第二部 鹿狩り01
「ようサンチェス」
こいつはいつも俺のことをサンチェスと呼ぶ。こいつがラテン系だから太郎みたいなものなのだろうか?
「俺の親父はサンチョじゃない。なので俺はサンチェスじゃない。呼ぶならサンチョと呼べ」
最近知ったこと。サンチェスとはサンチョの息子という意味らしい。
「・・・・・なるほど、そりゃそうか。なぁサンチョ、次の依頼はまだ無いんだろ?暇なんだろ?」
ここは俺をこちらの世界に引きずり込んだ奴がやっている銃などのトレーニングセンター。武術、体術、銃器のトレーニングを指導している。
俺は暇な時はたまにここに顔を出している。ときには手伝ってくれと、助手にされる場合がある。報酬はその晩の飲み代。
この場所はアメリカ西海岸。
その俺をサンチェスと呼んでいた男も、俺同様に傭兵だ。技量はわからない。皆基本単独行動の依頼を受ける。
依頼側は俺らをあまり会わせたくないようだが、このように互いに信頼できる場所が他に無ければ、ここに来てしまうのは仕方がない。なので知り合ってしまう。一般客かそうではないのかくらいすぐにわかるのだ。
あの事件の後、俺は傭兵になった。その後はジョンの父さんや当時の仲間達とは会っていない。たまに、ごくたまにジョンの墓を参るだけだ。
メアリーの墓は実家のあるスイスだという。そのうちに参りたいとは思っているのだが、まだ一度も参ってないので怒っているだろうか。
「サンチョ、鹿狩りの
「悪い、やったことないんだ」
「え?おまえ、狩りしたことないの?へ?」
「なぜそこまで驚く?」
「いや、なぁ?」
と、その男バンスは店主を見た。その店主こそ、俺に銃を教えてから引っ張り込んだ張本人。ボスニア。
ボスニアを最後に引退したのでその名にしたと言っている。曰くがありそうだが訊く者はいない。
が、あれを、ボスニアで何が起きていたかを誰もが知っている。だからこそ訊かない。
で、皆ボスと呼んでいる。このセンターのボス、という意味合いにもなるので部外者にも通りやすい。
「ああ、拳銃だけならいざ知らず、大口径ライフル持ってて狩り、特に鹿狩りをしない奴なんて、教会に行って祈らないのと一緒だろう?」
うむ、俺は全く祈らない。なのでわからんが、少しは分かるかもしらん。
「あー、俺は教会行かないからわからんが、なんとなくわかるかもな」
「ブディスとかだったかハポネスは。んじゃしょーがないな」ボス
「じゃ、先に鹿狩りいくか。今日ヒマだろ?」バンス
「今からか?銃は、、そうだな、狩り用の銃か、、」
「俺の買うか?」ボス
ボスが3丁出してきた。
30−06があったのでそれを借りてレンジで射ってみた。
流石トレーニングセンターオーナーの銃だ。
スコープ、二脚、二脚はサイト調整に使う。勿論狩りに使うことはないし、この狩り用の銃を仕事に使うこともない。
ケースは背負うタイプ。クリーニングキットは付いている。木の銃床はボス用というかアメリカ人用なので少し長いが、今回はこのままでいいか。
トリガーガードがでかい。グローブはめたまま使えるように、だ。
「これ・・」トリガーガートを指す。
「いや、仕事で使ったことなんざねーよ。安心しろよ。昔シロクマ射ちに行った時に変えたんだよ。」
「「へ?」」バンスもビックリだ。
「詳しく!」バンス
「しかたねぇなぁ、、」と自分の武勇伝は話したいのが人情。
仕事で知り合った奴がグリーンランドでホッキョクグマ(シロクマ)を狩ったことがあるって話してて、自分もやってみたいと言ったら呼んでくれた。
で、いざ狩りに出ようとしたら中止になった。その年はシロクマの生態の研究者たちが来るからダメだと。もうその頃はシロクマに対して結構うるさくなっていたので、イケるかなと思っていたがダメだった。
なのでアラスカに飛んでヒグマを狩った。
400kあったとのこと。
「そこまでして狩りたいか?」バンス
「ああ、当時はな。今じゃアホウだなぁと思うけどな」ボス
「わからん」俺
まぁ、トリガーガードはいいとしよう。
それに固定サイトがあるのはありがたい。最近のはスコープのみというのもある。
「取り替えるほうがいい部品とかあるか?」
「いや、そのままで5年は使えるね」
「そりゃありがたい」
「相当古そうだな?」バンス
「ああ、30年くらいか?」
「へぇ?大丈夫なのか?30−06だろ?」
「レシーバーもボルトも変えてあるようだ。それほど経っていない様子だぞ」
ふーん・・。
バレルは24インチか。
「固定サイト、使ったことあるか?」俺
「ああ、100ヤードがいっぱいいっぱいかな、命中させるなら。」ボス
「スコープは?」
「あるぞ、つけてやる。山でも1マイルイケるんじゃないか?おまえらなら。」
「いや、一発で仕留めなきゃ逃げるんだぜ?」バンス
「おや、だめか?」
「仰角に慣れなきゃなぁ、、」俺
「そりゃそうだ、今まで俯角のみだよな?」バンス
「まぁ、狩りしたことなかったからな」俺
「山ごもりしてくりゃいいだろ。1−2週間も」ボス
「「・・・・・・・・・長ぇよ」」
俺とバンスは1週間程を目処に行ってくることになった。
持ち物は銃一式、防水布、ポンチョ、水筒、ジャーキーの束。
「・・・食い物は、現地調達か?」
「当然だろ?持ってくのは重いじゃん?」
「いるのか?」
「とりは飛んでいる。」
・・・・・
「俺ら鹿狩るし?」
「まぁ、それなら旨いか。」
目に付くように飛んでいるとりなんぞ鳶や鷹や鷲だ。不味い。
なるべく早く鹿を狩ってうまい飯を確保しよう。
ーー
「聞いてねぇぞ!!」
「言っていないからな」
目の前にそそり立つ岩壁。
「俺、岩登りやったことないんだ」
「うん、誰にでも始めてはあるんだ。大丈夫だ、ガッツで行け。」
「あ、あんなところに鹿がいるだろ?こっから狙えるんじゃないか?」
「うむ、やってみたまえ」バンス
俺はケースを肩から降ろしジッパーを開けて銃を取り出した。マガジンを嵌め、スコープの蓋を開けて構えた。
よく見える。
45度くらい下からか?
