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錬金術師は怠惰に生きたい  作者: へち
00 死にたがりと師匠
1/7

入水および首吊り自殺(未遂)

 私には、6つの過去がある。


 ある過去では理髪師で、粛々と平凡に暮らしていた。

 また、ある過去では犯罪奴隷を両親に持つ生涯奴隷で、自分の境遇が不幸である事すら知らなかった。

 他にも、寒村で暮らす貧民であったり、貴族の娘であったり、沢山の人生を経験した。


 そして、そのどれもで私は非業の死を遂げている。

 痛く、苦しく、つらいその記憶は私を蝕み、7度目の今世で私は自らの手で早々に死ぬ事にした。


「泳ぐには少し季節が早くない?」


 顎先まで川に浸かり、あと一歩踏み出せば深い川底へと落ちて行けるはずだった私は、突然耳元で囁いたその声に驚いて振り向いた。

 振り向いたら足を滑らせて身体がトプンと川底へと落ちて行った。


 まぁ、いいか。どうせそのつもりだったのだから。


 揺らめく水面と透けて照らす太陽が綺麗で、吐いた空気がゆらゆらとのぼっていくのを視界にとらえたのを最後に、私は意識を手放した。


 次に目覚めたのは、来世ではなくまだ7度目の人生だった。


 パチパチと爆ぜる暖炉の薪の音と、寝返りを打った自分の衣擦れの音。

 薄く目を開けて辺りを確認すると、小さな小屋にあるベッドに寝かされていたようだ。

 ベッドがくっつく壁には窓があり、ガラスに映るのは亜麻色の髪に真っ赤な瞳。視線を落とすと鶏ガラのような細い腕と、自分の意思でグーパーと動く手。


「……どうして」


 死にそびれてしまった。

 今世では誰にも殺されずにひっそりと死のうと思ったのに、どうして私の人生は一度だって上手くいかないのだろう。


「ふぅ……ぐっ……ぅ…………」


 枕に思い切り顔を押し付け、咬み殺すように泣いた。

 苦しかった。息が出来ずに、冷えて鉛のようになっていく身体が上手く動かなくてもがく事も出来ずに、冷たい水底へと落ちていく自分が恐ろしくて怖くて、きっと私はもう二度と入水自殺は出来ない。


「ただい……ぅええ?! どうしたの??」


 ギジリと鳴った音と共に冷たい外気が頬を撫で、扉が開いた事が分かる。

 けれど私は顔も上げず、唸るように泣き続けた。

 つらい、苦しい、しんどい。


「えぇっとぉー……」


 オロオロと右往左往するその人は、やがて椅子を引っ張ってきてベッドの前に腰を下ろし、恐る恐る私の髪を撫でた。


「泣かなくていいよぉ、僕は怖くないよぉ?」


 何度も、繰り返し何度も優しく髪を梳くその手は温かく、やがて私はその心地いい温もりと共に泣き疲れて眠ってしまった。

 再び起きた時には、今度は声の主であろう優しい人が椅子に腰かけたままベッドに突っ伏して寝てしまっていた。


 その人の顔を覗き込む。

 月のようにきらきらと輝く長いまつ毛に、通った鼻筋。薄く開いた形の良い唇からは小さな寝息を立てている。

 まつ毛と同じくきらきらの銀をゆるく編んだ長い髪は背中を通り、椅子で曲がり、床に着いてとぐろを巻き、紫のリボンと毛先に埃を纏わせていた。


 私は彼を起こさないようにそっとベッドから抜け出し、リボンと毛先の埃を払ってベッドに髪をそろりと乗せる。

 椅子の背もたれに無造作に掛けられた上着を彼の肩へ掛け直し、もう一度小屋の中を見回した。


「助けてくれてありがとう。でももう余計な事しないで……」


 暖炉のそばに置いてあるロープを手に取り、その横にある桶にロープを突っ込んで音が鳴らないようにそっと扉を開けた。

 辺りはもう真っ暗で、目の前の森は闇に溶けているように一寸先すら見えない。

 月明かりのないその夜、私はもう一度自分の人生を終わらせるべく森の中へと入って行った。






 しゃくしゃくと枯葉を踏む音と、小さな自分の呼吸だけが響く。

 闇夜の見えづらい視界の中、程よい高さと太さの枝を見つけるのに少し手間取った私は、はっと息を吐いた。


「……見つけた」


 白い吐息をもう一度吐き、枝に近づいてロープを手に取ると桶を逆さまにして置いた。

 桶にのぼって枝にロープを括りつけると、何度も体重をかけて確かめる。

 ジンジンとかじかむ指先に何度もはぁっと息を吐きながら、結び目が解けないように厳重に輪を作った私は、そっとその輪に頭を通した。


 あとは桶を蹴り飛ばすだけ。


 自然と早くなる鼓動と呼吸に、否が応でも滲む恐怖。けれど、ここで死ねたならきっと死体は誰にも見つからず、獣に喰われていくだろう。その時に多少血は出るかもしれないけれど、やがて朽ちた私はロープから落ちて土へと還り、私の血も分からなくなるはずだ。

 もう誰も、私を苦しめたりはしない。

 意を決した私は、軽く桶を蹴り飛ばした……はずだった。


「うわぁあっ!!」


 後ろから巻き付くように抱き締められた私は、自分の体重を首ではなく胃のあたりで感じていた。


「何してんの?! 馬鹿なの?? 死ぬの??!!」


 急いでロープを切った彼は、銀色の髪を揺らして私をゆっくりと地面へ下ろす。

 そしてそのままへなへなと自分も地面へ座りこんでしまった。


「はぁ……なんなんだろうねもぅ……」


 腰が抜けたように脱力した彼は、私の手首を掴んで離さない。

 右へ振っても、左へ振っても、その手はぎゅっと私の手首を掴んだままだった。


「……どうして邪魔するの」


 思わず彼を睨むと、彼は眉を釣りあげて私を引っ張る。そして、ぎゅっと抱きすくめながらキャンキャンと吠えた。


「ねぇ知ってる? 首吊りって実はめっちゃ苦しいんだからね?? 穴という穴から体液が出て汚いし、涙も鼻水も涎もウンコだって垂れ流しまくりだからね??!!」


 そして彼はふぅっとひと息吸込み、優しく私の髪を梳いた。


「バカな子だとは思ってたけど、ここまでバカだと思わなかった……」

「馬鹿……」

「そうだよぉ、自分を大切にしない子は大バカなんだからねぇ」


 彼は私の頭を撫でると立ち上がり、改めて私の手首を掴む。


「さぁ帰ろぉ」


 引きずるように帰路に着く彼は、先程とは打って変わって楽しそうに鼻歌を歌っていた。

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