【web版】プロローグ
目を覚ますと、目の前には20代後半の綺麗なお姉さんが、空中に浮かぶモニタのような画面に向かって何か作業しているのが見える。
なぜ自分がこの場所にいるのか、この場所が何処なのか理解することができなかった。
状況を理解しようと考えていると、お姉さんが話しかけてきた。
「意識が覚醒したようね。簡単に状況を説明するから黙って聞いてくれるかな?」
状況がよく分からないので、取り敢えず頷いて了承する。
「あなたは、あまり寝ないでゲームをして、過労による心臓マヒで死にました」
死んだと言われてなぜか納得してしまう。今いるこの場所や空中に浮かぶモニタ画面などが、自分の常識の範疇に収まっていないからだ。
最後の記憶は数週間にわたり、寝る間を惜しんでゲームしていたが、途中で胸が締め付けるように痛くなり、目の前が真っ暗になったところまで覚えていた。
「え~と、あまり驚いたり嘆いたりしないのね?」
自分でも不思議に思い、自分の人生を思い返してみる。
ともかく平凡な学生生活を過ごした。いじめの標的にされたことが何度もあったが、我慢さえすればあとは時間(卒業)が解決してくれた。
社会人となり会社でもなぜか上司の標的にされパワハラの標的にされた。さすがにこれは時間では解決できず、退職するしか解決策がなかった。
転職しても同じことの繰り返しで、2度転職したが結果は同じだった。
転職が多くなると就職することが難しくなり、20代後半にはフリーターになったが、バイト先でも経営者や先輩にパワハラを受け、次々とバイト先を変えることになってしまった。
何度もバイトも辞めていると、バイトすら中々見つけることができず、現実逃避するように数週間ゲームをして死んだのは33歳の誕生日の翌日だった。
「………正直あまり未練はありませんね」
「あらそう、なら説明を続けるわ。
普通は命の核というか、あなたのいた世界で言う魂は、此処を通って新しい生命に生まれ変わるのよ。同じ世界に生まれ変わることはなく、種族も変わることが多いわ。動物や虫、それこそあなたが居た世界には存在しない生命体になることも多いのよ」
「…普通は?」
「そう普通は生まれ変わりを自動で割り振られるのよ。ただ、あなたには別世界に記憶と知識をそのままで転生してほしいのよ」
それはラノベによくある異世界転生というやつだろうか?
「実は様々な世界が停滞や問題が起きると、転換点として別の世界の知識を持つ生物を、転生させる要求が、その世界の管理者というか神から来るのよ」
「…なぜ俺が?」
「え~、なぜあなたが選ばれたのかは私も分からないわ。選ばれた相手に私は案内するだけの担当だから。
それよりも、あなた、本当に口数が少ないわね。本当に状況を理解してる?」
口数が少ないのは、あんたが驚くほど美人で、緊張しているからとは言えない。
状況はある程度理解したが、簡単に呑み込める内容じゃないだろ!
「…ある程度は理解できていると思う。転生先はどんな世界?」
「本当に理解してる? まあいいか! 転生先ね……」
そう言うと先ほどのモニタに向かって手を動かして操作している。
「あ~、ステータスが存在してスキルや魔法が使えるみたいね。経験値を貯めるとレベルアップしてステータスが上がるようね。スキルも熟練度という経験値みたいなのがあって、能力が上がるみたいよ。文明レベルはあなたが居た世界よりだいぶ遅れてそうね。
あなたがやっていたゲームみたいな世界みたいだから、それであなたが選ばれたのかな?」
そんな理由で選ばれるのであれば、日本なら大量の候補者が選ばれそうだ。
スキルや魔法と聞いて俄然興味が湧いてきた。しかし33歳の引き篭もりメタボおやじが、いきなり異世界に放り出されて生きていけるとは思えない。
「…転生したとしてサポートや特典は?」
女性はうんざりした表情になり愚痴を溢す。
「あなたもチート欲しいわけ!? 多少のサポートや特典はあるけどチートはないわよ。最近はみんなチート、チートと煩いのが多いわね!」
なんのサポートなしで異世界に放り出すのか!
それに別にチートをくれとは言ってないだろ!
流石に口には出さなかったが、表情には出たのか女性が少し焦って目をそらしてモニタを操作しだした。
「あ、あら、思ったよりサポートは充実しているみたいよ。流石にチートはないみたいだけどね。
まず一つ目の特典は成人年齢に若返るようね。この世界の成人は……14歳ね」
たしかに若返られるのは特典だと思うが、それで生きていけるのか?
「それに研修が充実しているようねぇ。研修というのは、いきなり別世界に放り出されると死んじゃうことが多かったから、転生前に研修施設で転生先の環境に馴染むように、研修できるようになっているんだけど、研修システムは転生先の管理者(神)が設計しているのよ。
詳細はここでは説明できないけど、研修施設内では比較的簡単にスキルが獲得できるようね。
研修期間は3ヶ月、もしくは種族レベルが10になるまでみたい。こんなに優遇された研修システムは少ないわよ」
研修? 要するにゲーム初心者向けに用意されているチュートリアルなのだろうか?
