王都へ行こう
私の髪が肩口から肩甲骨の辺りまで伸びた頃、彼は私に本棚をくれた。
「僕が書いた魔導書、君の書いた初歩錬金術の書はここに置いておくねぇ」
六段ある本棚の一番上は彼の魔導書で埋まり、一番下の棚に一冊だけ私の書が収められる。
「この本棚がいっぱいになる頃には、君は立派な錬金術師だよぅ!」
嬉しそうに微笑む彼にこくりと頷き、書きかけの中級錬金術の書を横目に見た。
すると彼は私の髪を梳きながら、新しい課題をくれる。
そうやってひとつずつ知識を増やした私は、今では彼に代わって地下の魔法陣へと魔力を込める事もさせて貰えるようになった。
「あぁ、随分と欠けた陣の修復も出来てきたねぇ。ここの意味はもう分かるかなぁ?」
「はい。時の砂時計の砂の要素で土と星屑が必要なので、土の呪に鉄粉を混ぜて……」
「うんうん、素晴らしいねぇ」
核となる時の呪の複雑な模様の描き方は覚えきれていないけれど、周りにある四大元素の呪の模様は覚えた。
そこに足す素材の知識も、錬成のやり方も、随分と小難しいことまで覚えられたと思う。
「だいぶ教え込んだし、もう中指にはなれると思うんだよねぇ」
「中指?」
職業にはそれぞれ五段階の等級があり、低い等級からそれぞれ小指、薬指、中指、人差指、親指と呼ばれる。
国内でギルドに所属する錬金術師は約1200人程で、そのうち小指は約800人、薬指は250人、中指は約100人、人差指は50人、親指にいたってはたったの4人しかいない。
私の錬金術師としての力量は、彼の見立てによると中指らしい。これは、王都で高級店へと品を下ろせるレベルであり、中級ダンジョンならばどこへでも入れるレベル……らしい。
「ダンジョンはちょっと……」
「あはっ、そりゃ非力な今は無理だけど、そのうちダンジョンでドロップする素材も使うようになるよぉ」
「力がないなら人を雇えばいいじゃない」
「金持ちっ!! 僕みたいな貧乏錬金術師が言ってみたい言葉第三位くらいの成金発言っ!!!!」
ポーションの作り方にしてもそうだけれど、彼は色々な事に少しずつ不器用で、割と貧乏だった。
健康的な生活を日々暮らしていくにはほんの少しだけ足りない何かは、私が来てから少しづつ改善されていき、日々温かい食事をし、清潔な衣服を着て、ぐっすりと眠れるようになった。
とは言っても、私はただ森の中へ食べ物を取りに行くついでに罠をしかけ、錬金術の素材を摘み、薪用に枝を拾っただけだ。
「最近は小金持ち程度にはなったんじゃないですか?」
「まぁねぇ、キミ様々だよぅ。ありがとねぇ」
私を拾った当初に彼が言っていた打算を叶えてあげられたならば、それはとても嬉しい。
役に立てている幸せを噛み締めていると、彼はぱちんと手を打った。
「王都へ行こうよ、錬金術師に正式になる手続きをしようよ、ね?」
こうして私は初めて王都へ行くことになった。
クリミネル王国、王都クリムは王城を中心に円形に街が広がっている。
中心街は主に貴族の住む貴族街と高級店の並ぶ商店街、騎士駐屯施設、自然公園、教会などがあり、中心街から離れる事に物価の低い平民向けの商店や飲食店が立ち並ぶ。
高さ十メートルほどの石造りの塀に囲まれた街門は南北東西の四箇所あり、そのいずれも見張りの兵が立っていて街に出入りする者をチェックしている。
「師匠、お顔が悪いです」
「顔色だよねぇ?!」
門に伸びる列に並び、街に入る順番を待っていると、列が進む毎に彼の顔が青ざめていく。
お腹を下したか、後暗い事があるのか、彼の不安そうな顔に私も少し不安になる。
「はぁー、僕いっつもこういうの引っ掛かっちゃうし、変に緊張しちゃうんだよねぇ」
「あー……今回は女児誘拐とか、未許可の人身売買の運び屋とか、その辺りですかね」
「ひぃいっ!! 君さえ黙っていれば大丈夫だからっ!! 頼むから黙ってて!!」
どうやら女児誘拐という後暗い事で青ざめていたようで、案の定その不振な様子に門兵から声を掛けられた。
「そこの貴方、挙動不審だけどクリムへは何しに来られたんですか?」
「ぅひっ!! あぁ……あのぅ……こっ…このっ……この子の錬金術ギルドへの登録にっ……」
「この子?」
門兵はちらりと私を見てから、屈んで視線を合わせてくれた。
「君はこの人の子供? どういう関係か教えてくれるかな?」
ビクビクしている彼につられて少し不安だった気持ちが、低く柔らかいその声で落ち着きを取り戻す。
門兵は口の端を少し上げて、私を安心させるように目を細めた。
「……森に捨てられていた所を拾っていただきました。彼は私の保護者であり、今は錬金術の師匠です」
門兵はひとつ頷いて腰を伸ばすと、彼に向き直って確認を取る。
そして書類に何か書き込み、ピシッと兵の礼をした。
「入門を許可します! ……保護者よりお嬢ちゃんの方がしっかりしてるな。アンタももうちっとシャキッとしな!」
ニカッと笑った門兵に見送られ、私達は無事王都クリムへと入ることが出来た。
門の近くには必ず宿場があり、大抵の人はまずそこへ行く。
私も彼に連れられて目の前の《漠の夢亭》へと入る。そこは一階が食堂で二階と三階が貸部屋となっていた。
「いらっしゃい、食事? 宿? それとも情報が必要かい?」
扉を開けると、すぐに恰幅のいい快活な女性が声を掛けてきた。
赤毛を後ろに一本で縛り、三角巾で髪を抑えているその女性は、まさに宿屋の女将の貫禄だ。彼は二人分の宿賃を支払い、カウンターの席に座った。
「食事と情報は後払いでいいのかな? とりあえずニムニムの塩焼きとミルクを二人分、あと二品くらいシェアできる料理を適当にお願いします」
注文が終わったちょうどのタイミングできゅうっとお腹が鳴って、彼と女将さんが私の顔を見る。
いつもより少し遅めの昼食になるので、私のお腹はもうペコペコだった。思わず下を向くと、女将さんが私の頭をぽんぽんと撫でて調理場へと消えて行った。
「ふふっ。食堂に入った途端いい匂いがしたもんねぇ」
彼の隣に座ると、彼もキュルキュルと小さくお腹を鳴らしたのが聞こえて、私達は笑いあった。




