第33話 ギャルがオタク
「ねね、次ゲーム買いたい! あの、ぱそこんでやるやつ!」
ぱそこん、と明らかに普段から呼びなれていないであろう舌ったらずな感じで言う楠木はアニメイキングを出てすぐそばにある階段を指差した。
その先に通じるのは「かばのあな」と呼ばれるアニメイキングと似たようなオタクご用達の店だが、アニメのグッズなどはあまりなく、どちらかと言えば本やゲーム、そして同人誌などを主に売っている場所だ。
それなら最初からかばのあなでよかったんじゃないかという疑問は心の中にしまって、
「別にいいが、どんなのが欲しいんだ? PCゲーといったって色んなものがあるぞ」
「そうそう! それなんだけどね? なんかぎゃるげぇ? っていうのがあるらしいじゃん! あたしも自分で言うのもアレだけどギャルの端くれだからさ、一度はやってみたいんだよねっ」
ぎゃるげぇ、とまたしてもふにゃふにゃした言い方につい笑ってしまう。「なんで笑うの」と頬を膨らませる楠木が可笑しくて更に笑ってしまう。
「いや、いいんじゃないかギャルゲー。一度やってみたらいい」
多分ギャルゲーがどういうゲームか分かってないんだろうな。とそんなことを考えながら俺と楠木は階段を昇り、かばのあなへと入っていく。
可愛らしいかばのキャラクターが書かれた垂れ幕が俺達を出迎えてくれ、無駄に多いガシャポンの群れを通り過ぎる。
「ぎゃるげぇはどこ?」
キョロキョロと、オシャレな恰好をしたギャルが、かばのあなでギャルゲーを探す様はなんとも面白い。案の定、アニメイキング同様他の客がジロジロと楠木を見ている。こんな奇天烈な光景そりゃ見てしまうだろうが、その客の視線はどこか、楠木の履いている短いスカートに向けられている気がした。
「確か奥の方だったと思うが」
「ふんふん。佐保山もぎゃるげぇってやったことあるの?」
そりゃバリバリ。
なんて口には出さず。
「たま~にな」
「たま~に?」
「あぁ。たま~に」
「ふぅん」
三回ほど頷いてそれっきり何も言わなくなる楠木。最近気づいたが、楠木はこういう、聞いておいて、一人で勝手に納得して話を打ち切るということが多い。
別にそれについてとやかく言ううつもりはないがなんというか、こう・・・・・もやもやする。
「あっ、もしかしてアレじゃない!?」
すると俺の隣のギャルはぴょこんと一度跳ねたかと思うとそのまま子供のように美少女が描かれた大きな箱が並べられたコーナーへ走っていった。
「おい、店内で走・・・・・・」
そこで俺はつい足を止めてしまった。
そしてそれと同時に、元気に駆け寄っていった楠木も、棚の前で固まってしまっていた。
楠木が向かったところはギャルゲーコーナーではない。いや、多分ギャルゲーも何個かは混じってるとは思うが。
楠木の隣まで行くと、黄色の髪の下にある顔が赤く染まっているのが分かった。
長いまつ毛が覆う大きな瞳にはいっぱいに広がる肌色が反射していた。
ここは。
エロゲコーナーだ。
「あっ、なっ・・・・・・こ、えっ?」
完全に動揺しきっている楠木。ギャルなんだからこれくらいのものには免疫があると思っていたのだが、この様子を見るとそうではないらしい。
俺はそんな楠木を見て、ちょっとした悪戯心が湧いてしまった。
「へぇ、楠木はこういうゲームがやりたかったのか」
「ちっ、違うからっ! あっ、あたしっ!」
両手をブンブンと大袈裟に振って全力で否定する楠木は顔を真っ赤にさせていた。
「たっ、たまたまっ! たまたまここがそ、そういうんであああたしは・・・・・・!」
「へぇ、たまたまねぇ」
「なっ、なにその顔はっ! し、知らないんだからしょうがないじゃんっ!」
「分かったよ。そういうことにしておく」
俺が「ふぅん」と鼻を鳴らして肩をすくめると、楠木は体をぷるぷると震わせ、大きな瞳は少し潤んでいるようにも見えた。
しまった、やりすぎたか?
