。一時間掛けてここまで来た。
思えば幸運の賜物である。このチケットが抽選で当たったこともそうであるが、しっかりバイトで稼いでいたお金が貯まっていた時にライブが開催される事が発表されて良かったぜ。S席一万二千円は…うぅ…痛い…
いいや!価値のあるお金だった!というかこれから俺が楽しまなければ、それこそ無駄金GGって感じになってしまう。因みに五郎は野球の春季大会があるとかで無理でした。GGWP。悲しいかな。ガチファンの五郎が行けずに、グッズも買わず、BDも借りて見るだけのにわかの俺がこのプレミアムでメモリアルなライブにこれてしまうというのは、運命のいたずらだな。
というわけで、五郎の分もしっかりじっくり楽しむことにする。いやぁしかし、人がゴミのよう…じゃなくて…人混みが凄い。しかしこの程度でへこたれているようではコミケは無理だ。コミケ行ったこと無いんだけどね。
会場に着くとより熱気が凄まじい事になっていた。人がより多くなりドームの中の通路は人が居すぎて通れない程になっていた。街で見かけた人達よりも、ここに居る人達は皆一様に楽しそうな顔をしている。それだけこのライブを楽しみしていたのだろう。余計に五郎が可哀想になってきたので、物販コーナーでしっかり五郎の分のお土産も買っていってやろう。
当然代金は頂くがな!
※
「みなさーん!こんにちはー!!」
「盛り上がってる~!?」
『いえーい!!』
遂に始まったライブ。それまでの期待や胸の高鳴りが少しずつ加速していっている様だ。そんな風に冷静そうに周りを見ている俺も、実はワクワクで本当の所は冷静では無い。メンバーのかけ声に、ファンが返す。俺もしっかりコール&レスポンスは出来ている。ライブのBDで予習してあるからな。
「最初に聞いて貰う曲はこの曲ー!!」
アップテンポのイントロが始まる。この曲はReal Garls!のデビュー曲である、グループ名をそのままタイトルにしたReal Garls!だ。記念ライブの最初を飾るのには素晴らしい選曲と言えるだろう。
メンバー全員の各パートがあり、遂に俺が推しているせなっちこと、相川セナのパートに差し掛かっていた。
「初めてのときめきから~理由をさがして~」
『はいっ!はいっ!はいっ!』
せなっちの歌声に呼応するようにファンはかけ声をだす。いや、本当に統率されているな。周りを良く見ると、せなっち推しが多いのか、せなっちのグッズを握っているファンが多い。五郎が言ったようにせなっち推しがやはり多いのかも知れない。
「ここから飛び出すの~」
サビ前のフレーズを伸びやかに歌いきり、会場のボルテージはライブ開始直後にも関わらずかなりの物となっていた。サビはメンバー全員で歌う。
「「飾らない思いを歌に乗せて~」」
『乗せて!!』
「「皆とこの手でつかみたいよ~」」
『WOW・WOW・WOW』
「「夢じゃ無くリアルで~」」
『リアルで!!』
「「踏み出せたら始まる物語、Real Garls!」」
最高だ。画面で見るより何倍のメンバーが可愛い。俺の嫁にも勝るとも劣らない。何故音楽配信が普及した中で、ライブという文化が廃れなかったのかが少しだけ分かったような気がする。メンバーの踊り、生の歌声、そしてファンと作るこの空間。
これはライブでしか味わえない物だと思う。
これからもまあ、たまには来てみようかなと思えた。まあ、新作ゲームとかが豊作だったらお金が厳しいので無理だが。
その後もヒット曲を中心に十五曲の演奏が行われた。二時間に渡るライブが終わり、ライブ特典の握手会に移る事になった。まあ、誰でも嬉しいんだけど好きなメンバーを選べるとの事なので、せなっちの列に並ぶことにした。
「次の方どうぞ~!!」
係員の方からOKが出たので、せなっちの前に行くことになった。
はあ…!!なんだかんだめっちゃ嬉しいでござる!!ライブの熱気に当てられたのか、ワイもテンションが高いね!
