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第29話 まるで青春のように

 昼休みになるとそれぞれ弁当組と学食組、そして購買組に散らばる。うちのクラスはどうやら購買と学食が多いらしい。財布を握りしめた奴らがいくつかのグループになって教室を出て行く。


 俺はと言うと本来ならばそいつらと同じ購買組で、安いチョココロネと余った黒糖のパンを買いに行かなければならないのだが。


 窓際の席で弁当を二つ持った黄色のギャルと目が合う。


 今日も俺は楠木のお手製弁当をご馳走になるという訳だ。


「あれ!? 柚子っちなんで弁当二つも持ってんの?」


 そこへ他のギャルが大きな声で絡みに来る。 


「へっ? あっ、これはちがっ! 一人で、一人で食べる用! あたしちょっと痩せすぎだから・・・・・・絶賛増量中なのっ!」

「えー!? なんでぇ? それで痩せすぎってありえないんですけど~。柚子っちくらいの肉付きのほうが男子は絶対好きだって。エロエロじゃんマジ」

「ばか!」


 そんなやり取りが聞こえてくる。


「わかった! 彼氏、彼氏っしょ! それしかありえんわ!」

「もう、違うってば」

「え~? でも一人で二つの弁当とかありえないっしょ。柚子っちなに隠してんのさ~」


 執拗に踏み込んでくるそのギャル仲間に楠木は笑いながらも眉をひそませ、困っているように見えた。


「俺が頼んだ」


 俺は気付くと、自分の席を立ち楠木の前へと躍り出ていた。


 楠木も、隣のギャルも、ポカンと俺を怪訝に見つめていた。


「俺が、弁当を作ってきてくれと頼んだんだ」

「え、えっ、佐保山・・・・・・?」


 楠木は当然の如く困惑。


 俺だって自分の行動原理に未だ疑問を抱いている。どうしてこんなことをしたのか。黙って教室を出ていれば、よかっただろうに


 だが、楠木が俺に弁当を作ってくれているという『善意』が『悪意』によってからかわれているのは明らかだった。それは俺の最も忌み嫌う、敵視する行為。そして、怯えていた行為だ。


「え、柚子っちマジなん?」

「う、うん。というかあたしから言ったというかなんというか・・・・・・」


 楠木は二つの弁当を握りしめ、いつもの元気はどこへやらすっかり小さくなってしまっていた。


「柚子っち照れすぎでしょ。てかうっわ、この反応だとガチなん? え? これ? もしかしてこれなん?」


 そう言ってそのギャルは自分の小指を立ててこちらに見せる。


「別にそういうんじゃない。俺、一人暮らしだからさ。結構金とか食生活に困ってんだよ。だから施しを受けているだけだ」

「は、サボテン一人暮らしなん!? 知らんかったわ~ウケる」


 そりゃあ言ってないしそもそも話すのもこれが初めてだしな。


 何がウケるのかは言及しない。あれはギャルの謂わば鳴き声のようなものだからだ。


「じゃあなに、一緒に飯食ってんの?」

「まぁな」

「たはーっ! なる、そういうこと! だっけ最近柚子っち全然ウチらと昼食べてくれなかったん!?」

「う、うん」


 そう言って、小麦色に焼けた手で茶色の髪をかき分け、楠木と俺のことを交互に見るギャル。


「まぁ・・・・・・いいや。柚子っちも嫌じゃなさそうだし。サボテンにそんな度胸があるとは思えないし」

「なんの話だ?」

「サボテン、童貞っしょ?」

「なっ!」


 真昼間だというのに突然飛び出てきた不躾な言葉に俺は口を開けっぱなしで固まってしまう。


「ちょっ、なに赤くなってんの。んなもん見れば分かるってオーラばりばり出てるし、マジウケるんですけど。ねぇ? 柚子っち」

「えっ? あはは、うーん?」


 何故か楠木まで顔を赤くしていた。 


 というか、楠木は三人での会話だとちょっと・・・・・・いや、かなり大人しいように見える。またもや新たな発見。


 そもそも、俺。三人での会話なんていつぶりだ?


