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雨は嫌いだ。
しとしと降る雨。
傘をささずに済む程度。
小さな物音を隠してくれる雨。
足跡も臭いも洗い流してくれる雨。
でも、雨は嫌いだ。
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その筋ではかなり狂暴で名の通っており、財界政界に強い繋がりがあり、決して上の連中が逮捕されなかった暴力団、五十組の組長一家とその幹部全員が射殺体で発見された。
しかしほとんど報道されなかった。
その事件から半月ほど後、
有名な英語動画サイトにある動画が音声入りでUPされた。投稿者は英国在住の白人らしい名の者。
英語で、五十組征伐風景、とタイトルが付いて撮影当日らしき日付が最後に付いている。
動画
ガラッ、、目の前の引き戸が開けられる。
目の前に醜く無骨で低能そうな中年男が現れ、日本語で怒鳴る
「なんやおのれ!勝手に入りくさt
英語で字幕が付いている。スラングにはスラングで。
その男は、うっ、と呻くと自分の腹を見る、刺さった包丁、それを押さえる男の両手。
包丁は刃渡りの半分程度しか刺さっていない。が、おとこの膝は震え、ガクリと膝をつき、どう!と前のめりに倒れる。
オオマイゴッド!彼は自分の体重でその刃物を押し込んでしまった!という意味の英語の字幕。
その小さな貧相な事務所様な部屋の奥に居た、似たような男どもが焦ったようにそれを見て、その後カメラのほうを見た。カメラは撮影者のメガネに付いている小型カメラだろう。
パン!パンパンパン!!!
小さな乾いた音。
男たちが、その音とともに、次々に頭をのけぞらせていく。
カメラの前に銃は出てこない。
銃を知っている者であれば、腰だめで撃ったとわかる。
腰だめで、拳銃で、近距離だけれども、相手の額を撃ち抜いている。
再生して確認すれば、その弾丸は額の真ん中を撃ち抜いていることは確認できる。
かなりの技量・経験がなければできないことだ。
カメラ位置が低くなり少し床を映す。拳銃に少しでも知識が有れば、薬莢を拾ったのだ、オートマチックハンドガンを使用している、とわかる。
動画であり実際の音ではないので確実ではないが、あの音は小さくそして幾分乾いた高い音になっている。
22口径か?。音の高さからしてサプレッサー(音を少なくするもの)は使われていない。
音が小さいのに何度再生しても、金属音は聞き取れない。22口径専用の銃だと思われる。中口径や大口径用の銃の部品を交換して22口径用に替えているものであれば、そのスライドは重く、金属音は幾分でも聞こえるだろう、発射音に混じって。
22口径というのは、市販されている弾丸の中で最も小さく鉛筆くらいの太さの弾だ。装薬量の多さと弾頭の重さ、形状、銃身の長さ、で与えるダメージの多寡、飛距離の差が出る。命中精度は主に銃身の長さと的への距離。
そのなかで最も一般的な装薬量の弾が22ロングライフル弾だ。人体に直接当たると、当然当たった場所は破壊される。
その動画では、そのビルの上に住む一家全員を射殺しその場に居た男たち全員を射殺していた。
倒れた男たちは全員、懐から、腰から、銃を取り出しかけていた。大きめの銃だ。
カメラが移動する。上の事務所の奥のロッカーを破壊し、その扉を開けると多くのライフルなどがあった。
カメラがその下を向くと手榴弾などが多数見えた。
そしてカメラは向きを変え、壁の上高くに掲げられている看板みたいなものを映す。
五十組本家。
ロッカーの下にあったパイナップル型手榴弾が2つ、薄皮の黒いグラブ(手袋)をはめた右手で取り上げられる。
その頭の部分のピンを抜いてクリップを外されたパイナップルが2個、そのロッカーに放り込まれた。
画面は廊下に、階段に、、下の階に降りた頃、派手な音が重なってした。7秒タイプの信管。上杉は無意識に秒数を数えていた。
画像は終わり、そのサイトは、次の他の画像を始めようとしている。
上杉貴彦はその動画を高画質でダウンロードし、音声も音声編集ソフトを使い、何度も何度も聞いてみた。
多分、コルトウッズマンスポーツではないか?
