第45話 天才
『そうなんですね。わかりました、体育祭委員の仕事頑張ってください』
放課後一緒に帰ることができなくなったという旨のメッセージに返信が来る。
すまん。と、俺も一言返すと、デフォルメ体のクマがOKと書かれた看板を持ったスタンプが送られてきた。
前もこのクマのスタンプが送られてきたことがあるが、紫苑はもしかしてクマが好きなんだろうか? 今度聞いてみるか。
「あー!」
「うわぁっ!?」
すると突然、後ろから素っ頓狂な声があがる。
「もしかしてサボテンくん! それ彼女!? ねぇ! 彼女でしょ!」
「人のスマホを覗き見するな!」
いつのまにか俺の後ろに回った杉菜がキラキラと目を輝かせていた。
俺は結局、体育祭委員という仕事を受け入れ、放課後はこうして教室に残って作業を進めていた。
「ポスターはできたのかよ」
「ぜんっぜん!」
そして俺の期間限定の相棒である杉菜というと、あれほど体育祭をより良いものにしようと張り切っていたくせに、町内に張る宣伝用のポスターを任されてからずっとその辺をせわしなく歩き回っている。
「さっさと書いてしまえよ。五時までには帰るんだからな」
「おーサボテンくん真面目ー」
逆に俺は早く帰りたいがために一番仕事を進めているという始末である。
「ってえ! そんなことより! サボテンくん、さっきのメール彼女からでしょ!?」
「だったらなんだよ。そんなベタベタ近づくな暑苦しい」
「へー! サボテンくん彼女いるんだー! えっ、いつからいつから!?」
「話す義理が何一つ見当たらない。しっしっ」
俺は背中にへばりつく杉菜を引き剥がし手で払う。
「こんな美少女を前にしっしっとは、サボテンくん彼女がいるからって余裕か!? 余裕なのか!?」
他に誰もいないとはいえあまり教室で騒がないで欲しい。
「いいからポスター書けって。これ終わったら帰っていいって言われてんだから」
「だってぇ、つくしちゃん何でもできる天才だけど・・・・・・絵だけは苦手なんだもん」
「それを何でもできるとは言わない。世迷言を言ってないでとにかく手を動かせ。この際クリティなんてどうだっていいんだよ」
「でもつくしちゃん、ほんとに絵下手っぴだよ?」
そう言って杉菜は後ろに隠していた紙を遠慮がちに差し出した。
そこに描かれていたのは体の向きからは有り得ない箇所から生えた何故か三本ある手がいくつもの関節により屈折し、足は何故か後ろに向かって生えてしまっている。走っている構図を描きたかったんだろうが、これでは程度の低いケンタウロスだ。
「・・・・・・ピカソだって死んだあとに評価されたんだから、その絵も杉菜が死んだあと世に出て人々に絶賛されるかもしれないだろ。俺達素人には分からない良さがあるんだよきっと」
俺なりの最大のフォロー。
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
嘘である。
「そっかぁ! なんかそう言われたらやる気出てきた! つくしちゃんの芸術家魂、いっちょ魅せたりますか! 百年後の人類、待ってろよー!」
うおー! と、雄たけびをあげて、ようやくペンを握ってくれた杉菜。
ちなみに、あの絵ではリテイクを貰うこと間違いないだろう。博物館を開くわけでもないのだからあんな摩訶不思議な絵では集客は見込めない。
そうして先程までやかましかった杉菜は、絵に集中するなりすっかり静かになってしまった。
それを見届け。ようやく俺も自分の仕事に戻れる。
とりあえず、体育祭のポスターなんて、人と青空と太陽。あとはバトンか綱引きか玉入れを適当に書いておけば間違いはないのだ。
俺も絵は得意ではないが、課題を最大限の労力でクリアする妥協術くらいなら身に着けている。
さっさと終わらせて帰ろう。
「できた!」
「はえぇよ!」
先程からものの五分程度しか経っていない、だが、杉菜の机を見ると紙にはケンタウロスがいつのまにか増殖しており、その周りにも謎の生物がたくさん書かれていて、見た目のインパクトだけなら一級品だった。
「つくしちゃん天才すぎ!」
