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錬金術師は怠惰に生きたい  作者: へち
00 死にたがりと師匠
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綺麗なポーション、汚いポーション

 彼の表情は、くるくるとよく変わる。

 大抵はニコニコとしているけれど、日に一回は悲壮な顔で私を見るし、私が口答えすれば眉を吊り上げて頬を膨らませ、教えを乞えばふわりと微笑む。

 そんなやり取りに、私の心は随分と解されていった。


「あの魔法陣は時を遡るものですよね」

「うん、そうだねぇ」

「……どれくらい戻したんですか?」

「ん?」


 膝丈だったワンピースは、脛丈になっている。

 髪の艶も失われ、割れた爪に鶏ガラのような細い腕。

 今の私は、彼と出会った頃よりさらに数年前の身体へと変化していた。


「あはは……慌ててたし、ねぇ?」


 小首を傾げるように苦笑いする彼の頬に、短くなった銀の髪がさらりと揺れた。

 それを見ると、私は思わず苦々しい気持ちになる。


 魔力を扱う者は、ほぼ例外なく髪を伸ばす。

 それは魔力は髪に蓄積されるものであり、その長さよって容量が決まるからだ。

 練り方によって濃度は変わるので、短いから弱いとは一概には言えないけれど、やはり長い方が魔力量は多い。


 彼の髪は、床に着くほど長く、美しかった。

 彼が眠る前、私はそれをいつも丁寧に解し、洗い、艶出しのオイルをつけ、何度も梳いて緩く編み、埃避けのカバーをかける。

 その時間はたまらなく幸せで、彼がいつも私の髪を梳いてくれるように、彼もまた幸せな気持ちになればいいと思っていた。


「嫌だった?? ちびっ子は嫌だったの??!!」


 見当違いな所でオロオロと慌てる彼に、にっこりと微笑んで見せる。

 私が彼の髪を焼いてしまったのだ、それなのに心配までさせてはいけない。


「ベヒモスの肉が食べたいです」

「育ち盛りぃ!! 破産するよ?! 僕達明日から路頭に迷うよ??!!」


 おうおうと嘆く彼の髪に触れようと手を伸ばすと、彼は私を掬うように抱き上げた。

 私は遠慮なくもたれ掛かり、そしてフワフワと柔らかい銀の髪を撫でる。


「はぁ軽いねぇ。羽根のようだよぉ。ひ弱な僕でもずっと抱っこしていられるくらい。ベヒモスは無理だけど、仕方ないからお肉買ってくるよぅ」


 穏やかな日々だった。

 彼と何気ない掛け合いをし、少しずつ生活する為の知識を教わり、ようやく私の髪に艶が戻る頃、彼は私に錬金術を教えると言った。


「これからは僕をヴィンス師匠って呼んでねぇ」


 カチャカチャとティーポットやすりこぎをテーブルに並べ、ザルに入った数種類の乾燥させた薬草と水差しを置いた彼はにんまりと笑う。


「んふふ。服を引っ張ったり、ねぇとかあなたとか呼ばれてたのに、ようやく……ようやく名前を呼んでもらえるんだねぇ」

「アルジャンテ、それは何ですか?」

「苗字!! 唐突な苗字呼び??!! せめてヴィンセント師匠とか呼んでよぅ」


 私はザルに入った草を一束持ち上げて、匂いを嗅いでみる。

 青い匂いに混じって爽やかさを感じるそれは、ミントのように見える。


「ミント……?」


 すると、彼は驚いた顔で私を見つめ、すぐに隣の一束を差し出した。


「これは? これは知ってる?」

「イチョウの葉」

「っ凄いよぉ!!」


 彼は私を抱きしめたあと、次々と薬草を見せては「これは?」と問い、私が答えると喜んではまた抱きしめた。


「じゃあまず錬金術の基礎を学ぶために薬学を学ぼうねぇ」


 錬金術には対価(材料)が必要で、それを錬成(精製・作成)する事により術の発現(完成)となる。

 その考え方は薬を作る為の薬学であったり、美味しいものを食べるための料理ととてもよく似ていて、まずはそこから学ぶ事になった。


「まずは下級ポーションなんだけど、マジョラムとローズマリーと……」


 すり鉢に無造作に草を入れた彼は、すりこぎでゴリゴリと砕いていく。

 ガーゼのような生地の小さな袋にそれを入れて口を縛ると、ティーポットへと投げ入れた。


「それから水と僕らの一部を入れて、お湯を沸かす」


 ティーポットに水を入れた彼は、魔道コンロの魔石に触れてポットの蓋を開けると、んべっとヨダレを一滴垂らした。


「……汚い。飲めない」

「ぇえーッ?! でもこれポーション……」

「汚い。アルジャンテが飲めばいいです」


 出来上がったハーブティーは、薄黄色なのにキラキラと銀色に煌めいている。

 多分あれば彼の魔力が溶け出ているという事なのだろう。けれど、作り方を見てしまうと少し背中がぞわりとした。

 

 私はティーポットからカップにお茶を移し、一度全ての器材を洗って綺麗に水分を拭き取り、自分の目の前にすりこぎを用意する。

 葉と茎を丁寧に分けて細かく砕き、袋に入れてから空の魔石をひとつ取り出した。


「水の魔石にしてください」


 彼が魔石に呪を施してくれたのを確認し、ティーポットに魔石をくっつけて水を出すと彼が小さく唸った。


「それなら口の中が乾いてヨダレが出ない時でもポーションが作れる!!」

「あなたはバカですか」


 どうやら彼は、下級ポーションを大量納入するクエストの時に大変な苦労をしていたようだ。


 私の魔力が溶けだした水でティーポットを満たしたら、魔道コンロの上にセットして魔石を撫でる。

 ぷくぷくと沸騰する頃には、薄黄色のポーションに亜麻色の輝きが溶けて揺らめいていた。


「ほわぁ……初めてで即成功だなんて凄いよぅ!!」


 喜ぶ彼は私のポーションを飲みたがり、私は二つのカップにポーションを注いだ。

 彼も自分のポーションを空のカップに半分分けようとしていたけれど、私は頑なにそれを拒んでカップを叩き割った。


「……はぁ、生き返るねぇ」

「そうですね。クッキーが欲しくなります」

「あ、いいねぇ!」


 とても穏やかな午後、柔らかな日差しが窓から降り注ぎ、カップの中のポーションをキラキラと照らす。


 いつまでも、この時がずっと続くと思っていた。


 ようやく穏やかな日々を過ごせるのだと、自分の罪の自覚もせずに、私は銀に光る彼の髪をただのほほんと眺めていた。

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