まあ、変なテンションに内心はなっていたけどせなっちの前では変な感じにならんようにせねばならん、なさねばならん何事も。ん?なんか変な日本語になっている気がする。
「こんにちはー。今日はライブに来てくれてありがとう」
箱のようなブースの中に入ると、すっ…と手を出された。これは握手して良いって事だよな。うん。俺は出された手を握り返す。
…すげぇ。テレビで見てた人と実際に握手してるぞ!ちびっ子が戦隊ヒーローと握手している時もこういう感動があるのかもなあ…
俺が勝手に感動していると、せなっちは不思議そうな目でこちらを向いている。どうやら感動で無言になっていた事を不審に思ったのかも知れない。
今更だがせなっちの説明をすると、イメージカラーは青、年齢は十七歳。(公式ホームページより)
年相応の元気さとイメージカラーの青を連想させるようなクールさを兼ね備えるアイドルでダンスと歌が抜群に上手く、クールさと元気さのギャップもたまんないゼ☆との事。(五郎より)
因みに俺は、「すごいかわいいわあーおにんぎょうさんみたいだぁー」ってしかおもいませんでしたぁ。(あほ)
ここまで言えばお分かり頂けるだろうが、容姿は当然のごとく整っており、少しシャープな目はクールさを、踊るとブンブン揺れるポニーテールは利発さを上手く演出している。
「ああ!ごめんなさい。えーとなんでしたっけ?好きな動物の話でしたっけ?」
「ふふっ…違うよ。今日は来てくれてありがとうって話をしてたよ」
「そうでしたかあ…」
ありゃ…これは大変だ。握手会でファンの側が相手の話を聞いていなかったというのは、まさにハテナマークで一杯になる行為だ。
「キミは握手会初めてだけど…ライブも初めてだよね」
「え!!分かるんですか!!」
今回初ドームワンマンとはいえ、既にライブ自体は何度か行われている。でなければ、ライブBDなんて存在しない。加えてメディア露出も頻繁である。つまり俺は何が言いたいかというと…
「ファン一人一人の顔まで覚えているんですね!!」
「あっ…」
何度もライブをやっていて沢山のファンとこうしてふれあっているはず。来てくれている人を覚えているならともかく、来ていない俺を瞬時に初見と見抜くとは…いやはやプロはすげぇや!
俺が凄いキラキラした視線を送ると一瞬バツが悪そうな、というか焦ったような顔をしたような気がした。気のせいかもしらんけど。
せなっちは俺に色んな質問をぶつけてきてくれた。知ったきっかけとか、どんな曲が好きとか色々盛り上がって話が出来たと思う。一人のファンとして話が出来た事も、同い年の女の子と楽しく話せたことも嬉しかった。アイドルとしてのリップサービスや、トークも仕事の内だと思うけど、そういう事を考えるのは野暮ってもんだ。今はただこの時間を楽しむ方が良い。それがプロとしての彼女の対応に最も正しいものだとおもうんよ。ワイは。
そんなこと言いつつも、ただ楽しいだけなんですけどね。
楽しい時間ほど早く過ぎる。名残惜しさもあるが、だからこそ時間を守りファンとして正しくありたいと思える。
「また来ます!最高のライブをありがとう!せなっち!」
「うん!また来て!」
綺麗な笑顔と一緒に手を振ってせなっちは見送ってくれた。
最高や…
…うん。こうしてみると、やっぱり五郎が可哀想なので追加で五郎の推しのメンバーのアイテムと、せなっちのグッズも買っていってやろう。
当然代金は頂くがな!!
※
「腹へったなあ…」
俺はライブが終わった後、買いたかったゲームの発売日が今日であった事を思い出して、ゲーム屋へと向かった。めちゃくちゃ欲しかったという程では無いが、そこそこ楽しみだったゲームの発売日を忘れさせるとは…Real Garls!恐るべし!
勝手に戦々恐々としながらも、ライブが終わった後も何も食わなかったので腹は減る。とはいえここは便利にも都市部の繁華街。飲食店には困らない。毎日のように来るような場所では無く、たまの遠出。折角だからなんか食べようかなと飲食店を物色中である。
幾分か歩くとチェーン店のファミレスが見えてきた。
うん。まあ、美味しそうな個人経営っぽいレストランとか、おしゃんなカフェがあったから入りたかったんだけど、外れの可能性もあるのでびびって入りませんでした。はい。
サイゼ◯アさいこう!!!!