自分の書いた絵を見てうっとりしている杉菜。
「って、あれあれ~? サボテンくんまだ終わってないの~? ふっふっふ、まぁ凡人には時間かかっちゃうかな~」
「はいはい」
明日、先生に呼び出しをくらってその絵を突きつけられる杉菜を想像すると面白すぎて笑ってしまう。むしろ煽り文句が前振りにしか聞こえない。
「ほらほらー早く帰りたいんでしょ? それとも、もしかしてつくしちゃんと一緒にいたいからってわざと遅く書いてる? あーん! もう、モテる女って罪!」
「終わったなら静かにしてろよな」
俺はそんな杉菜を後目に自分の作業に集中することにした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「うふん」
「・・・・・・」
「あは~ん」
「・・・・・・」
「いやぁ~ん」
「変な声を出すな!」
俺の後ろでなにやらごそごそしている杉菜の方を見ると、一昔、いや、大昔に流行っただっちゅう~の、のポーズをしていた。お前何歳だよ。
「きゃあっ! えっち!」
「いいか、えっちでもなんでもないし。耳障りだから、目障りだから動くな、息を潜めろ」
「だってぇ、暇なんだもん」
「俺ももう少しで終わるからちょっとは我慢しろ」
二人終わらないと帰れないからと、俺達を嘲笑うように言った担任の顔が思い浮かぶ。
あぁ、本当にさっさと終わらせてしまおう。
再びその変を再びぷらぷら歩き回り始めた杉菜をなるべく視界に入れないようにしてペンを走らせる。
「そういえば、宇宙の外側ってどうなってると思う?」
「・・・・・・」
「私が今壁にぶつかってすり抜ける確率ってどれくらいあるかな」
「・・・・・・」
「可能か不可能すら分からない事象に確率をつけるのは人間の希望的観測によるものだと思うんだけど。宇宙人だってこれだけ母数が溢れかえっているのだから発見はできていないけどいるに違いないっていうじゃん? でもそれって人間が希望を持っているからであって、そうなってくるとどんなことでも確率はゼロじゃないってことになっちゃうよね。結局、どんな検証にも人間が干渉しちゃうだけで正確なデータは永劫取る事なんてできなくって、あとあと――」
俺は確信した。
杉菜は、みなが寝静まっても一人だけペラペラと明け方まで喋りつづけるタイプの人間だ。
そういう奴に付き合っているとこちらまで体力を浪費してしまうことになる。無視だ無視。全部聞き流せ。
無心でペンを動かす。
「できた」
俺は自分の紙を掲げて、背後にいた杉菜に見せてやる。
「おお! サボテンくん、意外とこういうの得意? 上手だよ!」
「まぁ、そこそこかな」
適当に終わらせるつもりが、思ったよりも手をかけてしまっていた。
そんな自分でもなかなかの出来と自負するその絵を褒められて、悪い気ではなかった。
「おし、じゃあさっさと帰るぞ」
「もう、サボテンくん今日そればっかりなんだから! つくしちゃんとのひと時をもっと大事にしないと後悔するよ? ・・・・・・ってもういないし!」
扉の向こうから聞こえてくる「待ってよー!」という声を背中で感じながら、俺は体育祭委員のどうしようもなくくだらない一日目の仕事を終わらせた。
「ん?」
階段を降りている途中、窓の外で流れ星が光った気がして足を止めた。それはよく見ると人で、誰もいないグラウンドをひたすら走っていた。
「もう、待ってって言ったのに」
息を切らせた杉菜が遅れてやってくる。追いかけてきたようだ。
「ってサボテンくん、なに見てるの?」
「いや・・・・・・」
「あ、もしかしてあれ? すごいよね。ホームルーム終わってすぐにもう走りはじめてたからかれこれ3時間くらい経ってるよ」
低い背丈では窓の外が見えないのか子供のように伸びをして様子を窺う杉菜。
俺はというと、その光景を自分でも形容しえない感情で見ていた。
俺は知っていた。実はそいつは今日だけでなく、ずっと前からあそこで1人練習をしているのを。色識さんと帰っているときも何度も見かけた。
「チッ」
ぎこちない舌打ちをして踵を返す。
見なければよかった。




