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第14話 変わらぬ視界

 月曜日。だいぶ桜もいい感じに咲いてきて、校門までの道はまるで来る生徒に祝福をあたえるかのように凛としていた。どうせいつかは枯れるんだからそんなに頑張らなくてもいいのになと思いながら俺は自分の教室へと向かった。


 扉を開けると、いつものようにニワトリ頭の集団が黒板の前で楽しそうに談笑をしていた。俺はなるべく人と目を合わせないようにいそいそと自分の席に着く。


 小学校の時から髪を切った後の登校は苦手だ。何故なら毎回のように弄ってくる奴がいたからだ。切りすぎだとかパイナップルとかいうあだ名を付けたりとか、人の髪なんて放っておけばいいのにとつくづく思っていた。だがこうして人との関りを断った今、そんなことを言ってくる奴はいなくて安堵の息をつく。


「えっ、サボテン!?」


 いや、いた。一人。


「なになに! イメチェン!? 結構バッサリいったなぁ~! てかどこの床屋行ったん? 割といいとこ行ったんじゃねぇの!?」


 蓮崎健人。雨が降ってようが雹が落ちようが太陽のような笑顔を四六時中貼り付けている能天気な奴だ。こう思うと、俺の周りにいる奴らは笑ってばっかりだ。俺が笑わなすぎるのかもしれないが。


 俺があからさまに嫌そうな顔をしていたのに気づいたのか健人は、


「あ、わりぃ。おはよう! すっかり挨拶忘れてたぜ」


 そうではないが。変なところだけ律儀なのだこの男は。


「で? で? どうしちゃったのよ~サボテン。いきなりそんないい男になってきちゃって~ずばりその心は!」

「鬱陶しかったから切っただけだ」

「ダウト!」


 人を指差すな。


「髪を切るだけなら床屋でいいはずだ。だけど、サボテンの今の髪型はそこらの床屋じゃ到底できっこない。もしや・・・・・・行ったな? 美容室に」


 倒置法を実際にセリフに組み込んでくる奴は初めて見た。それほどまでに美容室を強調したかったらしい。


「あぁ、行ったよ。別にいいだろ」

「いや悪いなんて誰も思ってねぇよ。ただ、どういう心境の変化なんだろうなぁって気になってよ」


 健人は話し込むつもりなのか俺の席の横に椅子を持ってきてそこに座った。ニコニコと笑いながら俺の顔色を窺ってくる。


 別に心境の変化なんて大それたものじゃない。だが、楠木に言われて行ってきたなんて言う訳にはいかない。そんなことを言ったら俺達の関係を根掘り葉掘り聞かれるだろうし、俺ですらよく分からない楠木との関係を上手く話せる自信もない。


「例えば、スーパーに肉を買いに行くとするだろ? いつもは豚肉を買ってるんだけど、何故か今日は鶏肉が食べたい気分で、気づいたら鶏肉の方がカゴに入ってたって時。どういう心境の変化がありますかと質問されても答えられないだろ? 頑張って絞り出しても気分としか言いようがない。それと同じだ」

「んー? 俺スーパーなんて行かねぇからわかんね!」


 こいつ・・・・・・。


「でもよでもよーなんかあったんだろー? あのサボテンが美容室に行くなんてよー」


 納得いかないのかブーブーと文句を垂れる健人。


「分かった! 好きな子でもできたんだろ!」

「それこそ大違いだっての」 


 好きな子、だなんて。そんなのはありえない。誰かを好きになる程人と関わってきてないし、これからも誰かを好きになる予定もない。恋愛だなんて、本当にくだらない行為だ。


「うーん」


 きっぱりとした俺の言葉に、唸り声をあげて考え込む健人。どうやら俺が髪を切った別の理由を探っているらしい。


 本当に、人の髪事情なんて放っておけばいいのに。


「おっはー!」 


 そこで、扉が開けられる音と共にぞろぞろと教室に入ってきたのは霊長目ヒト科ギャル属の集団だ。相も変わらず色とりどりなことで甘ったるい香水のようなものがこちらまでぷんぷんとにおってきた。


 その中に、楠木の姿もあった。こう見ると、やはり楠木は他のギャルと比べて化粧が薄いように見えた。


「あっれ!? なんか知らんヤツおるんけど!?」


 すると、キンキンと高い声をあげたキャバ嬢の如く金髪のギャルと目が合った。すると他の奴も釣られるように俺を見る。


「え!? え!? うわマジ! 転校生、転校生じゃね!?」

「って違うわ、あいつサボテンだわ!」

「ウッソ、あれが? 超ウケる! マジワロ」


 まるで動物園の猿のように手をパチパチと叩きながら下品な引き笑いを教室中に響かせている。


「てか、えー? なになに、ちょっと最近の流行りに乗っかってきてる感じじゃない? あれ、ウケルんだけど」


 そんなギャルどもの野次に、俺は怒りを覚えることはなく、羞恥すらもなかった。ただただ呆れてしまったのだ。どいつもこいつも有象無象の醜い女。人を小馬鹿にすることでしか心の均衡を保てない。集団でいないと正気を保てない哀れで脆弱な生物。


 そんな中にいる楠木は、俯いていて今どういう表情をしているのか分からない。もしかして、笑っているのだろうか。


「なに急に色気づいちゃってんの、キモ」

「まさか好きなやつでもできたんじゃね? もしかしてアンタとか!」

「はぁ!? マジ、やめてホント殺すよ」


 憶測にすらなっていない不条理な言葉が目の前で好き勝手に繰り広げられている。奴らにとって必要なのは当事者である俺の意見ではないのだ。扱いやすい弱者の境遇とそれに準する一つの事実。これを噂という硬い風船に空気として入れて破裂するかしぼんでいく過程を笑いながら眺めるのがギャルという生物。いや、人間という生物の『狩り』なのだ。


「おい、お前らな」


 そんな様子を見兼ねてか、健人が立ち上がって談笑に盛り上がるギャル共を制そうとする。

「って、おい! サボテン!」


 だが、そんなのは余計なお世話。火に油というものだ。


 俺は別にこいつらの発言に対して思うところはない。反論する気もなければ落ち込むことも。もしかすると、俺はもうとっくの昔に枯れていたのかもしれない。それは、ありがたいことだった。少なくとも今この状況では。


 健人を遮るように席を立った俺は「なに?」と睨みつけてくるギャルどもから逃げるように教室の扉に手をかけた。


 最後にもう一度奴らの方を見る。相変わらずガンを飛ばすガラの悪い女数人と、俯きっぱなしな楠木。何故向こうに視線を向けてしまったのか、それは分からないが。もしかすると俺は楠木に、何か言って欲しかったのかもしれない。


 そのまま俺は教室を出て、庭に向かった。そこの溝のそばで朽ち果てている名前も知らない草を、ホームルームが始まるまで無言で見つめていた。

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