第7話 オセロ
「そうだ、最後に風魔君の部屋を紹介します」
俺の部屋か……。でも流石に見ず知らずの他人にそこまでさせるのは忍びないが……。まぁ、折角の好意だ。ありがたく受け取ろう。
そうして俺の部屋に来たのだが、どう見ても即席で作ったとは思えない程の完成度の部屋だった。
丸テーブルにベッド、本棚やタンスなどなど。様々な生活用品がそこには揃えられていた。これだけの部屋を用意してもらうなんて本当にありがたいやら申し訳ないやらで複雑な気分だ。
しかし、ここは執事棟だって言ってたっけか。概ねこれは今後雇用する執事用って事だな。これはここの使用人はこんなに持て成してくれるお嬢様に仕えれて幸せだろうな。
「ここは自由に使ってください。必要なものがあったら言ってくださると全力で揃えさせていただきます」
「そこまで全力を出さんでいい。俺が欲しいのはせいぜい本くらいなものだろうよ」
本かゲームくらいしか俺の欲しいものはない。まぁ、これだけ揃えられていれば新たに欲しいものなんてそうそうありゃしない。ここまでしてくれるのはありがたいが、将来が心配になってくるな。
「それでも全身全霊で!」
「いや、いいよ。俺は自分で買うしな」
そう言ったら古沢は寂しそうな表情になった。これはとんでもない尽くし癖だな。将来変な男に騙されそうだ――ってそうか! だからあのメイド長は俺のことを警戒していたのか。それなら納得だ、これからも古沢のことを見てやってくれ。
それにしても立派な部屋だ。今まで庶民と何ら変わりない暮らしをしていた俺からしたら勿体ないほどの部屋だ。
俺が部屋に唖然といている間に古沢は部屋に入ると丸テーブルの前に座った。正座をしている、俺はあの体制は足が痛くなるから苦手なんだよな。
「風魔君。夕飯の時間まで少しありますし、一緒に遊んでくださいませんか?」
「分かった。だが、一つ言わせてくれ。そのお嬢様口調は止めてくれないか? もしそれでも丁寧に話したいんなら敬語くらいにしてくれ」
一番最初の古沢の口調はお嬢様口調ではなかったので違和感しかない。
「分かりました!」
「……」
クラクラするほどのきらきらした笑顔だ。その笑顔に思わず釘付けになってしまう。
少し幼く見えるけど古沢はとても可愛い。俺の心臓を高鳴らせるのには充分な破壊力があった。
初めての感覚だった。今まで心臓が高鳴ったことなんて一度も無かったのに……。もしかして心臓の病気とかか? そうだとしたら嫌だな。この短時間でもう少し古沢と居たいって思うほどに俺は彼女に魅了されていた。
「で、何をするんだ?」
「オセロです」
「ふむ」
俺の勝手ってな偏見で花札とか言い出すのかと思ったが、意外にもオセロだった。ちなみに花札も一応出来るから良いけど古沢がオセロってのは意外だな。
「大丈夫ですかね」
「問題ない」
「やった!」
それから古沢はオセロの準備をし始めた。何やら手馴れている様子、結構オセロはやるのだろうか?
古沢の手馴れた手つきで準備を済ませるとすぐに準備完了。お見事な速さだ。
まずはジャンケンで先行後攻を決めていく。俺も前にオセロは何回かやったことがある。その結果、俺は後攻の方が得意だった。どっちが来るかドキドキしながらジャンケンをすると俺は負けてしまって古沢は後攻を選んだので、俺は自動的に先攻になってしまった。勝った方が先攻後攻を決めることが出来るので、きっと古沢は後攻が得意なのだろう。これは負けてしまったかもしれないな。そう思いながら俺はオセロに挑んだのだが――
「な、なんで勝てないの……」
「えっと……」
これまで十戦やったのだが、その全てで俺は勝ったのだ。
理由はさっきまでの俺の思考はなんだったんだと思うほどの下手さだ。俺の罠には飛びついてくるし、悪手を躊躇いなく置く。正直、同情したくなるほどの下手さだ。
「も、もういっせ――」
「お嬢様、お夕飯の準備が整いました」
メイドさんが呼びに来た。誰にも言っていないのにここが分かったってことはずっと尾行していたってことか。熱心なことで……。
そしてそのお嬢様本人はもう一戦しようとしていた時に夕飯の知らせが来たもので固まってしまった。不憫だ、ここは優しい言葉でもかけてやるか。
「まぁ、あれだ。食い終わったらまた相手してやるからそう落ち込むな」
「本当ですか?」
「あぁ」
「やった!」
やっぱり古沢はこうして笑顔の方がいいな。そんな古沢の笑顔を見て微笑ましくなった俺はクスッと小さく笑ってから行動をし始めた。
確か食事をする食堂もかなりの大きさだった。
めちゃくちゃ長い長方形型のテーブル。これはこの屋敷の従者の人数を表しているのだろう。メイド、料理人だけでもかなりの人数は居た。その上、まだ会ってはいないが執事という人も居るらしい。なのでこの屋敷の従者はかなりの数がいるのだろう。
食堂に着くと、俺と古沢の食事だけが用意されていた。ここまでは予測出来ていたけど、まさか長方形で一番長い対面上に座らされると思わなかったな。多分これも警戒の結果のだろう。だから俺は大して不満を抱いたりなんかしないし、むしろ俺なんかに食事を用意してもらっただけでもありがたいので静かに食べることとしよう。
しかし、そんな俺とは裏腹に古沢は少し不満そうにスープをスプーンで掬って飲んでいた。多方まだ話したいことがあったから食事をしながら話したかったとかそんな感じだろう。でもこの距離じゃ話すことは出来ないよな。
「む、美味い」
古沢が物凄く不満そうに飲んでいるスープを一口飲んでみる。すると濃厚な出汁が口いっぱいに広がって幸せな気分になった。このスープには古沢の今の表情は合わないな。
でもこうやって改めて見るとお嬢様なんだなと思えてくる。仕草の一つ一つに気品があるような気がする。杜撰な俺とは大違いだ。
でも本当にこれからどうしたものかね……。このままタダ飯食らいでいる訳にはいかない。こうしてよくしてくれるお礼に何か俺もする必要があるな。でも俺は相手を楽しませることの出来る特技なんてない……。
どうしようか、そう考えながら古沢を見ると偶然目があった。
「どうしましたか?」
「いや、このまま居候は良くないなと思ってな」
「いいんですよ。よく言うじゃないですか、そういう時は進路希望調査に主婦って書けば良いって」
「どこの世界にこの歳になってまで主婦を目指している男がいるんだ。そもそも俺らの学校はお嬢様学校だ。殆どの人は実家の仕事を継ぐから進路希望調査はやっても意味ないってことで廃止になったじゃないか」
それに男性の主婦って書く目的ってヒモになりたいって事だ。俺はヒモだけは勘弁だ。いつまでもヒモの罪悪感に苛まれたくない。
それにしても古沢はなんなんだ。出会って数時間でヒモになってもいいって言うって……。この言葉で大抵の男は勘違いしてしまう事だろう。俺はそんな滑稽な勘違いは起こさないが、古沢のは天然のレベルを超越しているような気がしてならない。
それにしても何かするにしても古沢の役に立つようなものが一番いい。しかし、そんなものは都合よく見つかるのか?
それにしてもやはり監視されているな。まぁ、その殆どはメイドの連中だ。料理人も混じってはいるが、それはからかってのことだろう。全く、俺と古沢をからかって何が面白いんだろうか。