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第65話 土気色のお節介

 そんなことない。


 人と関わることは素晴らしいことだ。


 誰かから何かを貰って、誰かに返す。


 人はそうやって支え合って生きていく。


 そう言えたらどれだけこの先楽だっただろう。


 支えた人間の重みが、体も心も押し潰していく。そのくせ、自分が倒れそうになったとき、誰かがまったく同じ力で支えてくれるとは限らない。


 人を思えば思うほど損をする。




 俺は家に帰り、カバンをベッドに放った。 


「けど」


 いつか返ってくるから、その善意は無駄じゃないから。


 紫苑がそう言ってくれたから、俺はなんとか踏みとどまることができた。それがなかったら、俺はあの日、雨の中どうなっていたか分からない。


 ただ、ここから先は俺も知らない領域だ。


 楠木は確かに優しいやつだ。すぐにお節介を焼きたがる、ごく稀な無償の善意の持ち主だ。


 今まで振りまいてきたものは前回、楠木の元に返ってきた。


 イジメを止める。被害者側の味方をする。それは本来とても難しいことで、クラス一丸となってできることじゃない。


 それでも楠木はそれを成し遂げた。


 楠木のこれまでの功績が、自分を守ったのだ。


 だが、そのせいで楠木は苦しんでいる。返ってきたものの反動と奔流に引きずり込まれ、悪循環に陥っている。


「面倒だ」


 ともすれば、俺も楠木と同意見だった。


 根底にあるのはそもそも、人と関わってしまったからなのだ。


 俺はいつものように窓を閉め、鉢を持って水をやろうとした。 


 しかし、カーテンに花が触れてしまったのか、その拍子に花が床に散らばった。


 あとで掃除機かけないといけないな。


 そんなことを思いながら花に触れる。


 ぽろ。


 また落ちる。


 さすがにおかしいと思い、根っこを調べた。


 ・・・・・・真っ黒だった。


 元の色など思い出せないほどの暗闇に、蝕まれている。 


 もう触れずとも、勝手に花が落ちていく。めくれあがった葉もちぎれ、穴が開き、変色している。


 前に見た黒い葉も、土の表面を覆うように落ちていた。


 土のように見えていたこれは、この花の死骸だったのだ。


 俺はそのとき初めて、花が枯れる瞬間を見た。



 翌日、再び楠木の家に行き昨日の花の件について話してみることにした。


「すまん、枯らしてしまった」


 俺はどんな風に枯れたのかを事細かく説明した。すると楠木は意外にも明るい表情で言った。 


 先日の暗い表情は見えない。


 人と関わりたくないと言っておきながら、どういうことなのだろうか。


 俺とならいい。そんなバカな考えが一瞬だけ浮かんだがすぐに振り払った。


「あーそれは根腐れだね」

「根腐れ?」

「うん。花の病気で、ようは水のあげすぎて根っこが腐っちゃうの。ほとんどの種類でなる病気だから、そんな珍しい事じゃないよ」

「そ、そうなのか。でも、やっぱり俺のせいだな、そしたら」


 しかし楠木は首を振って俺の言うことを否定した。


「自分のせいだって思わないで。だって、水をあげちゃうっていうのは、それだけ優しいってことなんだよ、だからあんまり自分を責めちゃだめ」


 俺が優しい? そんなことあるか。


「でもね、花のことも責めないであげて? その子もたぶん、佐保山の優しさに応えようと懸命に生きようとしたはずだから。誰も悪くないんだよ。みんな頑張ったの」


 楠木の表情には慈しみすら感じた。 


 花のことを話しているときの楠木は、やはり昔のままだ。


「それに、きちんと育ててくれてたんだね・・・・・・。ありがと、佐保山」

「ああ」


 なんなんだ。


 花って、なんなんだよ。


「佐保山は優しいね」

「人並みには、そうなのかもな」


 どれだけ歪であったとしても、受け取る側がそう感じたらそれは救いの手なのかもしれない。


 そもそも、情のない人間に固執する理由がこの世を生きていくうえでないのなら、その言葉をありがたく受け取るのもまた、定理なのだろうか。


 ふと、楠木が俺の袖をつまんだ。そのか弱い力に振り返ると、楠木は捨てられた猫のように俺を見上げていた。


「あんまり、優しくしないで」


 自分の奥歯が軋むのが分かった。


「毎日来るの、大変だよね。ごめんね」

「お前が来いって言ったんだろ」

「うん。佐保山が優しいの知ってて甘えちゃった。ごめん・・・・・・」


 なにが優しくしないで、だよ。


「あたしにそんな資格ないのにね」


 どっちなんだよ。


 お前は、助けてほしくないのか、助けてほしいのか。


 俺は何でこんな奴に振り回されているんだ。


 そもそも花だって、なにも俺に慈しむような愛情があったから育てていたわけじゃない。


 窓際で佇むあの小さな花びらを見るたびに、こいつの顔を思い出していたのだ。


「もう、大丈夫だから。ありがと佐保山」 


 部屋を出る際、楠木は小さな声で言った。


「ばいばい」


 その言葉の意味が分からないわけじゃなかった。


 しかし、俺とこいつはやはり違うと思い知らされる。


 もう会いたくない、そんな人間に別れの挨拶などしない。関わるのが億劫なとき、最善手となるのは沈黙を決めこむこと。煙のように消えてしまえば、あとは楽だからだ。


 俺はもう、あいつに一度手を差し伸べた。


 一緒に花を拾ってやった。人間の視線が密に集まる中、あれはよくやったほうだと自負している。


 楠木は確かに、俺のすべての根源だ。だがその代わり、楠木は俺に色々なことを教えてくれた。


 紫苑ともう一度やり直すことができたのも楠木のおかげだ。楠木が俺にいらないお節介を焼いたおかげで、俺はこうして今を生きている。


 それが今はなんだ。まるで俺と楠木、立場が逆じゃないか。


 あの日俺を救ってくれた笑顔はなんだったんだ?


 俺が恋した人間は、なんだったんだ?


「明日も来るからな」


 鬼灯。


 確かにお前の言う通り、俺が今からしようとしていることは正解にはならないのかもしれない。


 恨むなら楠木を恨め。


 あいつが俺に教えたお節介っていうのは多分。


 こういうことなんだ。


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