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ジンフィード達を逃したのがよほど惜しかったのか後を追うことも払った手を動かすこともなかった
そいつの温度の感じられない虚ろな目は森に向けられていて正面の己の前に立つ俺になど気にもかけていない
俺は緊張で揺れる剣先を正すように握り直すとそいつの動きを見逃さないように構える
二人を追わないように引き付け時間を稼がなければならない
そして稼いだあと村には向かわず別の方に逃げる
どうにか撒ければいいが、
ウウゥと唸り声を漏らしたそいつはようやく俺に目を向けた
じっと見つめてくる目にたじろぐ
どちらも動くことなく数秒
風が吹くこともない
ゆっくりと手を大きく振り上げて
叩きつける
すぐさま後ろへと跳び叩きつけられた手を避ける
そいつの手は人の手の形をしている
不気味なほど白い大きな手
その手の、指と指の間から草がみるみる伸びている
場違いに咲いた黄色い花がやけに鮮やかに見える
思わず唾を飲み込む
なんなんだこの野獣
不思議な力を使っている?どうやって、というよりもこんな力を使うなんて聞いたことがない、ならこいつはなんだ?
未知の力を持つ野獣
野獣は再び手を振り上げ叩き潰そうとする
その動きは虫を叩き潰す
そんな動きで手を叩きつけるそのたびに岩肌だった地面に緑が生える様子は奇妙に青々としている
「っと!」
踏み外しそうになった足を内側に踏み直す
あぶない落ちるところだった
そうだここはすぐそばに崖がある。気を取られて落ちないように立ち回らないと
同じように振り下ろされる手を跳んで避ける
その勢いのまま懐に踏み込む
剣は阻まれることなくその身体を斬り裂く
そこから流れるのは血ではなく光
予想していなかった光に目がくらむ
思わず動きを止めた俺
「っ!!しまっ、ぐっ!」
その手でつかまれる
つかまれたのは剣の持っていない左腕
逃れようとするがつかむ力は強く、
「ぐあぁぁ!」
嫌な音たてて握りつぶされる
骨が折れそれでも握りつぶされている熱く焼けるような熱さは感じるのに動かすことができない
感覚のない腕はぶらぶらと持ち上げられた俺を吊るす
痛みに声を上げる俺にそいつはうつろな目で不思議そうに見つめている
なおもまだぎちぎちと握り絞める手はさらに力を強める
殺される
このままだと
死ぬ
「はなせ!はなせぇぇぇ!!!」
剣で手を突き刺す
さらに強くなる力にかまわず突き刺し、光が漏れるもかまわず
ウギャァァァァアアア!!!
そいつの指を切り落とす
やっとはなされた俺は受け身を取れずにそのまま地面に落ちる
近くに落ちた指は光を漏らし続けやがて溶けるように消えて行った
痛みにうめくそいつは再び俺に手を向ける
片腕を庇いながらも避ける
握りつぶされた腕はやはり骨が粉々に折れているようであらぬ方向を向いており感覚もない
ただただひどい熱さを感じるだけだ
片手に持つ剣を強く握りそいつを見る
指を切った手からは光がこぼれるように漏れている
漏れた光がその切り口を強く光らせる
そして
「っ、うそだろ…!」
元通りの手になっていた
指の切り落とされた部分には治ったのか新たに生えたのかどちらかは分からないが指があった
よく見ると最初に斬りつけたあの傷もなくなっている
すっかり元通りの手が俺へと伸ばされる
それを斬りつけて避けるも光がその傷を包んだかと思うと次には消えている
また俺に手が伸ばされる
それは傷一つない真っ白い手だった