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この動画は日本のネット上では大きな騒ぎになった。が、既存のマスメディアは一切取り上げなかった。
国内でもほんの一部の者たちだけは知っていた。五十組が横須賀と市ヶ谷両方の子飼いであり県警直下であり、それらに保護され、日本をシマとしている2大勢力に属さなくとも決して潰されないこと。
そして、今回の事件によって県警、横須賀、市ヶ谷はとても便利であった「掃除屋」を失ったということ。
それを知っていた。
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その何年か前
上杉は大学卒業後、アメリカの大学に留学した。最初、2年は英語を習う学校に通った。その後大学を4年間、計6年をアメリカで過ごすつもりだった。
アメリカに行こうという考えは高校のころに明確になっていた。ただ、大学をアメリカで、というのには尻込みしていた。結構多くの若者たちが向こうの大学に留学しているのだが、上杉は怖かったのだ。
あのデカく乱暴な者たちが。
だから高校に入ってから、いろいろ探して通える場所にある道場に通った。合気道だ。
女性でも強くなれるというイメージがある。なので「俺でも強くなれるのではないか?」と思った。
語学に関しては、向こうに行けばどうにかなる。と、向こうで過ごした者たちが口を揃えたように言うので、まぁそんなものなのだろう、と心配はしなかった。
だが実際、語学の習得の2年間は暇はまったくなかった。ここで本気でやっておかないと、あとあとバカを見るのは自分だからだ。
好きなこと、やりたいことがあるなら、大学に入ってからやればいい。
入ってからでもできないことであれば、卒業してからすればいいだけだ。
それほど難しい大学に入るつもりはなかったので、英語さえどうにかなれば入学は難しくはなかった。
大学に入ってから、上杉はスポーツ射撃を始めた。
何か日本では絶対にできない事、不可能なこと、をしたかったのだ。
狩猟用散弾銃はともかくも、ライフル射撃を平民が日本でやることは、実質不可能に近いと聞いていた。
ましてや拳銃など、その免許枠はほぼ最初から決まっているという。
大学に入って知り合ったアメリカ人の友人が上杉の話を聞いて、喜んで自分の所属するクラブを紹介すると言ってくれた。
もうその日のうちに友人に連れられてクラブを見に行くと、シューティング・レンジ(射撃場)に引っ張って行かれた。
彼を見ていると、アメリカ人の殆どが射撃好き銃好きというのが事実だと思えてしまう。
シューティング・レンジでは耳あてを貸してもらい射撃を見る。
なかなかおもしろそうだ、、なにか、夜店の射的を彷彿させる!
友人、ジョンという名だ。
ジョンが、ジョンの友人であろうか、今ブースに入って射撃してる背の高いスラッとした一人の少女、俺達と同じくらいの歳だろう。を、呼んでいる。
アメリカ人にはおばさんに見えても俺達くらいの歳の女性もいるし、逆もいる。なので年齢にはタッチしないほうが安全だ。
「はい!私メアリー! メリーじゃないわよ?!」
彼女は陽気に初めて会う上杉に話しかけてきた。
??
「あっはっは!日本人なんだってね、私メリーさん、ていうホラーがあるんだって?」
「あ、ああ聞いたことあるかな?」
「なんだ、それほど有名でもないのねー、残念♪」
明るく元気で健康的な、いかにもアメリカ人女性というイメージピッタリなメアリー。
「で、今、私のこといかにもアメリカ人女性だな!と思っているでしょう?、、でもね、、
Comprenez vous, Je suis une femme suisse.
私は、スイス人ですよ!」
へえ!!