 記憶を辿るも、全く出てこない。


 だが、それもそうだ。三人以上の会話は、人の輪を作らない限り決して生まれない。人からできる限り避けていた俺にそんな機会巡ってくるはずなどなかったのだ。


「童貞クンじゃ柚子っちに惚れこんじゃうのも分かるわ、なんか母ちゃんみたいだし」

「ちょっとめぐみ、もういいでしょ?」


 恵、なるほど。この肌の焼けたギャルは恵というのか。


 外見に似合わず可愛らしい名前をしているギャルと覚えておこう。


「はいはい、あーしもう行くわ。柚子っちこないんしょ?」

「うん。ごめんね」

「いいよ、みんなに言っとくから」


 そのやり取りを見て、二人の仲の良さが少し垣間見えた気がした。


「じゃあ頑張れ童貞クン」

「それやめろ」


 俺がそう言うと短いスカートを揺らして「ウケる」と鳴いて教室を出て行った。


「ねぇ佐保山」

「なんだ?」


 楠木が俺をじぃっと見てくる。いつもは外とか、別の場所でしか話さないから。他にも生徒がいる、そして普段授業を受けているこの場所で楠木とこうして面と向かって会話するのはどうも新鮮な感じだ。


「なんか、いいことでもあった?」

「なんでそう思うんだ?」

「だって今日の朝だって、あたしに挨拶してくれたし。今だって、みんなの前で話しかけられるのあんなに嫌がってたのに佐保山の方から・・・・・・」

「いいことじゃないか」

「うん、いいこと。いいことだから。なんかいいことあったのかなぁって」

「なんだそれ」


 すでにゲジュタルト崩壊した楠木の言葉に俺は笑う。


 その俺の顔を見て、一層楠木の顔が不思議なものになっていく。

 例えるなら、そう。水族館でクラゲを見ている時。奇妙で、不可解で、理解し難いものなのに、美しく光るそのクラゲを見ている時の表情。


 口を開けて、目を丸くして、驚いたように、だけど口元は緩んで。


「今日は、ここで食うか」


 俺は楠木の席に椅子を持ってきて腰かける。


「え、えぇ!? あそこじゃなくていいの?」

「まぁ、たまにはな。それに今日はいつもと違うことをしたい気分なんだ」

「変なの」


 その言葉の後、楠木は「でも」とつけて、


「いいね、それ」


 ひひ、といつものように笑った。


 俺は自分の椅子を引っ張ってきて、楠木の向かいに腰かけた。


 周りの視線は少なからず感じるが、気にしない。


 いや、気にはする。めちゃめちゃする。誰かが俺を見ていると分かると一挙手一投足に気を配らなければいけない。


 それでも、俺の『勇気』が実ることを信じて。


「あっ」


 そんな思いに耽っていると楠木が手を滑らせ、弁当の蓋がこちらに転がってくる。


「大丈夫か?」

「あはは、うん。ちょっときんちょ・・・・・・じゃなくて、ぼーっとしてた。ごめんごめん」

「いいけどな。ほら」


 楠木に蓋を渡す。


「ありがと」


 遠慮がちに指で挟んで受け取った楠木はどうしてか一度俺の顔を見て、すぐに目を逸らした。


 今まで感じたことのない異様な雰囲気に包まれた俺は、どうにも話すべきことが見つからずに黙々と箸を進めていた。


 そして無言が少し続いた後。


「こちらこそ、ありがとう」 


 特に意識したわけではない。すっと、口から漏れていた。


 楠木は箸を口に入れたまま可愛らしく首を傾げて見せる。


「いつも弁当を作ってくれて、だいぶ助かってる。だから、あ・・・・・・りがとう」


 今度は意識的に、言葉を続けた。


 こんな改まった礼を誰かに言うのはいつ振りだろうか。おかげで声がうまく喉を通ってくれなくて語尾でつっかえてしまう。


 そんな俺の不器用な言葉にも楠木は無邪気に笑って、


「うんっ、どういたしまして!」


 その笑顔が見れただけでも言った甲斐はあったと、そう思った。

 


