仲の悪い師弟
時の砂時計を持って再び錬金術ギルドへ訪れたのは、日も傾いてきた夕方頃だった。
「っ少々……お待ちくださいませ」
クエストと現物を確認した受付嬢が、少し大きめの音を鳴らして椅子から腰を上げた。
優雅なのにやたらと素早い動きで奥に消えていった受付嬢は、戻ってきた時には隣に好々爺といった優しい目のおじいさんを連れていた。
「おぉー、ヴィンセント・アルジャンテ!! 久しいのぅ」
「ラフ尊師、生きておられましたかぁ」
「残念じゃがお前より先には死ぬまいよ、ほほっ」
気安い言葉の応酬に置いていかれてぽかんと二人の顔を見ていると、受付嬢がにっこり笑って手招きしてくれる。
「お二人は古い知り合いなので少しお話をさせてあげましょう。こちらの手続きを進めさせていただいても?」
「あ、はい。お願いします」
私は受付嬢と明日の試験を受ける事やクエストの受注の仕方、ギルドカードの使い方を教わったりと、雑談をしながらゆっくりと手続きを済ませた。
クエスト報酬の金貨五枚は明日の受験料や帰りの馬車代に使うため、銀貨と大銀貨に崩してもらう。
小さな皮袋に入った銀貨を受け取ろうとしたその時、すぐ側でひゅっと風を切る音が聞こえた。
「こちらへ!」
すこし緊迫した表情の受付嬢がすぐさま私の手首を掴み、カウンターの向こう側へずるりと引っ張り込む。
それと同時にバンッと大きな音がして慌てて振り向くと、彼とおじいさんはお互いにワンドを構えて睨み合っていた。
おじいさんがゆらりと揺れると、ワンドに施された細かい装飾から垂れ下がる、鎖についている魔石同士が擦れてシャラリと音が鳴る。
「何故王都を去った? 何故今更戻ってきた?」
おじいさんは先程の雰囲気とはガラリと違って、鋭い視線と声で彼に問う。
一方の彼もいつもより幾分鋭い顔つきで、けれどもいつものように間延びするような声で答えた。
「戻ったつもりは無いよぉ? ラフ尊師の真似をしてちょーっと弟子を育てようと思っただけだしぃ」
おどけてみせる彼に向かって、魔石のひとつが緑に光ると同時におじいさんのワンドから疾風がいくつも飛び出す。
その内の数本は受付カウンターへと飛んできたけれど、まるで透明なカーテンがあるようにぶつかった音だけが響いた。
「ここは安全ですから大丈夫ですよ。まったく……こんな小さな子がいるというのにお二人して大人げない」
少し怒ったようにそう言った受付嬢は、そっと私の肩を抱いてくれる。
安全は確保出来たけれど、それはあくまでカウンターの中だけだ。突風はビシバシ色んな所に引っ掻いたような傷を付けているし、クエストボードに貼ってあった紙はあちこちに飛ばされてへばりついている。
これは……さすがに放置する訳にはいかないなぁ。
私はふぅっとひと息吐いてから、めいいっぱい肺の中に空気を吸い込むと彼らをキッと睨んだ。
「アルジャンテ!!」
「ラファエル様!!」
私の声に被るように同時に発せられたその声は、明らかに怒気を含んでいた。
声の主は真横にいる素敵な笑顔の受付嬢。カウンターの中には風は吹いていないはずなのに、何故か受付嬢の髪がゆらりと立ち上がっているように見える。