「あっはっはっは!!アメリカ人でさえ私をアメリカ人だと思うんだから当然ね!!」
びっくりした上杉の顔を見て喜ぶメアリー。
「陽気なスイス人!!」 上杉
「あっはっは!いないことはないけど、すごく希少よねー!!」 メアリー
「あっはっは!アメリカ系スイス人じゃないか?」 ジョン
「あ、それでいいか!」
これからは、メアリーは自己紹介の時にアメリカ系スイス人と言うことにしたらしい。
皆納得しやすいだろう。
「さて、タカ、メアリーに彼女の銃を借りて少しだけ撃ってみないか?」ジョン
「え?いいの?人に貸したくないんじゃないの?」 なんかで読んだことがあった上杉。
ジョンはメアリーを見る
「え?な‥、そうね、そういう人もいるだろうけど、私のは別に競技しているわけじゃないの。発散ね!そのためにぱんぱんやっているだけだから、タカ?、あんたもぱんぱんやりなさい!」
メアリーはレクチャーしてくれた。
で、
いろいろある注意事項の中では最も重要な、
1) レンジを離れる時はかならずマガジン(弾倉)を抜き、チャンバー(薬室。発射する弾丸を装填する銃身後部の部分)から弾丸を抜いてあるのを確認すること。オートマチック(自動装填拳銃)の場合はスライドを引いたままロックする。リボルバー(輪胴式拳銃)の場合は弾倉を横にはずし、置く。持つ場合はあいた空間に指を掛けてぶら下げて持つ。弾が入っていなくとも、絶対に引き金に指は掛けないこと。
2) 弾丸が入っていないくとも、絶対に銃をひとに向けないこと。向けた瞬間に撃たれても仕方がないというのが、こっちでの常識、だということ。
3) 不発の場合は、銃口を覗かない。10秒以上、その姿勢のまま待って、それからそっと弾を抜きなさい。
これを絶対に守りなさい。
としつこく言われた。
その理由はわかる。なので100%遵守が必要なことだとわかった。
レンジに立つ。
台に置かれた小型のオートマチック拳銃を右手に持つ。
左手には、銃の左側に置かれたマガジンを持つ。
拳銃の銃口を標的の方角に向けたまま、マガジンを銃把にあるマガジンを入れる部分に入れる。
スライド(遊底。自動拳銃の上部分。カバー見たくなっており、前後に動く)のロックレバーを右手の親指で下げると、スライドがガチャリ、と閉じた。同時に第一弾が装填された。
スライドロックレバーが安全装置になっている。なので、安全装置は外されている。
標的に銃口を向け、照門の間に照星がくるようにし、その上っ面が水平になるようにし、人差し指を引き金に掛け、再度狙いを確認し、人差し指を引く。
ぱん。
一瞬の乾いた音と、銃の前の方を下からハンマーで軽く叩かれたような硬い衝撃。
ゴグルで見えにくいが、ターゲットのどこにも穴は空いていないようだ。
ジョンもメアリーも何も言ってこない。
もう一度。
ぱん。
空いていない。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
引き金を引いても、カチャン、という音がしただけ。
そういえば、メアリーは「最初は5発だけね」と言っていた。
思い出して数える。5発撃った。だが勘違いということもあるので、もう少しその姿勢のままいて、的に銃口を向けたままスライドを引く。弾はでてこない。
弾倉の弾が尽きたということだ。
スライドを引いたままの状態で、安全装置の小さいレバーを上に上げ、スライドをロックする。
そのまま弾倉を引き出し、銃口を的のほうにむけて台の上に置く。
マガジンは銃の左手に置く。
後ろに振り向く。
ジョンとメアリーはふざけあってて、ジョンがなんかぼこぼこやられている。
こいつら、、俺を放置していたのか、、、初めて銃を触る者に銃を撃たせておいて?!!
アメリカ人ってやつぁ、、
いや、、これがアメリカか!!
わるかぁない、かな。
上杉は、例えば時間で5分程度でぎゃーぎゃー言うやつより、20−30分は誤差範囲とか、他の者が遅刻してきても言うことができる者のほうが好きな性格だ。
30分や1時間待てなくてまともな人生作っていけるのか?と思う。心の広さの問題なのだ。
なので、どっちかというと、ジョンたちのルーズさが心地よくなっていた。