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第15話 強さを知らずに

「お邪魔します」


 昼休み。草木に囲まれた石段の上に俺が座り込んでスマホを眺めていると、例の如く葉っぱを体中にひっつけた楠木が現れた。


 今朝のこともあってか楠木はいまいち浮かない表情を浮かべていた。その顔をしたいのはこっちのほうなのだが。


 無言のままの俺を見て、一度その足を止めるが、なにかを振り払うように顔を横に振って楠木は俺の隣に少し間を開けて腰かけた。と、花びらの形をした弁当箱を渡してきた。


「今日はハンバーグにしてみたんだけど、どうかな」


 蓋を開けると中には言葉通りハンバーグが大量に詰められていた。


「この間、マッグ行きたいって言ってたでしょ? あの時は彼氏試験中だったからNG出したけど、今日はいいかなって思って」

「そんなことよく覚えてたな」


 普段のような会話が始まるも、やはりどこかぎこちない気がした。楠木も中々自分の弁当に手を付けようとはせずじっと地面に視線を落としていた。


 まぁ、食べ物に罪はない。せっかくなので俺は端に添えられたトマトケチャップをハンバーグに付けていただくことにした。こういう時、自分の図太さともとれる感情のシャットアウト技術が役に立つ。いちいち気にしていたって仕方がない、無駄なカロリーを使うだけだ。


「ごめん・・・・・・」


 すると、今まで聞いたこともないような低い声が隣から聞こえてきた。


「ごめん」


 そしてもう一度。今度は聞いたことのある申し訳ないという感情を表に出した声色で、


「ホントにごめんね!」


 両手を顔の前に合わせてそういう楠木。


「ウチの子たちがさ、今朝」


 ウチの子、というのはあのギャルどものことだろう。


「あの子達も悪気はなかったんだよ。ちょっと好奇心旺盛だからさ、面白いこと見つけてはしゃいでたんだと思う。だから、あの子達のこと嫌いにならないであげて」

「悪気はないねぇ。だいぶ辛辣な言葉も聞こえてきた気がするが。それにギャルって群れてデカイ声をあげるだろ。それ苦手なんだよな。傍から見るとすげぇ、なんていうか弱っちい生き物だなって思うし」


 別に奴らを嫌いになるつもりもないし好きになるつもりもない。俺の中に渦巻くのはただの無感情。そのはずなのだが、どうしてか俺は意味も生産性もまるでゼロに等しい陰口とも言える低俗な言葉を口にしてしまっていた。あぁ、これじゃあギャルどもと同じだな、と自己嫌悪に陥っていると、


「うん、そうだよ」


 持っていた箸を一度置き、地面を見つめて寂しそうに楠木は言う。


「おまけに自信もない」

「どういうことだ?」

「飾ってるんだよ、自分を。化粧をして、派手な恰好をして。大きな声をあげて。弱い自分を少しでも強く見せるために。自信のない自分を少しでも鼓舞するために」


 その理屈は、俺には少しだけ分かる気がした。俺もきっと似たようなものだから。服を買って髪を切って、自分がなにか違うものに変貌したかのように感じてしまい気分が変に高揚していたのはつい昨日のことだ。だが、


「でもそれは錯覚だ。根本的な内面は何も変わらない」


 もしも変われたのであれば、昨日、色識さんを見つけた瞬間に助けてあげることができたはずだ。


 そう言うと楠木はこちらに向いた。見たこともない表情をしていた。いつもは笑うかわざとらしくむすっとするかの楠木が、大きな目を丸くして、艶やかな唇を少し開けて暈けるような、驚いたような、形容しがたい複雑な顔だった。


「強いね、佐保山は」

「え?」


 そんな楠木がぼそりと呟いたのは、理解不能な言葉だった。俺が、強い? 身体能力は論外だ。二の腕はひょろひょろだし、走れば転げる、そんなウスノロなのだから。故に楠木の言う強さとは生物としての強さではない。ならば、心の強さだとでもいいのだろうか。それこそ理解ができない。この腐敗した神経の俺が強いなどと評価されてしまったら、この地球上に化け物クラスの奴らが蔓延ることになってしまう。そんなインフレを重ねた漫画の終盤のような展開はゴメンだ。


 いくら考えても、楠木の言葉の意味が俺には分からなかった。


 ――じゃあ、楠木は? 