普段人をからかうなんてことはしないので加減が分からない。もしかして俺はからかうという行為の境界線を越えてしまったのかもしれない。それならば申し訳ないことをした。
「さ、佐保山はなんでそんな平気な顔してられるの? まさかこういうのやったことあるんじゃ・・・・・・」
「えっ、俺か?」
突然こちらに話を振られて焦ってしまうが、ここは冷静に対処しよう。
「や、やったことないが」
どもってしまった。全然冷静じゃない。
「じー」
「なんだよその目は」
「佐保山あるんだ。こういうゲーム、やったことあるんだ」
「ないって言ってるだろ」
「自分じゃ気付いてないかもしれないけど、佐保山は嘘つくとき大体視線を斜め上に泳がすからすぐわかるよ」
「まさか。俺は吐いた嘘がバレないようにあえて視線は固定するようにしている。どちらかというと左の掌をズボンで拭うのが癖だ。あっ」
俺がそういうと、楠木の視線が下へ移動し、現在進行形でズボンに擦り付けられている左の掌を凝視していた。
「やったこと・・・・・・あるんだ・・・・・・」
うっかり自分で口にしてしまった癖。ついでにバレてしまったエロゲプレイ済みの実績。俺はもう面倒くさくなってしまって、
「あぁ、あるよ。いいだろ、別に」
半ばやけくそに言い放ってしまっていた。
「まぁ、男の子だしね。ふぅん。そう。へぇ」
「なんだよその言い方は。それに俺はこういうのをそういう目的で買ってるんじゃないんだよ」
「んー? そういう目的って、なに? なにかな?」
少しずつ余裕が出てきたのか、楠木が俺をからかうモードに入っていた。
俺はもう、楠木の質問は無視して話を続ける。
「エロゲっていうのはそういう行為の描写もあるビジュアルノベルのことで、そりゃもう素晴らしいストーリーのゲームが量産されているんだ。泣きゲーだとか燃えゲーだとか色々あって、キャラもフルボイスで喋ってくれるから活字を読むのが苦手な人間でも簡単に文字を追うことができるんだよ。だからエロゲというのは決して邪な理由だけで買うようなものじゃないんだ。それにエロゲっていうのはだな・・・・・・」
「ちょっ、ちょっと。わかった、わかったから佐保山」
熱く語る俺の言葉を楠木の声が遮る。オタク特有の自分の好きなことを語るときの歯止めの利かなさが顕著に表れてしまった。会話弱者故の暴走である。
しかし、次に楠木の口から放たれた言葉も、同じように暴走と捉えても仕方のないものだった。
「か、買う」
楠木は意を決して目の前の棚に並べられた一番近くのソフトに手を伸ばした。
「あたしこれ買う」
「いや何言ってんだよ。買うってお前これ・・・・・・」
楠木が手に持っていたのはこの中でもかなり肌色強めなパッケージのソフト「お嬢様学園~触手とオークの淫らな授業~」というぶっ飛んだタイトルのゲームだった。
「だって、素晴らしいストーリーなんでしょ?」
「そういうのもあるって話だよ。こんなみるからに抜き目的なゲームにシナリオもクソもあるわけないだろ」
「・・・・・・抜きってなに?」
純粋な子供のような目を向けられてしまいとてつもない罪悪感が湧いてきた。そうか、こいつはこういう奴だった。
ギャルのくせに、純情な乙女のような奴なのだ。
「とにかくあたし、これ買ってくるから」
「いや待て、ギャルゲーはどうしたんだよ」
「ぎゃるげぇはまた今度にする。今日はこのエ、エ・・・・・・んんっ、ゲーにする」
エロゲーという単語すらまともに声にできない奴が何を言っているのだろうか。
「とにかくそれはやめとけ、というかエロゲーはやめとけ。女子がやったってなにも楽しくないだろ」
「でも・・・・・・あたしこれがいい」
なんとか説得しようとするも何故か楠木は食い下がらない。
その様子を見て本当にこいつはエロゲに興味を持ってしまったのかと一瞬思ってしまうが。顔を赤くして恥ずかしさで今にも泣きだしそうな楠木を見ていたらその仮説はありえない。
理由はわからないが、何故だか無理しているようにも見えたのだ。
だから俺は楠木を納得させるための最終兵器を使うことにした。
「楠木はタバコと酒はやるか?」
そんな俺の突然の質問に楠木は一度考えるような素振りを見せた後、
「やるわけないじゃん。だってまだ二十歳じゃないもん」
「だよな」
俺は内心ホッとする。ここで「バリバリやってるよ~マジ卍」なんて急にギャルとしての本性出されていたら打つ手がなかった。
「エロゲはな、十八禁なんだよ。当たり前だが、意外と忘れている奴が多い」
「そ、そうだね。じゅうはっ・・・・・・んんっ、だね」
十八禁も言えないのか・・・・・・。
「だから、俺達高校生はまだ買えないだろ」
「でも佐保山は買ってるんだよね?」
「前まではな。実は一度注意を受けてな、それから買ってない」
「そうなんだ」
「ああ」
通販サイト以外ではな。
「だから俺達高校生がエロゲーをやるのは未成年飲酒や喫煙と同じ行為で、違法なんだよ」
俺の違法という言葉に楠木の純粋な精神が揺さぶられたらしく体がピクリと動いた。
「そ、そうなんだ」
「ああ、だからそれはやめておけ。せめて高校を卒業したらだな」
楠木は「うーん」と唸って、
「わかった。やめとく」
渋々、と言った様子で納得はしていない様子だったがなんとかその手に持った如何わしいソフトは棚に戻してくれたみたいだ。
まさか本当にエロゲをやりたかったわけじゃ・・・・・・いやまさかな。
その後もかばのあなの中を楠木と見て回ったが、どうもお互い落ち着かずに、終始そわそわしていたのである。




