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第25話 彼女の告白

「美味しかったですね」

「そうだな」


 とは言うが先程放たれた色識さんの言葉に俺の舌はマヒしてしまったようで、パスタを食べたはずなのだが口にはふやけたゴムを噛み続けたような感触が残っているだけだった。


 おかしい。前までこれくらい言われたくらいじゃ特になんともなかったのに。


 そうしていい時間になり、俺と色識さんは映画館へ向かう。


 中へ入ると映画館独特の香りがしてきてつい気分が高ぶってしまうが今日はそもそも重苦しい悲恋モノの映画を見に来たのであって、そういったテンションは似つかわしくないと思い努めて冷静に「受付してくる」と言ってカウンターへと赴いた。


 チケットを渡すと席の案内をされる。別に俺は真ん中でもはじっこでもどこでもいいのだが、色識さんはどうなのだろう。聞いておけばよかった。こういうところが気が利かない。


「カップル座席というものもございますが」

「いやっ、いいです」


 上ずった声で遠慮しておく。ふざけた店員だ。余計なことは言わずに必要な応答だけしていればいいのに。


 結局俺は真ん中より少し後ろの、一番端を選んだ。


「待たせた。ここでいいか?」


 受け取った券上映券を見せる。


「はい。大丈夫ですっ」

「そうか。もう行くか? それとも何か買ってからにするか?」


 せっかく映画館に来たのだ。値段設定の崩壊した秩序のない売店に行くのも悪くない。


「いえ。私は大丈夫です」


 と、少しばかり硬い表情の色識さん。


 あぁ、そうか。色識さんはこの映画が楽しみだと言っていた。つまり何か食べながらではなく真剣に視聴したいのだろう。


 そう、思ったのだが。


「私、映画館のポップコーンが大好きで、つい買いすぎちゃうんです。前なんて一人でMサイズを三個も買っちゃって」

「えっ?」


 Mサイズって、結構デカイぞ。それを一人でだなんて。


「あっ、でも上映中は食べませんよっ? 上映を待ってるとき外で予告編見ながら・・・・・・こう、ぽりぽりと」


 三つのカップを持って一生懸命ポップコーン食べる色識さんを想像して、冬眠前にどんぐりを一生懸命頬張るリスを連想してしまう。


「そうか。それじゃあ今回は何も買わずにさっさと入ってしまうか」

「はいっ」


 俺の後を、とてとてと色識さんがついてくる。


 中へ入ると、まだ人は多くなく予告の映像がスクリーンに映し出されていた。

 席を見つけると色識さんが端っこ、その隣に俺が据わる形となる。別に色識さんの隣に知らない誰かが座ることが気にくわないとかそういうんではない。たまたまだ。


 さきほどはカップル座席なんてものを勧められたが、普通の座席でもかなり隣との距離は近い。少し首を傾けるだけで色識さんの華奢な肩に当たりそうになってしまう。


「楽しみですね」

「そうだな」


 わくわくを隠し切れないといった様子の色識さんに、俺は別にそこまで楽しみではないという感情はなるべく表に出さないよう相槌を打った。



 終わってみれば、館内は切ないピアノのメロディとスタッフロール、そして大勢の啜り泣きに包まれていた。


 悲恋ものだと思っていたその映画は、最後は主人公が恋人を突き放し、独り病室で息を引き取るという結末だった。


絶命する寸前に主人公が「会いたいよ・・・・・・」と涙を流したのは、人を好きになる気持ちが人間の死をほんの少しだけ上回ったような、そんな感じがして単なるバッドエンドではないんだな、と普段からこういったものを見ない俺でもそれは感じ取れた。


 スタッフロールが終わると、主人公の葬式のシーンへ。そこに恋人が現れる。


 動かなくなってしまった主人公の冷たい頬に口づけをして言う。


『君に巡り合えて、本当に良かった。頑張ったね。今度は、俺ももっともっと頑張るから、そうしたら・・・・・・あの時みたいに褒めてくれよ。どうして君が俺を突き放したのか、それは俺が死ぬ時になったら分かるのかな。そうだと良い。ううん、きっとそう、分かるような生き方をこれからしていこうと思う。見つけるよ、俺も。――本当にやりたいことを』


 そんな言葉を吐き捨てた主人公は、最後に寂しそうな笑顔を見せて、そこで上映は終了した。


 啜り泣きの声は一層大きくなり、空気を読まず明るくなる照明がハンカチで顔を覆う人たちの姿を照らした。


 最初は全然楽しみでなかった俺も、思ったのとは全然違う終わり方で、少し鼻の奥がツンとするのを感じていた。


 もう少し感傷に浸っているのも悪くはないかもしれないとらしくないことを思っている時、隣からいつもの綺麗なハイトーンの声が聞こえてきた。


「とても面白かったですね」


 色識さんの目には涙は流れておらず、その代わりに満面の笑みで、そう言ったのである。



 映画館を出た俺たちは少し話をしながらもう散りそうな死にぞこないの桜並木を歩いていた。


「まさかあんな終わり方するとはなぁ」

「そうですね、私も最初はそう思いました。てっきり結婚式でもあげるのかなぁって、女の子の夢ですから」

「あぁ俺もそんなところだと思ったんだがな」


 まさか蓋を開けてみれば、「少女がやりたいことをする話」ではなく「少女が自分の死にケリをつける話」だとは思わなかった。


 だから主人公が「死ぬ時にあなたの顔を思い出したくないから今すぐ別れて、二度と私の目の前に現れないで」と言った時はそれは驚いた。


「まぁでも、人気作ってのは分かる気がする」

「ですよねっ!」


 俺がそう言うと色識さんは嬉しそうに言った。


 ひらとひらと定期的に降ってくる桜の花と、地面に落ちて黒ずんでいる桜の花だったものを交互に見比べたあと、俺はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「なんか、楽しそうだな」


 色識さんは映画を見ている最中も、そして見終わったあともずっとこうしてニコニコと笑っているのだ。あんな重苦しい映画を見たというのに。


「はい、楽しいです。素敵な作品を見ることができたので」

「素敵っていうのはまぁ認めるが、楽しい作品ではなかったよな? どっちかというと重い話だし」


 だから普通はもっと暗い顔をするんじゃないか? という疑問は口にせずとも色識さんは汲み取ってくれたようで、


「そう、ですね・・・・・・」 


 そして少し考える素振りを見せた後。


「少し、座りませんか?」


 色識さんが指差したほうにはベンチがあり、承諾した俺はその少し湿ったベンチに腰掛けた。


 もう花見をしてる人はいなくて、昼のジョギングをする人や犬の散歩をする人がたまに通りかかるだけのそんな場所で、隣に座った色識さんが口を開く。


「私、死のうとしたことがあるんです」


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