セーフティを外し、ボルトを引いて弾を装填する。
「よーく狙えよー、仰角だからなー?。岩壁だ、風もあるんだぞ?」
あーなるほど、高層マンションのベランダみたいなもんか。場所によるが、風が結構強い。
鹿の毛をよく見る。風の方向は鹿のケツの方から頭に向けて、だ。
距離は・・・難しいな仰角は。距離は半マイルほどあるか?
おもいきって鹿の頭の1m上ほどに向けてやってみる。
ダメ元、練習はできる時にやっておくのだ。
ダーンんんんんん・・
山々に響き渡る
鹿の頭の上30センチ程の岩が粉砕され、驚いた鹿は岩壁を飛び跳ねて降りていった。
「へぇ?面白いな。上に行くとはねー。」
「初心者は上に行かないのか?」
「足元より下にいく。今の標的なら30cm程上を狙えばいいだろう、と思うんだ。22口径ならその程度でいいかもな、もしくは至近距離なら。」
「なるほどな」
「練習がてらに上1mくらいか?」
「ああ、そんなもんだ」
ふーん、とバンス
その後森の中でキジを見つけ拳銃で狩った。
「あんだ拳銃も持ってきたのか?」
「ああ、小口径欲しいだろうなと思ったんだ。役に立ったろう?」
30−06で撃ったキジに食う所が残るだろうか?
「まぁな、でも5インチ程度の銃身でよくもあてたな?」
「子供の頃(中学生)から馴染んでいるモノだ。」
「へぇ!」
余程の貧乏でければ、銃好きは一つのみをずっと、という者はいない。いろいろ試したいのだ。
岩壁を登るというのはバンスの冗談だった。
「俺も登れねぇしな」とバンス。
森を抜けたらまた崖があった。
しーっ、見てろよ?
とバンスがそっと銃を用意し、狙い、弾を装填し、しっかり狙って・・引き金を引く。
ガーンんんんんん・・・・
その木霊が消えないうちに、崖の上の方、俺のよりもっと上に居た鹿が落ちてきた。200ヤード程先に落ちた。
「やったぜ?!晩飯確保だ!!」バンス。
走り出そうとしたバンスの肩を掴んで引っ張る。
勢いでぐりんとこっちに反転する。
「おや?あんだってんだ?」
「見ろ、」
と少し先の地面を指し示す。
2mくらい先に罠の跡。
「やべーな、トラバサミか?」
「みたいだな、こんなところに?」
見回りに来られる所でないと、このような罠はかけない。
俺達は罠を避けて通っていった。
罠を仕掛けるのは許可証が必要。罠を仕掛けた所に許可番号とか掲示する必要あったはずだが、それは見当たらなかった。
密漁かもしれない。それは後日事務所に連絡しておけばいいことだった。
バンスの狩った獲物を見つけた。まだ若い雄鹿。
近くに川があるとバンスが言うので、そこで捌いて、その少し上流でキャンプしようとなった。
捌くのに時間掛かるし第一疲れる。一日1頭で十分だ。よくばっちゃいけねぇよな?とバンス。
まぁ、一理ある。し、1リアルくらいの価値の話かも知れない。
翌日。
肉が多くあるので朝から肉パーティ並に食う。少しでも荷物を減らす。
で、獲物は肉(キジの肉もある)だけにして荷物を背負った。
昨日より奥に入っていく。
獣道をよく知っているバンス。
バンスが足を停める。
「・・まただぜ。」
埋めてある罠。表示なし。
「密漁って多いのか?というか、一度に結構多く狩るのか?」
「いや、知らねーけど、俺は一度にひとつくらいしか見ねーな」
「密漁組織?」
「聞いたこと無いなぁ」
気をつけながら先に行く。
普通の者であれば気をつけてても気が付かないかも知れないものだった。
バンスはそういう経験も多いのか、実戦経験が俺よりもかなり多いのだろう。
その日はまた俺が射ったが、風に流された。高さは丁度よかった。が、流されて後方20センチ程度の岸壁にめり込んだだけだった。
バンスは「難しいものなんだなぁ」と他人事のようにつぶやいた。
バンスは狩りに関してもかなりの経験があり、もう慣れによる勘で射っているのだろうか。