表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】人生に疲れたので人生をお嬢様に捧げます  作者: ミズヤ
第一章 人生に疲れたのでお嬢様に付き合います
6/42

第6話 案内

 当然ながら屋敷の中も豪華だった。天井に吊るされたシャンデリア。とても大きい中央階段。赤いカーペット。どれを見ても豪華だと言わざるを得ないものだった。この部屋全体が芸術作品なのではと言う錯覚を覚える。

 こんなことを言っているとまたお前は金持ちじゃなかったんじゃないかって言われそうだが、俺の家は元々金持ちだった。だけど一般的な家に住んでいたからこういうのは初めて見るんだよ。


「どうかしましたか?」

「……なんでもない」


 内装について驚いて立ち止まっていると不思議そうにこちらを見てきた。そうだ、古沢にとってはこれが普通なんだな。だから別になんとも思わないのだろう。多分金持ちの中では俺の方が少数派だ。


「そう言えば風魔君って他の方々と違う雰囲気があります。どうしてでしょう」


 多分庶民的か金持ち生活かの違いで身に着いた雰囲気なんだろう。俺は庶民的な生活を送っていたから好きな料理であったり趣味であったり、その全てが違うはずだ。だから雰囲気が違うのも当然だ。まぁ、この結果も父さんが物好きだったからだ。本当はこういう生活が主軸になるのかもしれない。

 ここでこんな真実を言ってみろ。どこで見ているかも分からないメイドに変なことを言う不審者として殺されてしまうかもしれない。何せあのメイド、刀を持ち出してくるからな。気をつけなければ殺されてしまう。でも最近庶民に堕ちたって事は言ってもいいだろう。これは周知の事実だ、あの学院で庶民になったらすぐに噂になってハブられる。だから古沢も知っていてもおかしくは無いだろう。


「多分、俺が庶民サイドに堕ちてしまったせいだろうな」

「え、そうなんですか?」

「は?」


 この子、今の今まで俺が庶民に堕ちたって知らないで俺を自分の家に招き入れたのか? って言うか俺の話聞いてないのか? そうだ、そもそもあの学校内に居て俺の噂を聞いて名前は知っているはずだった。それをこの子は知らないと言った表情をしたのだ。名前と顔が一致していなくとも名前を聞いたら思い出して俺をゴミのように捨てるはずだ。なのにこの子はそれを一切しなかった。

 馬鹿なのか、間抜けなのか、今の今まで俺のことを本当に一切知らなかったようだ。となれば話が変わってくる。家の主人が嫌がっているのに滞在するというような事はする気は無い。この子が出て行けと言ったら俺は出ていくつもりだ。その場合はもう一度学校の屋上に向かうが。


「どうだ? これが俺、風魔春人だ。庶民なんだぜ? そんなやつに居座られるのは嫌だろう。さぁ、俺をボロ雑巾のように捨てるのもよし、ここでボコった後、裏山に捨てるもよしだ」


 これで捨てられるのは確定した。これでやっと静かに逝ける、そう思ったのだが古沢の回答は俺にとって予想外のものだった。


「なんでそんなことをしないといけないんですか?」

「え、庶民が嫌じゃ無いのか?」

「嫌な訳ありません。私は学園での庶民への風評被害にはいつも腹を立てています。どうして庶民ってだけで精神的に追い込むようなことをしなくてはならないのでしょう」


 なんか涙が出てきた。古沢のような考え方の生徒は初めて見た。俺とは違って明確な怒りを覚えていた。俺もそんな風潮、無くなればいい。そう思っていたが、俺は我関せず。怒りもなければ興味もなかったのだ。

 でも古沢の回答は俺の心に響くものがあった。古沢のような考えの人が増えればいい。そうすれば何人も救われる庶民は居るだろう。


「あなたも辛い思いをしたのですよね。人は弱音を吐いていいんですよ? あなたは強いです。ですけどずっと気丈に振舞っているだけじゃ疲れますよ。今は心を休ませてください」


 そう言って古沢は優しく俺を抱擁してくれた。それがとても優しくて安心した。まるで赤ん坊が母親に抱かれているみたいに……。今の古沢はそれほど包容力があると感じた。

 ったく……。俺もまだまだだな。もう泣かないって決めていたのによ、どうにもこうにも涙が溢れてきてしまう。あの幸せだった生活を思い出して涙が止まらない。でも古沢の前では情けないところは見せられないよな。

 涙を気が付かれないように拭くと俺は優しく古沢の両腕を離した。


「俺は大丈夫だ。それよりもこんな所で抱きしめるな」


 そう言うと古沢は漸く現在位置を思い出したのか顔を真っ赤に染めあげてしまった。表情の変化がすごいな、恥ずかしがっている表情もなかなか可愛い。でも今は俺の命の方が先だ。お嬢様に抱きしめられていたことが知られたら俺はメイドさんたちに何をされるか分かったものじゃない。最悪拷問の未来が見えた。