 そんな言葉が一瞬だけ喉を通り付ぎようとした感覚があったが、すぐに飲みこんだ。


「そんなことより!」


 シンと静まり返ったこの雰囲気を壊すように、楠木はいつもより少し高めのトーンで話題を変えた。


「ちゃんと美容室行ってきたんだね。似合ってんじゃん」

「まぁ。半額だしな」


 それは本音だ。半額じゃなかったら多分行ってないと思う。


「今朝はみんなからかってたけど、その後休み時間とか結構イケてるって話してる子もいたんだよ?」

「ふぅん」


 別に嬉しくない。


「あたしも鼻が高いよ、ワシが育てた! って自慢したいくらい」

「なんじゃそりゃ」


 勝手に育てられたことにしないで欲しい。


「そ、そうだ。昨日、色識さんと会った」

「うえぇ!?」


 話題を変えるつもりでつい口走ってしまった。何故か奇声をあげ、食べ物が気管に入ったのかゲホゲホとむせる楠木。


「会ったって。うわぁびっくりしたぁ。なんていうか、すごい、急だね?」

「いやたまたまな。本当に偶然昨日駅前で出くわしちまってさ。顔合わせた以上無視するわけにもいかなくて、まぁ三十分程一緒にいた」

「ふむふむ」


 最初は驚いた様子だったが、その後は何か考えるように顎に手を当てていた。


「で、進展は?」

「え」

「だーかーらー、進展。話したんでしょ? 紫苑ちゃんと。まさかずーっと無言でいたんじゃないだろうし」


 そりゃ、会話はした。だが、仲が進展するような会話があったかと言われたら否だ。押し黙る俺の様子から察したのか「信じらんない」と楠木は吐き捨てた。


「じゃあなんて話しかけたの? まさか! 髪切って浮かれた拍子にナンパ紛いのことしたんじゃ・・・・・・!」

「違うわ! だ、だから。そのだな・・・・・・」


 昨日あったことを、そのまま口にするのは、まるで俺が自分自身を善人だと言っているかのようで嫌だった。それに、結局助けることはできなかったのだから偽物の正義感を主張する滑稽な勘違い野郎になってしまうだけだ。だからあまり言いたくはないのだが、このままでは別の意味での勘違い野郎になってしまいそうなので渋々俺は口を開いた。


「色識さんが、変な輩に絡まれてたから・・・・・・ちょっと、声をかけてみたんだよ」

「それって・・・・・・助けたってこと?」

「いや、俺、一回見て見ぬふフリしたんだよ。結局その場から離れたんだけど、やっぱり気になって引き返したんだ。その時にはもう色識さんしかいなかったけど」


 一度逃げたという事実は伏せればよかったかもしれない。だが、何となく、楠木には俺が嘘をついても見透かされている感じがして、正直に話してしまったのだ。 


 ここで困っていた色識さんを助けたという話をすれば男らしいいい話で終わるのだが、これではなんとも締まりがない。楠木を幻滅させてしまったかもしれない。


「そっか」


 それだけ言って、楠木は細く綺麗な手を俺の頭に乗せた。


「偉いね」


 優しく、子供をあやすかのように俺の頭を撫でた。


「なんで」

「うん?」


「俺は逃げたんだぞ。結局俺はなにもしてやれなかった」


 この時だけはどうしてか、自分を許して欲しくはなかった。もしかすると俺は、叱って欲しかったのかもしれない。


 そんな俺の言葉にも楠木は笑ってくれた。


「やっぱり強いね、佐保山は」


 先程も言った、強いという言葉。


「普通そこで自分を責めたりなんてできないよ。あたしだったら逃げて、それでもやっぱり引き返した自分を褒めると思う。だから強いよ、佐保山は」

「楠木なら、逃げなんてしないと思うけどな。一目散に向かっていきそうだ」


 お節介の塊のような奴が誰かが困っているところを目の当たりにしたらじっとなんてしていないだろう。


「あれれ~? なんかあたしに対しての評価、ちょっと高め?」


 からかうように肩を寄せてくる楠木。俺はというと、図星を突かれたことと、自分の発言に驚いてしまっていた。


 いつから俺は、楠木をこんな目で見るようになったのだろうか。


「紫苑ちゃんはなんて?」

「一応、礼は言ってくれた」

「そっか。じゃあなにもしてやれなかったなんてことはないじゃん」


 そうなのだろうか。もし、何かの役に立てたのであれば、少しだけ救われる気がした。


「進展があったようでなによりだね、ひひっ」 


 何故か嬉しそうな楠木を横目に、最後のハンバーグを口に運んだ。


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