確かにいきなり放り出されるよりは安心だが、たった3ヶ月でどれだけのスキルが獲得できるのか……?
「それに事前に能力やスキルの、せっ…設定もできるみたいね。この世界の管理者(神)は相当に親切みたいよ」
説明中にモニタが黄色に点滅して、女性が操作して点滅を消したのは気になるが、能力やスキルを設定できるというのは非常に興味が引かれる。
「能力はステータスの数値を変更できるというわけではなく、素質というか適性を調整できるみたいね。例えば種族素質を2段階上げるとすべての成長にプラス補正が付くようね。
まあ実際にどれだけ効果があるか分からないけどね。
それに、……スキルの素質を調整すれば魔法特化や武術特化、生産特化などもできるみたいね。ただプラス補正1に対してマイナス補正2が必要になるし。……プラス補正のみするとスキルの取得はできなくなるかも……」
度々説明中にモニタの黄点滅が発生すると、話が止まるのがイラつく。しかし、今はスキルのプラス補正も気になるけど取得できるスキルの方が気になる。
「鑑定やアイテムボックスのようなスキルはありますか?
あるなら研修で取得することは可能ですか?」
「……やっぱり同じようなスキルを欲しがるのね。え~と、この世界にも鑑定とアイテムボックスのスキルはあるみたいね。残念ながら研修で取得はできないみたいよ。生まれつき……取得しているのが一般的みたい。
鑑定とアイテムボックスを取得する? ……ただこの二つのスキルを取得すると他は取得できないわよ?」
予備知識のない状態なら鑑定は必要だと思うし、アイテムボックスがあれば生活は何とかなると思う。だが身を守るスキルがないのは不安だ。
「素質はどうする? そろそろ研修に向かう時間が迫っているのよ! ……物理か魔法、生産のどれかを決めてくれたら適当に調整しておくけど」
先程からの黄点滅は残り時間の警告ということか?
それなら先に言ってくれ! 新たな人生をそんな短時間で決められるもんか!
ここで物理か魔法、生産のどれかに簡単に決めることはできない!
「素質は設定しなければプラス補正もマイナス補正もないと考えて大丈夫?」
「そうよ……、何も設定しなければ得意な分野もないけど、……不得意な分野もないわ。本当に時間がないのよ! 設定なしで良いわね!」
良くはないけど仕方ないだろ!
死ぬまでの人生も理不尽なことが多かったが、死んでも理不尽な目に遭うのか!
「ああ、それで良いよ!」
やけくそ気味に承諾の返事をする。
そして女性がモニタを操作しているのが見えたのを最後に意識が無くなった。
◇ ◇ ◇ ◇
候補者を研修施設に送還した女性は、モニタに向かって送還後の処理を始める。すると目の前の空間が歪んで、一人の男性がその歪みから現れた。
「おい! 上司が何度も連絡しているのに、なぜ無視するのだ!」
女性は作業の手を止めて反論する。
「転生候補者に説明をしていました。規則では転生候補者への説明が最優先だったはずです。意味もなく無視するはずがありません!」
「そ、それは、すまなかった」
上司だという男が申し訳なさそうに謝罪する。
「冗談ではありません! あれほど何度も連絡を無視すれば、何かしら理由があるのは推測できるはずです。
それなのにしつこく連絡してくるので、まともな説明もできませんでした。この件で問題になれば、そちらで責任を取ってもらいたいです!」
「そ、それはまずいな」
「送還後の処理も終わってません。先にそれをさせてください」
「わ、わかった。だが急いでくれ!」
女性が作業を始めると、上司が話し始める。
「お前が最近担当した転生者の8人が、研修後に転生して10日以内に亡くなっている」
「えっ、本当に?」
思わず作業の手を止めて聞き返す。
「本当だ! 上からすぐに案内人を連れてくるように指示があったのだ」
女性は顔を真っ青にして上司に尋ねる。
「う、上というと…?」
「一番上だ! 転生先の管理者(神)から苦情が殺到している。とりあえず早く後処理を終わらせろ!」
「は、はい…」
女性は震える手で後処理を再開するが、明らかに動揺して作業しているのが分かる。
後処理として研修の終了条件の通知設定はすでに設定済みである。3ヶ月経過するかレベル10になるとモニタに通知が表示される。
通知を確認すると転生して大丈夫か候補者の検証をする。
問題がなければ翌日の朝九時に転生処理がされることを転生者に知らせて、翌朝の朝九時に転生処理を自動でするように設定する。
検証して転生するのに問題がある場合は、上司と相談して対応を検討するのだ。
まだ後処理で設定していないのは、研修施設の時間加速設定だけである。
研修毎に3ヶ月も待機して待っているのは大変なため、ここで1時間経過すると研修施設では1ヶ月経過するように設定するのだ。
女性はいつも通りの設定をする。
「あ、後処理が終わりました」
「そうかではすぐに向かうぞ!」
「はい」
女性の顔はすでに真っ青から真っ白となり、返事すると上司と共に姿が消える。
残されたモニタ画面には設定内容が表示されていた。
そこには、ここで1時間経過すると研修施設で1年間経過する設定になっていた………。