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第24話 二度目のデート、っぽいなにか

 ちょろちょろと噴水が泣いているのを見ながら、俺は色識さんを待っていた。


 今日着てきた服は以前楠木と一緒に買ったあの青のジャケットと貰ったTシャツにこれまた貰ったジーンズだ。後に聞いた話なのだがこのTシャツとジーンスは楠木が店に置いてあったマネキンから剝ぎ取ってきたものらしい。曰く「マネキンが着てもカッコイイんだから安心して」だ。フォローになっていない。


 スマホを開くと時間は十一時三十分。約束の時間まであと三十分ほどある。少し早く着きすぎたかもしれない。


 そもそも色識さん、ちゃんと来てくれるのだろうか。あの時、時間は二度伝えたが、場所は一回しか伝えていない。


 ならLIMEで・・・・・いや、それは無しだ。


 俺と色識さんのトークは色識さんのあのメッセージで終わっている。ここで俺が色識さんに何か別のことを発言してしまったら、都合の悪いことを無かったことにしているみたいで、嫌だった。


 色識さんからも特に連絡はない。きっと彼女も俺と同じことを思っているのかもしれない。


 だからそのまま、LIMEを閉じた。待つしかない。


 その時、向こうに薄緑のワンピースが見えた。まるで宙を舞う葉のように舞とも言える所作で階段を一段一段降りている。


 いつもとは違い、長い髪の先を二つに結んでいて少し幼さを感じるがその人は間違いない。色識さんだ。休日出勤でいそいそと歩くサラリーマンの中で、一際優雅に歩くその姿は異世界から来た妖精のようで、俺は思わず見入ってしまっていた。


 すると色識さんもこちらに気付いたようで口元が緩むのが分かった。正面から見て気付いたが、前髪もピンで止めていていつも隠れている綺麗な瞳が今日はこの下界へと曝け出されていた。その普段と所々違う色識さんの恰好はとても艶やかだった。


 色識さんが動きにくそうなサンダルを鳴らして早足で歩いてくる。別に急がなくてもいいんだけどな。


 かと思うと俺の目の前信号が赤になってしまい、立ち止まる。


 そんな色識さんと目が合い、彼女は困ったように笑った。そんな微笑ましい光景を見て、俺は・・・・・・


「・・・・・・」


 笑わなかった。


 やがて信号が青になり今度はゆっくりと歩いてくる色識さん。


「こんにちわ。佐保山くん」


 そう言って色識さんは目を細める。彼女の笑った口元はよく見たが、目までははっきり見たことがなかった。こうして見ると、思ったよりも、子供っぽく笑うんだな。


「ごめんなさい、待たせてしまって」

「いや、大丈夫。俺もさっき来たところだ」


 ありがちなこのセリフ。だが仕方ない。本当に来たばかりなのだから。


「ええと、それで映画なんですけど」

「あぁ、そうだったな」


 そういえば今日は映画を見に来たんだった。完全に忘れてた。


「この映画、すっごく見たかったんです!」


 飴色の瞳が天の川のようにキラキラと光る。


 『わたしの本当にやりたいこと』それが今日見に行く映画のタイトルだ。テレビでも最近よく取り上げられている恋愛小説が原作で、余命を宣告された少女が死ぬまでにやりたかったことを主人公と共に実現していくという話だ。


 多分、最後はヒロインが愛だの好きだの言って死ぬんだろうな。二人で見るには少し重い話だと思うが色識さんはとても楽しみにしているようだ。


「好きなのか? こういうの」


 こういうの、という言い方には偏見のようなものが混ざってしまった気がして少し後悔した。


「はい。この映画の原作の本。何度も読み返しました。だから佐保山くんが誘ってくれた時すっごく嬉しかったです!」


 今日のお天道様もそこそこに輝いているが、それを凌駕するほどの煌めきで笑う色識さん。どこか浮足立っていたのはそういうことかと、要因が自分だと思っていたことにおこがましさを感じつつ、


