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第75話 雑草

 楠木と恵が対峙する。


 その緊張感と、今にも逃げ出したくなるような緊迫した空気がこちらにも伝わってくる。


 嫌だ、直視したくない。もう終わりにしてくれ。傷つきたくない。抉られた傷を見たくない。自分の負わせた傷口から湧き出る惨たらしい膿なんて見たくない。鼻が曲がってしまいそうな異臭に、顔が歪む。


 後退りするような素振りを見せる恵に対して、楠木は教室で談笑するときのような朗らかな声色で話した。


「クラス替えして初めて喋ったときさ、あたしの知らないメイクとか、服屋さんとか教えてくれて、この子ちょー上級者じゃんって、そんけー? みたいな感じだったんだ。初めてウチに泊まったときはグラデの付け方なんかも教えてもらって、試しにやってみたらすごい色になって、これはさすがに先生に怒られるなって思って、そんなあたしの髪を見て恵が『かき氷みたいだ』って言って、あたしも変にツボっちゃって笑ったときのこととか、まだ覚えてるよ。あたしが土台用の砂利を探しに行くって言ったときも『子供みたい』って言いつつ、泥まみれになりながらも探してくれたんだよね。全部覚えてるんだ。忘れるわけないんだ」


 ベッドから腰をあげると、楠木は恵の前にふらっと寄り添った。


「ふざけんな、絶対許さない。そうやって、何度も恵のこと嫌いたかった。なのに、そういう過去というか、思い出みたいなものが、邪魔してくるんだもん。佐保山にもね、言われちゃった、あんなことをしたヤツなのにかって」


 楠木が一瞬、俺を見たような気がした。しかしすぐに視線は目の前の友人に戻る。


「けど、しょうがないんだ。根っこがさ、ずっと伸びたい、咲きたいって、暗い土の中から出ようとするの。あはは、あたし、もしかしたら雑草なのかも」

「・・・・・・・・・・・・そんなこと、ない。柚子っちは、雑草なんかじゃない」

「ううん、いいの。雑草でも。あたしはアイビーみたいに立派に咲けなくても、リナリアみたいにキレイじゃなくても、シオンみたいにたおやかじゃなくても・・・・・・サボテンみたいに力強く咲けなくても、あたしは雑草でもいいの。そもそもね、雑草なんて花、この世にはないんだよ。コンクリートに咲く花も、日陰で咲く花も、全部全部、名前があるんだ。だから」


 楠木が一歩、前に出る。


 顔は下げない。


 逃げない。


 ぶつかっても構わない。


 その先には、きっと。


「楠木柚子は、何度だって咲いてみせるよ」


 楽しいことが待っているから。


「柚子っち、なんで・・・・・・アタシ、最低の人間なのに」

「そうはいっても、あたしだって最高の人間でもないから」

「ちょっと意地悪したとか、そういうレベルの話じゃないんだよ!? アタシ、柚子っちに一生残るような傷を負わせたんだよ!?」

「その代わり、一生忘れない思い出もたくさんあるから」

「なんで、なんで・・・・・・」


 恵はそのまま崩れ落ち、自分の顔を両手で覆った。


「なんでそんな、優しくなれるの・・・・・・」

「ギャルはね、優しいもんなんだよ」

「・・・・・・・・・・・・なに、それ」

「このあいだ見たアニメでも言ってたよ、ギャルは誰にでも優しいもんなんだ~って」


 楠木はその場にしゃがんで、恵の頭に手を置いた。


「あたしも、ギャルになりたいから。ギャルでありたいから。誰かの憧れる、ギャルでいたいから」


 その光景を想像できた者などいるだろうか。


 自分を虐め、学校に行きたくない、人と関わりたくない。そこまで自分を追い込んだ加害者に対して、こうも優しく手を伸ばせるなど、誰が想像できただろうか。


「ね、恵。一緒にギャルになろうぜぃって、最初言ってたじゃん。人間さ、変わろうとするのに、遅いとかないんだよ。早いとかもないんだろうけどさ、でも、やっぱり、このままじゃ嫌だって思うなら、今しかないんだよ」

「・・・・・・ッ、柚子っち」

「ね、謝まって? あたしのこと、虐めて、苦しめて、辛い思いさせて、学校にも行けなくさせて、吐かせて、あたしにしたこと、全部謝って?」


 恵が顔をあげる。


「ごめん、柚子っち。ひどいことして、ごめん・・・・・・! ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・!」


 大粒の涙が床に落ちるのと同時、楠木は恵の肩に思い切りパンチした。


 てし、と渇いた音が保健室に響く。


「おし、これで許す!」

「え・・・・・・?」

「あれ? 納得いかない? じゃあもう一発、おりゃ!」


 再び楠木がパンチを繰り出す。


「あたし、辛かったんだぞー!」


 てし。


「家でいっぱい泣いたんだぞー!」


 てし。


「もう・・・・・・二度と前みたいに笑えないって、思ったんだぞー」


 てし。


「誰か助けてって、本当に・・・・・・一人ぼっち、だった・・・・・・ん、だぞ」


 ・・・・・・・・・・・・。


「恵」


 楠木からも、たくさんのものが溢れだした。


「あたしのこと、仲間外れにしないでよ・・・・・・!」

「・・・・・・ッ、うん、うん。もう絶対しないから、アタシ、もう周りに流されたりなんかしないから、自分の気持ち、見失わないようにするから・・・・・・!」


 恵は泣きながら楠木に抱きつく。


「純子とか、他の奴らがまだ柚子っちになんか言うようだったら、アタシが絶対そんな奴ら許さないから、この手でひっぱたいてやるから、だから・・・・・・柚子っちは、学校に戻ってきて」

「うん、ありがと恵。でも、それなら恵もちゃんと学校来てくれなきゃね?」

「・・・・・・あ」

「辞めちゃだめだよ。逃げちゃだめだよ。前向きに行こうよ。あたしたち、一個試練を乗り越えたんじゃん? これまで以上に仲良くなれるって気がしない?」


 赤く腫れた目をこすって、楠木が笑う。


「やっと、ごめんって言える仲になったんじゃん。あたしたち」

「うん・・・・・・!」

「いいギャルになれるよう、一緒に頑張ろうぜぃ」

「柚子っち・・・・・・ッ!」


 恵が泣き崩れると、楠木は困ったように笑いながら、その小さな頭を抱き寄せた。

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