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第23話 仮面の下

 普段は楠木と一緒に飯を食べるはずの昼休み。今日ばかりは俺はいつもの校舎裏には行かずに見慣れぬ異郷の地へと来ていた。


 壁は他の場所と比べて白い。どこかで改装したのか、そもそも人があまりにも通らないため劣化が遅いのか。理由は分からないがそんな廊下を俺は慣れない足取りで渡り、突き当りに見える一つの扉を目指した。


 『図書室』と、立札にはそう書かれている。


 ちなみに俺は本など一切読まない。多分最後に読んだ本は三匹のヤギが山の化物をハメ殺す絵本だ。そこから得たものと言えば人間に限らず生物は集団になるとやけに気が強くなるんだなぁという子供ながらに冷め切った見解だった。あんなものを子に与えて、親は俺をどういう人間に育てあげるつもりだったのだろうか。


 そんな渋い思い出しかない本にはもうとっくに興味はなく、故に俺は本を借りにここへ来たわけではない。ちなみに今から全員ハメ殺してやるといった思想も持ち合わせてはいない。


 ならなんのためにという疑問に対しては、俺の手に握られた二枚の紙っぺらがその答えとなる。


 つい十五分ほど前のことだ。


 いつものように葉っぱをくっつけて茂みの中から現れた楠木は「正規ルートで入ってこい」という助言を相変わらず聞いていない様子で俺の目の前に二枚の紙を突き出した。


『はい! 手に入れたよ映画のチケット! これ今人気でめっちゃ苦労したんだから!』


 今でも耳に残っている楠木の嬉しそうな声。


 そのまま強引にチケットを握らされた俺はそれと同時に茂みから弾き出された。


『じゃ、がんばって』


 ひひ、と笑う楠木の言いたいことはこうだ。


 それで色識さんを誘ってデートしろ。


 先日の百合といい今日の楠木といい、どうやら本当に俺と色識さんを付き合わせたいらしい。


 普段の俺なら言ったはずだ。勝手に決めるな、映画など興味ない、と。


 しかし俺はというとしっかりと落とさないよう二枚のチケットを握りしめて図書館の前まで来ている。それが示すのはどういうことか。それはあの百合の言葉だ。


『笑ってましたよ?』


 そんなもの、俺は未だに信じていない。だってありえないだろう。俺がお笑い番組を見るでも笑いが止まらなくなる毒キノコを食ったわけでもなく。ただ人と歩いているだけで笑うなど。


 だからこそ、その真意を確かめる必要がある。


 横を見ると他の扉とは形状の違う引き戸。いつか色識さんの手伝いをした時に入った部屋だ。


 俺は前を向き、意を決して地味に重い図書館の扉を開ける。


 中は思ったよりも、騒々しかった。図書館といえばみな静かに勉強や読書に耽ったりしているイメージだったが。所詮高校生のモラルなどこんなものらしい。そんな空間は今の俺にとっては好都合だった。静まり返った図書館で女子を映画館に誘う度量など俺にはないし利用している生徒からしてもいい気分ではないだろう。


 紙の香りに包まれながら中に入り、辺りを見渡す。


 いた。


 色識さんは今日も委員会の仕事らしく受付カウンダーで行儀よく座っていた。仕事とは言っても本を借りる生徒などほとんどいないらしく、色識さんは度々本に目を落としていた。


「あの」


 俺が声をかけると一瞬ぴく、と肩を震わせて顔を上げた。


「え、あ・・・・・・佐保山くん?」


 まぁそりゃ驚くよな。いきなり俺みたいな野郎がなんの用だっての。


「えっとだな」


 と、そこまで言ったところで俺はあることに気付いた。


 なんて言って誘うか考えてなかった・・・・・・。


 もし会話の流れで、とか同じ趣味の相手を、とか。そんな好条件なステージであれば俺だって多少のアドリブは利くのだが。今回ばかりは何の突拍子もない、相手からしてみれば明らかな俺の奇行。どう言うのが正解なのか、俺の脳はもはや答えを探すのを諦めていた。


 だから俺は、チケットをやけくそ気味に突き出した。


「映画、見に行かないか」


 例えば、英語の教師が授業中に突然しいたけの旨み成分の話をし出した時。生徒はみな頭にクエスチョンマークを浮かべるだろう。


 色識さんも例に漏れず、俺の言葉に無言で固まってしまっていた。


「こ、今週の土曜。十二時に泣き虫噴水の前で」

「え? え?」

「よ、よろしく」


 なんだこの会話。自分でも頭を抱えてしまう。もし楠木がいたら「ゼロ点」の評価を頂いて強制的に終了している。


 一瞬互いに無言になるが、間違え探しの本で盛り上がる女子生徒の声でなんとか気まずい雰囲気にはならずにすんだ。


「えっと・・・・・・」


 一旦間を置いたおかげで状況が少し掴めたのか色識さんは俺が突き出したチケットを見て、


「はいっ」


 四の五の言わず、俺の奇天烈な行動に対し純朴な笑顔で応えてくれた。


「じゃあ、そういうことだから」


 俺は自分の体が熱くなっているのを感じ取り、それだけ言って逃げるように図書館を出た。


 ものの数秒の駆け引き。だがそれは数時間ほどの戦闘にも感じてふぅと息をつく。


「暖房効きすぎだろ」


 額にかいた汗を拭い、窓ガラスに映る自分を見る。


 今のところ、笑ってなどいない。見事なまでに不愛想で仏頂尊の面相のほうがはるかに豊かに思える。


 兎にも角にも、なんとか誘うことに成功した。


 あとは確かめるだけだ。


 俺の『仮面』そして『感情』を。


 すると、後ろの扉が開く音。振り返るとそこには息を切らした色識さんが立っていた。


「あ、あのっ」


 走ったのだろうか。乱れた前髪の隙間から飴色の瞳が覗く。


 何事かと身構える俺だったが。


「びっくりしちゃってて、全然頭に入ってこなくって・・・・・・えっと」


 そう言う色識さんは申し訳なさそうに、しかしどこか浮足だったように、


「待ち合わせの時間・・・・・・何時でしたっけ」

「・・・・・・十二時だ」

「あっ、そうでしたねっ。えぇっと十二時、十二時・・・・・・!」


 復唱するように小声で何度も呟く色識さん。


「あの~すみませ~ん」


 そこで図書館の中から声が聞こえた。利用者がめずらしく本でも借りに来たのだろう。


「す、すみません! 佐保山くん、じゃあこれでっ」

「ああ」


 色識さんらしくないギクシャクした会釈をして、、駆け足で図書館の中へと戻っていく。


 それを聞くためだけに、走ってきたのか・・・・・・。


 自分の仕事を一時的に放棄して、俺の元へと駆け寄って、結局注意されてすぐに戻っていった色識さんを見て俺は、少し可笑しくなってしまった。


「・・・・・・ッ!」


 慌てて窓ガラスのほうを見る。


 薄く映った自分の顔。


 相変わらずのふくれっ面。


 だが、あくまでそれは今の話で。


 ついさっき。つい数秒前もこの顔をしていたのかと言われると、少し、自信がない俺だった。


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