赤貧の錬金術師と時の砂時計
食後に錬金術ギルドについてと、この辺りで安くて質の良い素材の売っている店を聞いてから一度漠の夢亭を後にして、二人で並ん錬金術ギルドへと向かう。
試験は毎週休息日である土の日にやっていて、今日はその前日の実の日だから登録だけしに行くつもりだ。
「……あたしも錬金術師になれるでしょうか」
7度の人生のどれも、錬金術師や魔導師の類いにはならなかった。
魔力は誰しも持っているものではあるけれど、それを体外に出す方法なんて知らなかったし、使い方なんて分からなかった。
彼は色々と教えてくれたし、少しは学べていると思うけれども、比較対象が彼しか居ないので自分がどれ程のレベルに居るのかがさっぱり分からない。
いつもより少し早い鼓動と浅い呼吸に、自分でも緊張している自覚が出てきて嫌になる。
「アルジャンテを信じていない訳ではないですが、試験に落ちてしまったらと思うと申し訳なくて」
「珍しくキミがお喋りで不安そうだけれど、僕はそんなに心配してないよぉ」
彼は私の手を取り、そっと繋いだ。緊張で冷えていた手先に熱が戻って、少しほっとする。
「別に落ちてもまた試験を受ければ良いんだしぃ。それよりも、試験を受けるにはお金がかかるから頑張って今から稼ごうねぇ」
「……へ?」
「ふふっ、実は数年前に来た時より受験料が値上がりしてるみたいで……ちょぉーっと足りないかなぁなんて」
落ちる以前に、受験すら出来ない危機とは思わなかった。
私はのほほんと笑っている彼を引っ張り、錬金術ギルドへと足を踏み入れる。
初めての錬金術ギルドなのに感動なんてものは無く、焦燥感を感じるまま受験受付の案内表示を通り越して壁際のクエストボードを見つけると、さらに加速して歩み寄った。
「アルジャンテは左端から受けられそうで高利益なクエストを探してください。あたしは右上からいきます!」
「待って何でそんなにやる気満々なの?! 魔力枯渇で僕を殺す気??!!」
「うちに無駄金なんて一銅貨すら無いんですよっ!!」
常設は薬草採取。これは利益も低いし手間もかかる。却下。
小指と薬指ランクはあまり高利益なクエストが無い。却下。
中指には幾つか割のいいクエストもあるけれど、その分日数がかかる。却下。
視線を上下左右と動かしているうちに、彼があっと声を上げた。
「これは? 一個なら今日中に出来るし、足りない分に足しても少しお釣りがくるくらいだよぉ!」
それは親指クラスのクエストだった。
私は思わず息を飲み、そろそろと彼の顔を覗き見る。
「アルジャンテは……どのランクなんですか?」
今になって気づいたけれど、私は彼のランクを知らない。
彼は私の事を中指になれると言っていたから、多分本人はそれよりも高ランクなのだろうとは思っていた。
だから私は彼の事を、人差指なのだろうと思っていた。けれど、まさかあんなにへにょへにょで貧乏な彼が、国内で四人しかいないと聞かされた親指クラスだなんて想像もしていなかったのだ。
「んふふーっ。敬ってもいいんだよぉ?」
「この国の行く末が心配です」
「どうしてそういう方向性に悲観するのかなぁっ??!!」
さめざめと顔を覆う彼を横目に、私は彼が見ていた親指クラスのクエストを読んだ。
「えっと……アルジャンテ、これって……」
「うん。地下の魔法陣のすごーく簡易版、だねぇ」
そのクエストには、「時の砂時計(30秒)一つ 報酬、金額五枚」と書いてあった。
時の砂時計を作るには、中に入れる砂の代わり、星屑の要素である砂鉄と、時を巻き戻すための針に使うラピスラズリが必要だ。
私達は宿屋の女将さんに聞いた店で材料を揃え、部屋で早速錬成に取り掛かる。
「アルジャンテ、あとはこの磁石のキューブに時の呪を刻んでください」
時の砂時計は磁石のキューブを砂時計の上に置くことで発動する。
サラサラと上へ昇っていく砂鉄の時間分キュルキュルと時を遡り、このクエストの砂時計の場合は30秒だけ時間が巻き戻るのだ。
ガラス製で壊れやすいし、呪の無い磁石キューブを使ってもただ逆さまに砂の昇る砂時計ではあるが、この非常に高価な砂時計を欲しがる者は多い。
上級冒険者なら自分や仲間の死の危機に使うこともあるそうだ。
「簡易版だし、キミにも呪は刻めるんじゃない?」
「私の魔力枯渇において起こり得る不利益は明日の受験に落ちて受験料を無駄にする事、倒れてこの宿でさらに数日泊まり宿泊料が嵩むこと、再び王都に来るための往復の馬車賃もしくは、長期滞在でここに留まり再受験する為に必要な魔力回復ポーション、さらに……」
「寒いっ!! 想像するだけで財布の中が寒すぎるっ!!!!」
自分を抱きしめてプルプルと震える彼に磁石キューブを渡すと、私は手近にあった椅子に深く腰かけた。
「ではアルジャンテ、よろしくお願いしますね」
ふぅっと息を吐いた私は、姿勢を正して彼の手元に集中する。
簡易版とはいえ時の呪は非常に繊細で鬼畜のように細かく、キューブの六面全てに施される。これが彫れるならばいっそ細工師になれるのではと思う程だ。
そして、その細工を施しながら魔力を流すのは随分と集中力がいる。実の所明日の受験にとても緊張している私には、自信の無い作業なのだ。
私にとっては息をひとつ吸うのも気を使うような緊迫感の中、鼻歌を歌ってプツリと前髪を一本抜いた彼は、その髪に魔力を流す。
まるでタクトを振る指揮者のように、くるくるとキューブを回しながら呪を施す彼は優雅で楽しそうで、私は時が経つのも忘れてずっと見とれていた。
「ほぁー疲れたぁ、ほい、完成だよぉ」
不意に夢のような時が途切れ、彼が体を伸ばして振り向く。
無造作にことりと台に置かれた時の砂時計は既に完成していて、銀色に輝く砂鉄の山がさらりと音もなく崩れた。




