第9話 朝のひと騒動
次の日、目を覚ますと俺の顔を覗き込んでいる古沢と目が合った。
そのまま俺たちは固まってしまった。あまりの状況に脳の処理速度を超えてしまったのだ。俺は寝起きってこともあってか脳の処理速度が遅かったので長い間固まってしまったが、古沢は直ぐにいつも通りに戻り、一瞬で顔を湯気が出る位まで紅潮させると、物凄い勢いで飛び退いて俺と距離を置いた。
そんな古沢を見てまだ脳の処理速度が追いついていない俺は呑気に「朝から古沢は元気だな」と考えていた。
「ところで古沢、何の用だ? 見たところまだ六時なのだが」
「えっと、えっと……はわわ」
古沢は言葉にならない声を出しながら顔を手で覆ってしまった。どうやら俺は普通の疑問を口にしただけなのに古沢の脳をキャパオーバーさせてしまった様だ。
だがまぁ、そんな事は些細な事なのでどうしても言いたくないというのならば言わなくてもいいが……。しかし、気になる。どうしてこんな早い時間に俺の部屋に来て俺の寝顔を覗き込んんでいたのかが。
しかし、いくら考えても教えてくれる気配はなさそうなので諦めて俺は着替える事にした。まずは上着を脱いで――
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで脱いでるんですか!?」
「ん? 着替えるんだが」
「お、女の子が居る前でですか!? もしかして女の子に着替えを見せつけて興奮する特殊性癖の方なんですか!?」
「どうしてそうなる!? 俺は単純に着替えようとしているだけなんだが」
「ならせめて一言ください! 私は外で待っていますので着替え終わったら呼んでください!」
ふむ。今まで男子更衣室というものはなくて体育の時は教室で着替えていたものだから古沢が居ても何も気にしていなかったが、普通はこういうものなのか?
しかし、なんで俺が着替え終わるまで待つ必要がある。さっき見たところ、特段話があるって訳でもなさそうだった。なのに俺を待つ理由がわからん。あの古沢の態度だとまるで俺と意味もなく居たいみたいじゃないか――いや、ないな。俺みたいな奴と好き好んで居る奴なんている訳ないか。多分これも古沢の善意から来るものだ。一瞬でももしかしてと思った俺が恥ずかしい。
「古沢、終わったぞ」
「もう、風魔君はデリカシーというものを覚えてください。年頃の女の子の前で着替え始めるなんて……」
お怒りの様子で入ってきた。ここはとりあえず謝っておいた方がいいか。
「すまん」
「いえ、大丈夫ですが、今度は気をつけてくださいね」
「ふむ、善処する」
俺のその言葉に満足した様子の古沢。ちなみになぜ俺が直接気をつけると言わないのかというと、気をつけたところで失敗する時だってある。ならば、善処するの方があっている。意味合い的には殆ど同じなのだが、感じ方が違うので俺的にはこっちを使うことが多い。
そんな会話をしていると突然ドアがノックされた。誰なんだろうと思っていると、外から声が聞こえてきた。
「焦燥です。風魔様、朝食が出来上がりましたので報告に来ました。恐らくお嬢様も居らっしゃると思いますので、ご一緒に食堂の方へお越しください」
朝食か……風魔家よりも断然早いんだな。俺らは七時になって漸く食べるけど、今はまだ六時なのだ。この家の人は早起きの習慣でもあるのか? 俺の両親なんてどんなに早くても七時だぞ?
まぁ、いいか。朝からビックリしてしまって少し腹が減っていたのだ。なにか食わないとやってられない。
「よし、食いに行くか」
「はい!」