 談笑とはいかないまでもぎこちなくつぎはぎの会話を続ける俺たち。今思えば会話の切り口はいつも楠木のほうだったので、何故か今回ばかりはしおらしく丸まってる楠木はまるで役には立っていない。


 いつもなら少しの無言くらいどうってことない、それどころか居心地の良ささえ感じていた。しかし今はどうにもこの会話がない状態が気まずかった。


 話のきっかけを探しながら肉じゃがを箸で突っつていると。


「あ、柚子せんぱぁ~い」


 教室の入り口から甘えた猫のような声が聞こえてきた。


「あ、百合ゆり


 柚子がそう呟き、俺も声の方へと視線を向けると


 背丈のちっこいギャルがそれはもうキラッキラした笑顔で手を振っていた。そしてそのままこちらへ向かってくる。上の学年の教室に入るのには全く躊躇がないらしい。


「柚子先輩やっと見つけましたぁ~! ここのところ教室見に来てもいないんですもん」

「え、いつも来てくれてたの? わざわざごめんね」

「いえ! こうして会えたので、嬉しいです~せんぱぁ~い♡」

「おーよしよし」


 猫のような声をあげた百合は猫のように楠木に抱きつき猫のように頬を擦り付けていた。ゴロゴロと喉を鳴らす音まで聞こえてきそうな勢いで。


 そしてその猫みたいな奴が鋭い視線で俺を射貫いてくる。


「わ、もしかしてお邪魔でしたか?」

「そんなことないけど、どうしたの?」

「実は・・・・・・私も柚子先輩と一緒にご飯食べたくて・・・・・・ダメですか?」

「えっ? うーんと」


 そう言って楠木が俺の顔色を窺うように見てくる。楠木はどちらかというと、犬だな。


「俺は別に構わないぞ」

「だって。じゃあ一緒に食べよっか」

「ありがとうございます~! ごめんなさい彼氏さん、お邪魔します~!」

「ちょっと百合、彼氏じゃないって!」

「あれ? そうなんですかぁ? いけない私ったら先走っちゃって・・・・・・」


 両手を胸の前で握って楠木を上目遣いで見る。背景にはキラキラとお星さまが散って見える。ような気がするほどの媚っぷりだ。


 百合はその辺にいた男子生徒に「椅子借りてもいいですかぁ?」と言って年上にも物怖じせず見事椅子を拝借していた。というかむしろその男子生徒は百合にメロメロのようだった。おいおい。


