第8話 執事長
そんな調子で食い終わった俺と古沢はまた俺の部屋にてオセロ勝負をしていた。しかし、やはり古沢は弱すぎるので負ける道が見つからない。恐らく古沢は俺に勝つまでやるつもりなのだろうが、俺は今日の疲れで既にクタクタだ。すぐにでも寝たい気分。
しかし、古沢はそんなことは許してくれない。もう解放してくれよ……。
そんなこんなで結局、俺は全戦全勝、古沢が寝落ちしたことで開放されたのは夜中の二時だった。女の子的には肌が荒れてしまうので夜更かしはあまり宜しくない。
ただ、一つ言うとすれば――
「自分の部屋で寝ろよ」
俺は現在目の前で寝ている可愛い生物に頭を抱えていた。
この状況、どう見てもまずい。メイドたちに見つかったら俺は斬られてしまうかもしれないな。そう考えながら古沢をどうするか悩む。
このまま部屋に運ぶのも吝かではないが、その場合は使用人に会ってしまったら言い逃れが出来ない。そしてこの屋敷には沢山の使用人が居る。古沢の部屋に辿り着くまでに一回も使用人とすれ違わないなんて不可能だ。
「どうしたものかね」
俺が悩んでいると急にドアがノックされた。どこか力強いノック音に少しビックリしてしまって肩が跳ねてしまった。
部屋のドアには小窓がついている。このノック音がメイドの物だとしたら物理的にも社会的にも死んでしまうので慎重になり、とりあえず小窓から覗いてみることにした。
そっと覗くとそこに居たのは、何やら黒いスーツ姿に身を包んだダンディーなおじいさんだった。メイドではなかったようだが、この人は誰なんだ? 怪しすぎる。すぐに開けるのは早計か。
「誰ですか?」
「夜分遅く申し訳ございません。私は執事長をやっております、焦燥と申します」
執事長? そんな人がこんな時間に何の用だ?
「実は由良お嬢様がこの部屋に入って以来、出てこないので少し心配になりまして」
そういうことか。飯を食った後、ずっと俺の部屋にいたからそれを心配しているんだな。いい使用人さんじゃないか。でも執事ならメイドよりはマシだろう。なら入れても大丈夫だな。
「今俺の部屋で寝てしまって……出来れば連れ帰ってくださると有難いのですが」
「そういう事でございましたか。では、失礼致します」
執事長は俺の部屋を開け、一瞥すると古沢のもとへ歩き始めた。
古沢の前に立つと執事長は物凄く優しい笑みを浮かべて古沢をお嬢様抱っこした。執事長に抱られている古沢はとても子供みたいに見えた。気持ちよさそうに寝ているその顔も、童顔のせいで可愛らしく見える。
しかし、こいつはガードが甘すぎる。男の前で寝るなんて俺が野蛮じゃなかったから良かったものの、肉食男子だったら食われてもおかしくない状況だったぞ。これからはちゃんと警戒するように言っておかないといけないな。
「それでは失礼いたしました。風魔様は今日の所はおつかれでしょう。ゆっくり休んでください」
そう言ってお辞儀をすると執事は部屋をあとにした。その様子を見て俺はこんな考えを抱いた。
「なんでいい人だ。メイドとは大違い」
確かにここの使用人にとっては俺は未知の人間、警戒するのも当然の事だろう。しかし、俺に対するそれは単なる警戒と言うよりも、一種の迫害工作のように見える。多分俺の事を精神的に追い詰めて、ここに居れなくするってのがメイド――佐藤の考えなんだろう。
それなら俺には効かない。学校に居た方がもっと陰湿な嫌がらせを受けたものだ。なのでこれくらいの嫌がらせは嫌がらせの内には入らない。これからもここに居座らせてもらおう。
しかし、これで当分の住処は決まった訳だが、学校はどうしようか。正直、母さんが全ての財産を持っていったせいで俺には少量のお小遣いしか残っていない。あの母さん、いつかやると思っていたんですよ。
でも少量しか残っていないって事は学費が払えない。普通はあの学校には金持ちしか入れないが、なぜ金持ち以外も入れているのかと言うとあの高額な学費を払えているからなのだ。あの学費を払えなくなったら学校を追い出される。それは確実だ。
でもなんで貧乏があの学校にわざわざ膨大な学費を払っていくのかと言うと将来が約束されているからだ。あの学校を出れば大抵どんな会社、どんな学校でも願書パス――つまり、願書を提出しただけで受かってしまうという特権を得られるのだ。
そんな物だから嘘をついて俺たちの学校出身と書く人も出てくる。だが、そんな事は出来ない。全員分の名簿は確認出来ないが、名前で検索すれば卒業生かを調べられる制度を儲けている。これによって願書の偽造は少なくなったと言えるだろう。
もちろん俺もそれ狙いでもある。しかし、俺は元々父さんの会社を継ぐ予定だったのだが、それでも学歴は良い方がいいだろうと通っていた。
しかし、もう払えない。こうなっては退学をするしか無いのか……。就職も今の俺じゃ厳しいだろうな。それがこの学校の怖いところだ。ここを退学してしまうと信用がガタ落ち、どこにも入れなくなるという人生のどん底に叩き落とされてしまう。なので途中で庶民に落ちてしまった人たちも必死こいて、己の身を削ってまで学費を払い続けようとする。
しかし、今の俺は違う。もう人生はどうでもいいのだ。なので投げやりになってしまっている。悪い兆候だ。
まぁ、こんな事を考えてしまっている時点で俺の未来はないんだろうな。
そう考えながら俺はベッドに気絶するように倒れ込んでそのまま睡眠をとった。なんだろうか、ここ最近は色々あったせいで久しぶりに守られた環境で寝らたという安心感からかいつも以上に熟睡してしまった。