「上映は一時だから、まだ時間があるな」


 スマホの時計を見て呟く。


「そうですね」


 そこで俺ふと、あることを思い出して、口にした。


「飯は食ったのか?」


 それはいつだったか、楠木に言われた言葉。十二時に約束したということは、そういうことだとぷりぷりと叱られた覚えがある。


「いえ、まだです」

「じゃあ、どっか食いに行くか」

「はい、そうしましょうっ」


 嬉しそうに語尾を弾ませ、ほんの少し俺と距離を縮める色識さんからは石鹸のいい香りがした。


「上映中にぐぅ~って鳴っても困りますしね」

「そうだな」


 そうして俺たちは、何かの拍子に手と手が触れないような絶妙な距離感を保ちつつ、だけどいつもよりも多めの口数で飯屋に向かって歩き始めた。



 色識さんが行先は俺に任せるということなので俺は近くのマッグ・・・・・・ではなく洒落た外装のいつかのカフェへと来ていた。


「こういうとこでもいいか?」

「はい、大丈夫です」


 木造の扉を押すと鈴の音が鳴り、店内のほろ苦いコーヒーの香りと礼儀正しい店員のお辞儀が出迎えてくれた。


「わぁ」


 すると隣の色識さんが小さく声をあげる。


「結構メニューも豊富だぞ。ほら」


 一度来た場所なのでメニューの置き場も覚えている。並んでいる人の邪魔にならないようにメニュー表を吟味した。


「じゃあ私、サンドイッチのセットにします」

「俺はパスタでいいかな」


 お互い頼むものが決まった。こういう時、本当は奢ったりすればいいんだろうが、色識さんに断られてしまったため俺たちは割り勘で会計を済ませたあと注文番号が書かれたカードを受け取る。


 開いているテーブルを見つけ腰かけた。


「素敵な場所ですね」

「そうだな」

「よく来るんですか?」

「いや、一回来ただけだ」

「あ、そうなんですね」


 会話を得意としない者同士のコミュニケーションなどこんなものだ。そのまま会話は終了してしまった。


「でも、びっくりしました。すごくメニューが豊富で、定食なんてあるんですね」


 間を埋めるように色識さんは話題を変える。


「あぁ、定食とはいっても味噌汁はついてないしサイドメニューの盛り合わせみたいなやつだぞ」

「ふふ、それはそれで食べてみたかったです」


 俺の何とも気の利かぬ盛り上がらない返しにも色識さんは無邪気に笑ってくれて自分の不甲斐なさをひしひしと感じる。


 そうしていると先に色識さんの元へ頼んだサンドイッチのセットが運ばれてくる。女子ってサンドイッチ好きだよな・・・・・・。


 木で造られた籠に入った色とりどりのサンドイッチを見て色識さんが声を漏らす。


「すごく美味しそうです。あ、セットで頼むとコーヒーが付いてくるんですね」


 横で湯気を立たせている茶色のカップを持ち上げて色識さんが言う。


「色識さんは、カフェオレと、モカと、ラテの違いって分かるか?」


 そんな俺の質問に一度可愛らしく首を傾げて、


「えっと、多分コーヒーとミルクの比率だと思います。標準的なものはカフェラテで、五対五。カフェオレはミルクが少し多めの二対八。モカはオレにチョコやなどを混ぜたもので、他にはカプチーノっていうのもあって、それはミルクを泡状にして混ぜるんですけど、泡状なのでミルク成分はそれほど多くないのでちょっと苦いんです」

「へぇ」


 饒舌に語る色識さんを見て俺はコーヒーの豆知識半分、色識さんのちょっと自慢げなドヤ顔に少し驚いていた。


 こういう顔、するんだな。今までそんな顔は見たことがなかった。それは勿論以前付き合っていた時も。


「って、ごめんなさいっ。私一人で喋っちゃって・・・・・・」


 一人で喋りつづけたことに気付いた色識さんはすぐに小さくなってしまった。


「いや、タメになる」


 少なくともギャルに一生からかわれるよりはよっぽど有益な会話だった。なるほど、ミルクの比率ね。


「あぁ、別に先食べていいぞ」


 サンドイッチに手を付けようとしない色識さんに声をかける。これは確か楠木に褒められた唯一の言動だったはずだ。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 しかし色識さんはやんわりと断る。まさか、色識さんもパスタを見ながらのほうが食欲そそるなどと言うんじゃないだろうな。だがそれはどうやらただの杞憂だったようで、


「佐保山くんと、一緒に食べたいので」


 ぶっ飛んできた必殺の一撃を不意に受けてしまい、言葉を詰まらせてしまった。

 ゼロ点。どこかでそんな声が聞こえた気がする。そんなこと言ったって、なんて返せばいいんだよ・・・・・・。


 反則すぎる無垢な色識さんの言葉に俺はずっとドギマギしっぱなしで、運ばれてきたパスタをフォークで巻こうとするも何回も失敗して。それを色識さんに笑われてしまった。


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