 そして俺と楠木の間に椅子を置き、ちょこんと可愛らしく座って、俺にしか聞こえないような小さい、ドスの効かせた声で言った。


「まぁ、彼氏なんてありえないっすよね」

「ん? 百合、なんて?」

「いえ! 佐保山先輩っ、よろしくお願いしますっ♡」


 満面の笑み。怖いぐらいに。


「あぁ。鬼灯ほおづき・・・・・・痛っ!」

「? 佐保山どうしたの?」

「いや、なんでも。よろしく、百合」


 苗字で読んだ瞬間、容赦のない蹴りが脛に直撃した。楠木からは見えていないようで百合も笑顔を崩さないでいた。


「あれ? というか百合と佐保山って知り合いなの?」

「はいっ! とってもカッコイイ先輩がいるなぁ~って密かにチェックしてて、この前私から声をかけたんですっ!」


 どの口が言うんだ。俺は忘れてないぞ。外見ばかりか人格まで否定されたことを。


「ふ、ふーん。そうなんだ。よかったじゃん佐保山」

「いや、よくはな・・・・・・だから痛ぇって!」


 また脛を蹴られた。しかも踵落とし。


「佐保山どうしたの?」

「ちょっと~佐保山先輩、暴れちゃだめですよ食事中なんですから」


 こいつ・・・・・・。


「いや、悪い。ちょっと持病の発作が」

「なにそれ」


 楠木は口に手を当ててくすくすと笑っていた。


「ところで。佐保山先輩のお弁当、とっても可愛いですね。それに美味しそうです」

「あぁ、これは楠木に作ってもらったんだ」

「は!? ん、んっ・・・・・・そ、そうなんですかぁ~」


 今、素が出たな。


「やっぱ彼氏じゃないですかもぉ~」

「か、彼氏とかそういうんじゃないからっ! ほんとにっ、佐保山一人暮らしだから、ご飯とか大変みたいでっ、だからっ、ちょっとでも助けになれたらなって!」

「痛・・・・・・っ!」


 蹴られた。俺なにもしてなくないか?


「あーもう柚子先輩ほんと優しいですね~! そんなところが百合、大好きですっ!」

「わ、告白されちゃった! えーっと、末永くよろしくお願いします、なんて」

「きゃー! もう柚子先輩ったらそんな、私だって一生。いえ、この宇宙が縮小を終えた後でも柚子先輩のこと愛していますっ!」


 そんな百合の言葉に「重い愛だなぁ」と笑って返す楠木。


 気を付けろよ、そいつ『マジ』だからな。


「そういえば佐保山先輩」

「ん? なんだ?」


 さっきまで楠木と話していた百合が突然俺に話を振ってきた。


 こっちに来るとは思っていなかったので準備ができていなかったが、なんとか反応することはできた。三人での会話はこういうところが難しい。


「佐保山先輩って、私のことは百合って呼び捨てなのに、柚子先輩のことは苗字で呼ぶんですね」

「ん? まぁそうだな」

「なんでですか?」

「いや、なんでと言われても」


 特にこれといった理由などありはしない。強いて言うなら、最初に苗字で呼んだから、それだけだ。変え時もなかったし、別にどっちで呼んだって大して違いはないだろう。


「えー? 苗字よりも名前で呼んだほうが仲良い感じしませんか? ねぇ佐保山先輩、名前で呼びましょうよ~。ねえ柚子先輩。柚子先輩も名前で呼ばれた方がいいですよね?」

「ええ? うーん、あたしは別にどっちでもいいかな」


 そう言って困った顔をする楠木。


 俺はといえば、魔が差した。という言い方は違うかもしれない。


 だが今日はいつもの日常とは違って、色々なことに気付き、そして色々なことに挑戦している日だ。だからまたいつもと違ったことをしてみようと、そう思ったのだ。


「柚子」


 ぼそっと、しかし楠木にはきちんと聞こえるようなボリュームでそう呟いた。


 苗字だろうと名前だろうと大して変わらない。その解釈は間違いだったということを思い知らされる。


 柚子。普段呼ばないその二文字を口にした途端、なにか喉につっかえたような。魚の骨が刺さったまま取れない。そんな感覚があった。


 この何ともいえないむず痒さに耐え切れず、早く応えてくれと心の中で叫んだ。


 すると、


「ふぇっ・・・・・・」


 気の抜けたような声を出した楠木は箸でトマトを持ったまま、そのトマトよりも顔を赤くしていた。


「あっ、えぇっ? な、なに? 急に、びっ、びっくりした・・・・・・」


 楠木は箸を置き、自分の顔を手で扇いでいた。


「いや、やっぱりいつもの呼び方のほうがいいな、楠木」


「そうだね、ちょっと。破壊力が・・・・・・じゃなくて違和感がすごい」


 そんな俺達の様子を百合は何故か睨むように見ていた。主に俺を、だが。


 だがそんな表情は一瞬だけで、


「先輩達本当に仲良いですねっ! 羨ましいですぅ~」


 すぐにあの猫なで声で対応するのであった。


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