 慌てて俺は周囲の確認をする。自分で警戒してくれと言った手前、いつどこで監視されているか分かったものじゃ無いので怖すぎる。でも警戒するなって言っても無駄だろうしどっちにしろメイドたちの警戒をするに越したことはないな。

 そして未だに戻ってこない古沢。そろそろ現実世界に戻してやろうか。


「おい古沢、大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃい! 問題ありません! それより急に抱きしめてしまってすみません。嫌でしたか?」


 嫌だなんてことはない。寧ろ良かったが、ここでこんなことを言ってみろ。メイドたちにセクハラで斬られる可能性がある。

 ……ここは冷静に対処するに限るな。


「いや、大丈夫だ。それより案内の続きをしてくれ」

「あ、そうでしたね!」


 こいつ、素で忘れていたのか。天然って本当に居たのか。今まで天然ってフィクションの存在だと思っていた。

 でもそれからの案内はスムーズだった。色々な部屋、部屋一個一個が俺の家よりも大きいんじゃ無いかってくらいの大きさだ。こんな金持ちの家に上がるなんて初めての俺には物珍しいものが多い。中には感動すらするようなものも――しかし、そのことは悟られないようにポーカーフェイスで乗りきった。表情を隠すのも意外と辛いものだ。

 そしてその案内してくれた場所で一番印象に残っている場所は、


「ここが厨房です」


 とんでもないくらい大きな厨房だ。これだけで俺の家、何個分あるんだろうってくらいのものだ。かなり立派で、シンクには汚れ一つ無い綺麗な厨房。何品もいっぺんに作れるくらいたくさんの器具、調理台があり、初めて金持ちの厨房を見たので一番の感動を生んだと言っても過言では無いだろう。


「お、由良お嬢様じゃねぇか。こんなところにどうしたんでぇ?」


 やけに親しげな料理人だ。使用人であの口調はどうかと思うけど古沢は何も言わないから有りなのだろう。俺にはそこら辺の感覚は分からない。俺の家は金持ちだったが、庶民の暮らしを重んじていたため、一切の贅沢をして来なかった。つまり、使用人は疎か、家政婦すら雇ったことがなかったので使用人はどんな存在なのかを俺は理解していない。

 因みに料理も俺と母さんの交代で作っていた。母さんも忙しい人だったから毎食は作れなかったのだろう。


加川(かがわ)、この人に御屋敷をご案内していましたの」

「ほう、男か。済まないねぇ……ここにはナイスバディーの姉ちゃんなんて居ないんだわ。ここはむさ苦しい空間だけどよ、ゆっくりしていけや」


 話を聞いてみれば結構ユーモアセンスのある面白い人の様だ。

 見渡してみればここには十人ほどの料理人が居るが、その中には女性は居ないようだ。確かにこの料理人の言葉を借りるとすればここはむさ苦しい空間だな。


「俺はここの料理長をしている加川ってもんだ。お前の話はメイド長に聞いているぞ。何でもお嬢様を視姦する変態が来たから犬の餌でも出しとけってな」


 あの人。俺のことをなんだと思ってやがんだよ。しかも犬の餌って……。俺がいつ変態行為を行ったってんだよ! 警戒しても良いって言ったが、根も葉もない噂を流しても良いって許可は出してないぞ!?


「風魔君、すみません。佐藤は極度の男性嫌いでして、ここに居る料理人たちはまだ大丈夫なのですが、外から来た男性の方を拒絶してしまうのです」

「なるほど、つまり自身のお嬢様が何処の馬の骨とも知らんやつに取られないか心配って訳か」

「お、兄ちゃん分かってんじゃねぇか! 佐藤はそういうやつだからよ。俺らは何もあいつの言葉なんか鵜呑みにしてねぇから気軽に話しかけてくれ」


 ここは客人に優しい。天国か? これからここに入り浸ってしまいそうだ。

 とまぁ、こんなことがあったから厨房の事は記憶に強く根付いている。しかも、今日は俺が来たからいつもよりも豪勢にするそうだ。やはり天国はあそこにあったようだ。

 そんなわけでさっきの俺よりは少し機嫌が良い。いつもより豪勢な金持ちの夕飯か……楽しみだ。


「とりあえず案内する場所はこれくらいですね。何か質問はありますか?」

「ねぇよ、ここで質問があったら失礼なレベルで完璧な案内だった」


 そう言うと古沢は再び顔を真っ赤に染めた。今のところで紅潮する要素はあったか? 女の子ってのはわからんなぁ。でも可愛いからいいか。かわいいは正義って言葉もあるくらいだしな。

 その後、俺がお嬢様を辱めたという根も葉もない噂が広まった。メイドたちの情報収集能力はすげぇ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